10.異世界について学ぶ
悶々として一睡も出来ず―――なんて展開はなく、普通に寝落ちしていた。
目の前のアリスはずっと服を握ったままの状態でまだ寝ている。年相応のあどけない寝顔だ。時刻を確認するとまだ7時前と、いつも通りの時間に目が覚めたみたいだ。
数日振りに熟睡できているだろう彼女を起こすのは、気が引けたので自然と起きるまで待つことにした。その間はタブレットを見ながら暇を潰した。
30分後モゾモゾと動き出しお姫様が目を覚ました。
「おはようアリス。よく眠れたか?」
「……ぉはよう」
まだ寝惚けているのか目を擦り、俺と目が合うと目をしばたかせては忙しなく視線を泳がせている。
ボフゥっとでも効果音が付きそうな程、りんごみたいに顔を真っ赤にして、それを隠す様にして咄嗟に俺の胸元に顔を埋ずめてきた。そのせいで耳まで赤くなり、朝から可愛いなぁ。
「み、見ないで下さい!ここ、これはそういう意味ではなく―――」
「落ち着け」
驚かせるつもりはなく、一度落ち着かせるためギュッと強めに抱き締めた。ハグは安心感を与えることができ―――
「…取り乱しましたわ。起きたらヒロヤが目の前にいて、その、服を握っていたようで迷惑だったよね?」
「これっぽっちも迷惑だなんて思ってないさ。むしろ可愛い寝顔が見れて役得だよ」
「…ッ!?ヒロヤの意地悪…」
「ごめんごめん。朝ごはんの準備をしてくるけどアリスはまだ寝てるかい?」
「いえ私も起きてお手伝いしますわ」
アリスも起きるみたいなので1階へと降り顔を洗う。普段の何気ない、朝の一齣なのに隣に人がいるだけでこうも変わるのか。
「どうかされましたか?」
「いやなんでもない。ただこれを使ってそれを直すといいぞ」
鏡越しで見てたから気づかれないと思っていたが、どうやら甘かった。誤魔化すようにアリスの寝癖を指摘してやった。アホ毛のようになったそれは、そのままでも可愛いけど直した方がもっとアリスらしくて可愛い。
うぅ~と恥ずかしがりながら寝癖直しと櫛を使って丁寧に髪を梳いている。
先にリビングへといき、散らかったままになっていた、空き缶などのゴミを片付けてテーブルを綺麗にする。
朝ごはんは定番のベーコンエッグでも作ろう。卵はあるからベーコンを購入し、ふと気づく。そう言えば昨日の夕食で米が無くなっていて炊かないとない。今から炊くと時間がかかるから、食パンにしてその上にベーコンエッグをのせよう。うん、それがいい!そうと決まればパンも追加購入だ。
「今朝は何を作るのかしら?」
「ベーコンエッグってのを作るつもり。アリスも一緒に作るか?」
「よろしいのですか?」
「あぁもちろん。手を洗ったらこっちに来てくれ」
ベーコンエッグは簡単に作れるから、あまり"作った"気にはならないけど初心者にはいいかもしれない。
フライパンを温め油をひき、ベーコンは半分に切っておく。
切ったベーコンを格子状にして真ん中は黄身が入るくらいに空けておき、ここに卵を落とす。
「う、上手く割れませんわ…」
「待て待て!殻が入るから先にお茶碗に割ってからフライパンに落とそう」
初めて卵を割る時は力加減が分からず黄身が割れたり、逆に全く割れなかったりと誰もが通る道だ。慣れれば片手で割れるけど、そこまでは求めていない。
恐る恐る割ったせいで上手く割れ目が入らず、ググーと力を入れて割ろうとしていたので慌てて止めた。
もう一度割れ目を入れて何とか割れ、殻が入ってないかのチェックをして、問題はなかった。
その後水を少々入れ蓋をして中火で加熱をしていく。同時平行でトースターでパンを焼く。
白身が固まってきたら弱火にして好みの固さになるまで加熱をしていく。俺は半熟が好きなので早めに火を止める。これも好みによるが塩胡椒を振ってトーストの上に乗せれば完成だ。
付け合わせにサラダとコーヒーを添えればモーニングの完成!
「胡椒を使うの?高くないの?」
「あぁー、俺のいた国では安価だし、卵も生で食べられるくらい新鮮だぞ」
「生ですか…?お腹を痛めそうで怖いわね」
「その内美味しいやつを作ってやるよ」
生卵と言えばTKGが王道で、すき焼きと絡めて食べるのも美味しい。アリスが日本食に慣れたら色々と薦めてみよう。
一先ずは朝ごはんを頂くことにする。
「「いただきます」」
トーストとベーコンエッグを別々で作ったためベーコンエッグが落ちないように食べていく。カリッとしたトーストとベーコンの甘味、そこに卵がいいアクセントを醸し出している。上手に半熟が作れ、ドロッとした黄身がベーコンと絡まり、旨いっ。
「美味しい!ヒロヤは料理が上手ね」
「今回はアリスも手伝ってくれただろ?時間はいっぱいあるんだから少しずつ経験を積んでいこう」
朝ごはんを食べ終わり、一息ついたタイミングでアリスに頼み事をする。
「アリスにお願いがあるんだけどさ、俺に魔法を教えてくれないか?」
「魔法ですか?私で良ければ教えますよ」
「ありがとう!」
ずっと使えなかった魔法が漸く使える!異世界と言ったらやっぱり魔法だろう。中二病みたいな魔法は求めていないが、海を越えるには魔法が必要になってくる。
と、その前に朝ごはんの片付けと着替えを済ませないと。アリスのドレスは既に乾いていたのでそれを、俺は適当なズボンとTシャツに着替える。アリスはお風呂で着替えをしてきてもらう。さすがに堂々と着替える程の仲じゃないし、仮に夫婦でも着替えを覗いたりはしない。
パパッと着替え終えたので昨日洗浄機にかけた食器類の片付けと朝ごはんで使った物を食器洗い機にかける。
数分してもアリスは戻って来ず、女性の着替えは時間がかかるのか?コーヒーを飲みながら待ちますか。
「ヒ、ヒロヤ…」
「どうしたんだ、顔だけ出して」
待っているとリビングの扉から顔だけ出したアリスが、何故か狼狽えながら俺の名前を呼び、そこから動かない。「ちょっと…」と手招きされたため彼女の元へと行く。扉から見える範囲ではドレスに着替えていて、ますますどうしたのかと疑問が晴れない。
「言いにくいんだけど、背中のファスナーが閉められなくて……」
「プッ」
「笑わないでよ!」
「大変失礼しました。ではお嬢様後ろを向いて下さいますか?」
こういった一面を見るとやっぱりアリスはお嬢様だな。きっと普段はメイドに着せてもらっていたのだろう。
180度回転しファスナーを閉めようとして、その手が止まる。元々このドレスはここに来る前から着ていて、中にはコルセットやキャミソールといった物を着けていなかった。要するに何が言いたいのかと言えば、下着が見えているのだ。
「どうしたの?」
「い、いやなんでもない。………よし、これでOKだ」
きっとアリスは気づいていないんだな。一人で服が着れないことを恥ずかしがって顔を赤くしているのだろうけど、アリスの顔色とそれが同じで別の意味で顔が赤くなってきた。
平静を装うため、アリスの顔を見ずにソファに戻る。アリスは一度鏡を見るため洗面台へと消えていったのを確認して、深呼吸をした。
「お待たせ、それとありがとう。魔法についてだけど、何から説明すればいいのかしら?」
「そうだなぁ、魔法の属性から頼む」
「魔法は四元魔法とは呼ばれる火・水・風・土と、特殊魔法と呼ばれる光・闇・無、の7つに分類されます」
異世界物の小説やらゲームでは定番の属性だな。特殊魔法の中には、空間や聖属性がないのか。
「無魔法は具体的にどんな魔法がある?」
「有名な魔法はやはり、多くの人が使える身体強化ですね。他には使用者が一部しかいないと言われている、鑑定が有名ね。他にも無魔法は多くの魔法があって一番種類の多い魔法よ」
「ちょくちょく伝聞系だけどはっきりしてないのか?」
「魔法とは個の力。いざって時のことを考え隠す人が多いのよ。ちなみに私は風魔法と無魔法が使えるわよ」
手札は隠す物だから納得はできる。敢えてアリスが教えてくれたのは、俺を信頼している証だろう。
「大雑把には魔法について理解した。して肝心の使い方はどうやるんだ?」
「魔法を使用するには『魔法を操る者』と呼ばれる称号が必要よ。この称号を獲得するためには空気中に存在する、魔素を取り込み体内で巡回させることが必須条件よ。この世に生まれた時から自然と魔素を取り込んでいるから、大体3~5年程で獲得できると言われているわ」
な、なんだと!?つまりその称号がなければ一生魔法か使えんってことか!?この世界に来てから既に三年が経過しているが、未だに獲得出来ていない。
「ここにも魔素はあるよな?」
「もちろん、魔素は世界中に満ち溢れているからね」
じゃあ時間の問題ってことか。そう言えばデエスの手紙には電気・ガス・水道は魔素で無限に使えるって書いてあったから、普通にそれらが使えてるってことは魔素が漂っている証拠。
個人差があるため最悪、後二年は魔法が使えないってことになる。ずっと楽しみにしていたから、余計にショックがデカイ。
「まだ俺はその称号を獲得出来ていないから、出来た時に使い方を教えて欲しい」
「えぇ、喜んで教えるわ」
「あとはこの大陸についても教えて欲しい」
デエスはろくな説明もなしに異世界に送り込んだからな。今度会ったら覚えてろよ。
「ミュール大陸と呼ばれるこの大陸は4つの大国が支配しているわ。東を統べるイーフト聖王国、西を統べるウェスティー王国、南を統べるサウシー帝国、そして北を統べるノーシス獣王国。概ね平和でここ何十年と戦争はないけど、この土地は○○国家だ、と主張する集団がいて全てを支配している訳ではないわ」
「どこも一枚岩ではないってことか」
「また東西、南北の国は海を渡るか広大な大陸を横断しなければ辿り着けないため、交易はほとんどないと教わりました。決して造船技術が乏しい訳ではなく、海には魔物が棲み、海上は天候の影響を大きく受けるため、余程のことがない限り海は渡りません」
なるほどな。ただ地球では海に鮫なんかいて危険ではあるけど、安全面は高い。嵐などで沈没したってニュースもあまり聞かなかったから、技術の高さが伺える。だけどこの世界は魔法が存在するら。それでどうにかならないのかと疑問が生じる。まぁ実際どうにかなってるならもっと交易してるんだろうがな。
「人種差別とかはあるのか?」
「各国で人種差別は禁止されていますが、一部では人族至上主義を掲げる集団がいるせいで、ゼロとは言い切れないわ」
「やっぱり根強い差別はどこにでもあるもんか。エルフやドワーフはどこで暮らしてるんだ?」
「エルフは森の中、ドワーフは山奥に住んでいるとしか聞いたことがなくて、どの辺りに生活圏があるのかは不明よ」
エルフは隠れ里と呼ばれる所に住んでいるのだろうか?大体のことは知れたので、いつかはこの目で確かめてみたいものだ。
一通り教えてもらい今日は魔法を使う予定だったけど、それが不可能だと突き付けられた。気持ちを切り替えるべく顔を上げ、ふと外を見れば昨日の嵐が嘘の様に快晴で―――よしっ、予定は決まった!
アリスを誘って今日こそは大物を釣るぞ!!




