93話
漣はただ、その目でじっと戦いを見ていた。
決して見逃すことのないように、ただじっと。
一目見た時、確信を得ていた。
あれが、あいつこそが、自分の家族を殺した男なのだと。
幼き頃の自分に復讐を誓わせ、狂わせた本人なのだと。
それでも漣は戦いに参加しようとはしなかった。
しようと思えば、入れる場面はあったであろう。
今も入ろうと思えば、舜なら上手く合わせてくれるだろう。
それでも行かない理由は。
今自分の後ろにリーンという守るべき存在がいるからだろうか。
それとも、2人の戦いを邪魔しない為であろうか。
(・・・どちらも、違う。)
それはどちらも、あとから都合よく考えた理由に過ぎなくて。
憎い。憎くてたまらない。それは今も変わらないのに。
漣はただ、その戦いをじっと見ていた。
お互い、相手の魔力が少ないと確信してから。
「―どちらの想いが強いか、真っ向勝負といこう。」
そう舜は言い放った。
真っ直ぐ舜が黒い瞳でレイガを捉え、突き進んではレイガが炎で遠さげる。
そんな睨み合いが続いていた。
舜はもう、足に魔力を込めることなく、ただ力いっぱい剣を振り下ろすことだけを考えている。
レイガの方も、身体を焦がしながら舜に剣を振らせることなく。
だが、レイガの炎が舜の身体に触れても大したダメージにならなかった。
(おかしい・・・何かが・・・!)
舜は炎を必死に腕だけで受けている。
攻撃にも防御にも腕を使っている、そこに魔力を高めていれば当然ではあるのだが。
舜の黒い瞳が、レイガを捉えている。
(・・・!黒・・・!?)
赤ではない。黒である。
足に魔力を込めなかったのは、そもそも纏魔を解除していたから。
速さの差に違和感を感じないように敢えて正面から向かってきていたのだ。
まるで、宣言通りお互い残り少ない魔力の真っ向勝負をしようと言わんばかりに、愚直に。
考えてみれば、今まで攻撃特化だったのに"防ぐ"が出来ていたのもおかしかった。
魔力を温存されている。
その事実を知り、レイガは思考を回す。
温存の必要がある程、疲弊しているのか。
それともこちらの魔力切れを待っているのか。
炎がバチりと、更に燃える。
「ぬぅぉおおぉおぉおおおおおおおお!!!!!」
レイガは全身から異常なまでの炎を放つ。
それはレイガはもちろん、近くにいる舜にまで熱さが伝わる程の火力で。
(温存するというのであれば・・・その間に焼き殺す!)
「たとえ・・・刺し違えたとしても!」
レイガの覚悟が、想いが、炎へと。
「・・・っと!」
舜の瞳が再び赤くなる。
「その魔力が尽きるまで!この炎が消えると思うなよ?」
炎は何本もの線を描いて、それぞれが舜を追っていく。
舜は足に魔力を込め、その炎を凄まじいスピードで掻い潜りながら、躱していく。
どちらかの魔力が切れるまで続く、追いかけっこ。
ただし、条件はレイガの方が有利であった。
魔力切れまで待たなくても、捕まえられたら勝ちなのである。
巧妙に炎同士を連携させながら、舜を追い詰めようとしていく。
「くっ・・・!」
暫くは地上で避け続けていたものの、舜は堪らず上空へ跳び上がる。
地上での移動だけだと逃げ道が限られていたことと、その熱さに晒され続けてしまうから。
「惜しいな・・・判断ミスだ。いや、恥じなくていい。よく耐えた方だ。」
復讐鬼の羽も出していない今の舜では、1度、上空へ飛んでしまったら。
もう、自由に動く事は出来ない。
レイガは追い詰めた舜にトドメをささんと炎を上へと集めていく。
他の奴らに邪魔されないかの警戒もしっかりとし―
舜が吐き出した、赤い液体をふと見て・・・動きを止めた。
吐いてから数十分は経ったであろう赤い液体は。
薄い赤色となってサラサラと広がっている。
「・・・貴様。まさか・・・!」
グンっと空を睨み、全ての炎を舜に叩き込む。
が、その炎はあっさりとクトゥルフの石に消されてしまった。
舜は地面に降り立ち、忌々しそうに睨んでいるレイガを見る。
「その石が使える程・・・魔力が残っていたのか・・・!」
「ううん、これ、結構魔力食うみたいだ。ヘトヘトだよ。」
赤い瞳を爛々とさせながら、舜は笑う。
「貴様・・・ぐっ・・・!?」
遂に、その炎がレイガの全身を焼いた。
「ガァァ・・・まだ・・・まだだ・・・!」
最早前も見えていないのか、レイガは遮二無二舜がいた場所へと炎を放つ・・・が、舜は音もなく移動している。
「・・・漣!こいつはお前の探していた仇なんだ!どうする!?」
舜は漣に叫びかける。
「そこか!」
その声に反応して、レイガは舜の方向へ炎を飛ばす。
ちょうど、漣に背中を向けるようにして。
「・・・!あ・・・私は・・・。」
漣は後退りながら、どうするべきなのか決断に迫られた。