9.激動の日を終えて
今回は少し長めです。
一通り彼女―――アリスの事情が聞けたので今後の予定を話していく。
「家の中は順に説明をしていくとして、今日は風呂に入ってゆっくり休むといい。今すぐこれは必要って物はあるか?」
「…着替えがほしいわ」
言われて気づいた―――いや、思い出したけどアリスは上しか着ていない。
「一先ずアリスが着ていた服は洗ったから明日には乾くはずだ。それまでは別の服を用意するよ」
「ありがとう。ずっとスースーして変な気分だったので…」
誘われる様に視線が下にいってしまう。それに気づいたのか丈を伸ばし恥じらう姿がまたかわいい。
「見ないで!」
「既に見たんだけど…」
「…ッ!?忘れてください!」
忘れろって言われてもな。大人っぽい物を着けていると思ったが、聞けば年下できっと大人を意識していたのだろう。しかしその年で黒はまだ早い、と感じてしまう俺はオジサンなのだろうか?
「ごめんごめん。アリスがかわいくてついからかってしまった」
「かわっ――――また私をからかいましたね!」
「いやぁー、人と話すのが久しぶりで楽しくってな」
「ヒロヤはずっとここに住んでいるの?」
「あぁーなんだ、ちょっと特殊な事情があって信じられない様な話だけど――――」
転生した事を隠し通そうかと思ったけどアリスの身の上話を訊いて、自分だけ話さないのは不公平だと感じ、話す事にした。
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「信じられない話ね。でもこんな場所に家があることは紛れもない事実ですから、一笑に付すことはできないわ。それに女神デエス様は、神様にマイナーと言うのは失礼ですがデエス教は存在しているわ。ただ言いにくいのだけど、信者の方は頭のおかしい人が多いことで有名だから、そういった意味では知名度が高い女神様よ」
女神がおかしいとその信者もおかしいのか。いやそれよりもちゃんと神として崇められている事に驚きだよ。俺はデエスに助けられたけど、彼女には申し訳ないが信者にはなりたくない。
「言っとくけど俺は信者じゃないからな。俺にも分からない事はまだまだあるから、何か気づいたら教えてほしい」
「わかったわ。改めてこれからよろしくお願いしますわ」
「こちらこそよろしく!」
アリスに話した通り、俺にはまだこの家―――ダンジョンについて分からない事だらけだし、この世界や文化などについては全く知らないので是非教えてほしい、
「俺はアリスが寝ている間にシャワーを浴びたから、俺のことは気にせずゆっくり湯船に浸かってくるといい」
「何から何までありがとう。お言葉に甘えて入らせてもらうね」
アリスを風呂場へと案内をする際、ついでにトイレの説明もしておいた。ウォシュレット型や肌に優しい紙に目を輝かせていたのは内緒だ。
シャワーを浴びた時にお湯をためておいたのですぐにでも入れる。
「広くて綺麗ですわ!」
「自慢の風呂場だ。使い方を簡単に説明するぞ」
一緒に入る程の仲ではないためシャワーの出し方、シャンプーなどの違いを説明した。難しい事はないのですぐに理解を示してくれた。
「ヒロヤの世界の物はすごいわね!」
「そうだろうそうだろう。それで着替え何だが、自分で選ぶか?」
さすがに上着のままだけなのは目のやり場に困るので、話をした後に適当なズボンを履いてもらっている。しかし彼女の容姿に服が合っておらず、どんな服が合うのかさっぱりだ。
「ヒロヤにお任せしますわ」
「自慢じゃないけどセンスないよ?」
「一緒に選びましょう」
高速手の平返しが炸裂!クリティカルダメージが入った…。
ステータスと唱えタブレットを出し、女性服のページまで飛ぶ。
「この世界の服装とは異なるか?」
「えぇ、私は主にドレスを着ていたのでどれを選んでいいのか迷いますわ」
「なら今日は俺が着ているパジャマを買おうか。今日は疲れてるんだから早めに寝た方がいいしな」
「ヒロヤが着ているパジャマというのはどれですの?」
この時期、夜は多少冷えるので厚手で肌触りのいいパジャマを着ている。色は黒なのでパッと見ジャージみたいだ。アリスはMサイズで問題ないだろうし、色は女性だからピンクとかか?さすがに派手すぎるか?
「これなんだけど肌触りも良くて寝やすいんだ」
「シンプルでいいわね。ヒロヤと同じ色だと区別がつかなくなるので、う~んこの中だとピンクかしら?」
黒、白、グレー、ピンクの4色があり、多少悩んだもののピンクをチョイスしお値段は6,000DPだ。多少いいやつだからまぁこんなものだろう。
「あとは、言いにくいけど下着とかはどうする?」
「うぅ…さすがに私だけで選ぶわ」
「それゃあ当然だ。えぇーと女性用のは、あったあったこれだな。俺には全く理解出来ないから自分のサイズに合ったものを数着購入していいから。念のため買う前にいくらかだけは教えてくれ」
「いっぱいあって迷うわ。ヒロヤの国ではかわいらしい物が多くてすごいわ!」
兄弟姉妹はいなかったのでどれがいいのか知らん。いたとしても詳しいとは思えないけどな。余談だけど購入履歴を見ることが出来るので、アリスが買った物は分かってしまう。だが紳士な俺は見ない。本当だよ?
「迷ったけど3着決めたわ。値段はちょうど10,000DPと表示されているけど高かったかしら?」
「俺に訊かれても困る」
「でもこの国の物ではないので…」
「なら逆に訊くがアリスの国で、男の下着はいくらで買えるか知ってるか?」
「知りません…」
「つまりはそういうことだ。逆に俺が詳しかったらどうよ?アリスが気に入ったのならそれを買えばいい」
上下3セットで1万円ってことだけど高いのか安いのか検討もつかない。さすがに数十万とかだったら躊躇してしまうが、今の所持DP的には問題ない。
「まだ買うなよ。今買えばそれが出てきて俺に見られて、こっそり購入した意味がなくなる。後ろ向いてるから取り敢えず脱衣籠の中に入れてタオルで隠してくれ」
そう言って俺は後ろを向き、数分後に「買えたわ」と言われたのでアリスと向き直る。
「普通は洗濯してから使うのがいいけど、すぐに使う1着を決めて残りは洗濯に回そう。そうなると洗濯の仕方を教えないといけないし、俺とは別々に洗った方がいいか」
「でしたら私がヒロヤの分もお洗濯するわ!」
「いいのか?」
「えぇここに住まわせてもらうのだから、お手伝いしないのは気が引けるわ」
やってくれると言うならアリスにお願いしよう。時間がかかったけどこれで漸くお風呂に入れる。
「何かあればリビングにいるから呼んでくれ」
「はいっ!」
心なしか嬉しそうだ。聞いた話では何日もお風呂に入っていなかったから、女性として――――いや毎日お風呂に入る人からすれば嫌だったろう。
久しぶりのお風呂できっと長風呂するだろうと予想して、晩酌しなかった分これから飲もうかな。
今の気分的には軽く飲みたい―――そんな時はほろ◯いだな!ただのジュースって言う人もいるけど、俺はそうは思わないし、今はこれくらいがちょうどいい。ついでにツマミも購入。
「今日は激動な1日だったなー」
初めての異世界人との出会い、共同生活の始まり。これまでの生活が悪かった、って訳ではなく生活に色が付いた様に感じられる。楽しい事、辛い事などは誰かと共有してこそだから、心の片隅では寂しかった。
昼間の救助での肉体的・精神的疲労と、感傷に浸ったせいでいつになく酒の回りが早く感じる。ほろ◯いだから吐く程ではない―――説明しずらいが良い気分で飲めている。
「ヒロヤ、上がったわ」
「案外早かったな」
まだ数十分しか経っておらず、1時間程はひとり酒のつもりだった。
アリスに買ったパジャマは俺とお揃いなのに、着る人が違うとこうも変わってくるのか、めっちゃかわいい。ちゃんとドライヤーを使って髪を乾かしたつもりだろうけど、火照った顔とまだほんのり濡れた髪が色っぽい。
「一人が落ち着かなくて…」
「なんだぁー?一緒に入ってほしかったのか?」
「――ッ!?もう!そんなんじゃないわよ!!……顔が赤いけど大丈夫?」
「ん?あー、酒飲んでるからな。アリスも飲むか?そもそもアリスは成人してるのか?」
「15歳で成人ですので私は立派な大人ですわ」
なら飲んでも問題ないのか。俺は前世を合わせれば20歳以上だし、ここは異世界。15歳で成人なら18歳の俺が飲んで大丈夫。
「じゃあ一献付き合ってくれまいか?」
「えぇ、喜んで。でも私強くないわよ?」
「これは度数が低いから下戸じゃなければ飲めるし、二日酔いや悪酔いはしないはずだ」
ほろ◯いの良いところは度数が低くお酒が苦手な人でも飲めることと、豊富な種類がある所だと思う。
飲みやすいのはどれかなぁーと悩み、カシスオレンジに決めて、俺は白いサワーにした。さっきまでは缶で直飲みしていたけど、乾杯したいからグラスを準備して注ぎ入れ―――
「アリスとの出会いに、乾杯!」
「か、乾杯!」
初めて乾杯の音頭をとり、戸惑いながらもキンッとグラスを合わせ、それを傾ける。まずは一口、気に入ったのか二口、三口と飲み進めるアリス。
「美味しい……これなら飲めますわ」
「だからと言って調子に乗って飲んだらダメだぞ。アルコール成分は確かに入ってるんだから」
お酒は飲んでも飲まれるな、って言うくらいだから程々がちょうどいい。
一人酒も良いけど、やっぱり人と飲む酒は美味しい。アリスと会話しながら酒も進み、途中からビールに手が伸び始めた。いい感じに酒が回りアリスも酔いが回ったのか、まだ疲れがとれていないのか、目がトロンとしてきたので早めに切り上げて寝ることにする。
「大丈夫か?」
「はい。ただ少し眠たいです…」
「寝室に案内するよ……机の上の物はそのままでいいから」
空き缶が二桁はありそうで、ツマミのゴミなどが散乱していて……後で片付けよう。
孤島にいるためゴミ捨てはどうしてるのかと言えば、キッチンにあるゴミ箱がまるで異次元にでも繋がっているのかと錯覚してしまう―――ゴミを捨てて蓋をして、もう一度開けると無くなっている。恐らくデエスが気を利かせてくれたのだろう……目が点になったのが懐かしい。
2階へと上がり寝室へと案内し、酔いが酷くなった時のためにトイレの場所だけは教えておいた。
「すごい部屋!」
俺ですら驚いたレベルだからアリスにとっては驚愕レベル。
「俺は下のソファで寝てるから、悪いけど何かあったら1階まで呼びにきてほしい」
「ぇ?ヒロヤはここで寝ないの?」
「え?会ってまだ1日も経ってない異性と同衾するのに抵抗はないのか?」
それゃあ俺だって男だ。手を出すつもりは……ないけど一緒に寝たいとは思うよ。
「ぅ……でもヒロヤは見ず知らずの私を助けて下さいました。何より看病の際に手を出すようなことはいなかったわ。それに家主を差し置いて一人で寝る恥知らずではありません!」
いやまぁあの時は助けることに必死だったからそういった感情があまり湧かなかっただけで、性欲が無いわけではない。だけどここまで信頼してくれてるアリスを裏切れないため、鋼の自制心で我慢だ。
「なら俺もここで寝るよ」
「ではそ、その寝ましょうか?」
啖呵を切ったわりにやっぱり恥ずかしいのか顔が赤い。アリスはまだ年頃の淑女だし興味はあっても、恐らく経験はないのだろう。
キングサイズくらいはあるので、二人で横になっても狭くない。
「俺はあっち向いて寝てるから、おやすみアリス」
「おやすみなさいヒロヤ」
映画やドラマならキスシーンくらいはありそうなシチュだけど現実は甘くない。独身生活を送っているけど、不規則な生活はしていないため、目を閉じればすぐにでも夢の世界へいけそうだ。
「……逃れられなかった死の運命から私を救い出してもらい、言葉では言い表せないほどヒロヤには感謝していますわ。孤独で、空腹で、今を生きるのに必死で、いつ死ぬかもわからない絶望と恐怖で、何度心が折れかけたか―――私は間違っていたのでしょうか?」
俺の背中にピッタリと体を預ける様にして滔々と話し始めた。ドキッとして独り言かと思って敢えて相槌を打たずに耳を傾けていた。だけど次第にすすり泣く声が聞こえた、放っておけなくなった。
「アリスは悪くない。悪いのはどう考えたってアリスの父親だ。アリスにとっては不本意かもしれんけど、俺はずっと独りだったからこうして君と会えたことに感謝している」
ここでの生活も、日本に居た時もずっと独りだった。早くに両親を亡くし天涯孤独になった俺だからこそアリスの気持ちは痛い程解る。アリスの父親がアリスに絶望や恐怖を与える存在なら、俺がそれを上回る安らぎと幸福を与えてあげるまでだ。
そっとアリスを抱き締める。辛い時は我慢せずに泣いたらいい。
「ぐすっ、ヒロヤは、どこにも、いかない?」
「ここは俺ん家だぞ?アリスが出ていかなければずっとここにいるさ」
一度決壊したダムはそう簡単に止まることはできず、彼女の泣き声はすぐには止まず響き渡った。しかし次第に規則正しい寝息へと変わっていき、泣き疲れて寝てしまったみたいだ。
俺も寝ようとして寝返りを打とうとし、アリスが服を掴んでいたためそれが叶わない。
同じ物を使ってるはずなのに女の子特有のいい匂いがしてドキドキが止まらない。
「これは徹夜コースかな…」
引き剥がすことは容易だけどそれで起こしてしまうのは悪い気がする。鋼をも溶かし得る彼女の温もりにはアダマンタイトやミスリル程の強度が必要だと痛感させられた。
ゆっくり目に進んでいきますが、お付き合い頂けると幸いです。




