85話
また失ってしまった。
また守れなかった。
あと幾度それを繰り返し。
あと幾度後悔と絶望と悲しみを背負い込むのか。
「また・・・駄目だった・・・。」
必死に努力をして。
強くなって。
出来たことは―失う事。
殺す事。
悲しむ事。
「・・・それでも生きるよ。引きずって引きずって生きるよ。オーフェ・・・。」
そして、背負う事。
舜はオーフェの身体を優しく降ろす。
次にイパノヴァの遺体を見遣る。
次にアンガスの遺体を眺める。
「・・・置いていく訳にはいかない、な。」
敵陣の深くまで侵攻してしまったが、どうにか全員連れて帰りたいと願った。
『Nacha・・・rekiru。』
ナチャだった石から声が聞こえる。
「・・・しまい方ってどうなってるの?傷付けずに運べる?」
『・・・・・・。』
石は、答えない。
「・・・分からない?」
『un・・・。』
舜は考え込む。
ふと残ったメンツを見て、ムルシーが座り込んでいるのが見える。
「・・・ムルシー、大丈夫?」
「・・・あっ。・・・えっと。」
ムルシーは地面だけを見てその表情がよく見えない。
「あの・・・もし・・・利用出来るなら・・・自分も・・・利用するんすか・・・?」
その声は震えている。
「・・・・・・・・・否定は、できないな・・・。」
その声はとても寂しく聞こえた。
かつての仲間の遺体すら斬り捨て。
自分を守ろうとした人間を当然のように盾にして。
吐きそうで泣きそうで。
それでも、自分がそういう感情を表にする事は許されないと言わんばかりに歯を食いしばった。
「おい、ムルシー・・・。」
「いいんだシュヘル・・・怖くて当然だもの。」
舜は無理やり笑ってみせた。
それが、とても痛々しかった。
「・・・・・・殺す為になら、なんでも出来ちゃうのにな。なんで、救う事は出来ないんだろう。」
今、この時もそうだ。
遺体を無事に持ち帰りたい。
生存者を無事に帰らせたい。
その為の選択肢が、彼には無い。
「そんな事は、ないよ。」
ふと、そんな声が聞こえた気がした。
女の声だが、ムルシーのものでは無い。
「・・・ふふ、頭がおかしくなったかな。幻聴が・・・。」
「いや、幻聴じゃないよ?」
「・・・トワ!?ダゴン!?なんでここに・・・?」
リエーに残っておくようお願いしたはずのダゴンを連れ、無能力者のトワが戦場に。
「危ないよ。分かってる?」
「うん・・・私たちは覚悟決めてきてるから。危ないのはあなたもでしょ?」
トワは優しく言い返す。
「あとね、私はあなたと会えなかったらきっとリエーで邪神の餌食になってた。ダゴン様だってあなたのおかげで神に戻れた。あなたは、ちゃんと守れてるんだよ。」
「ええ、トワの言う通りです。もう少し自分の事を大切にするべきですよ?」
人型になったダゴンはそう言うと舜にウインクをした。
「・・・うん、ありがとう。少し、救われたよ。ふふ、助けられてばっかりだ。いつも、誰かに。」
「人生なんてそんなもんでしょ?支え合いながらさ。・・・あなたは進んで。」
トワは自分の頬を叩き、気合を入れる。
「ここはダゴン様と守り通すからさ。いやまあ私が何かする訳じゃないんだけど・・・安心して。」
「・・・分かった。トワ、ダゴン、後で必ずまた話そう。シュヘル!バルトリーニ!クローヴィス!ムルシーを頼む!」
2人が頷くのを見て、舜は1人更に奥へ向かう。
「大丈夫ですか?トワ。」
「・・・正直めちゃくちゃ怖い。けど、うん。頑張るよ、私。」
「行っちまいましたね、シュヘルの旦那。」
バルトリーニがやれやれと言わんばかりに離れていく舜の背を眺める。
「・・・ああ。あんな顔されちゃ、終わった後殴れねぇな・・・。」
「全くですよ。あんなまともな感性も残してちゃ、本人も辛いだけでしょうに。ほら、ムルシー。立てるか?」
クローヴィスはムルシーの腕を掴む。
「あ、待って欲しいっす。ふふ・・・ふへへ・・・うへへへへ・・・。」
「・・・?」
ムルシーの様子がおかしい事に3人は顔を見合わせる。
「ふへへ・・・ぐちゃぐちゃに利用してもら・・・ふひっ・・・。あっ、ふひひ・・・。やべ、変態になる・・・濡れ・・・ふへ・・・んっ。」
ムルシーは・・・恍惚としていた。
「・・・・・・・・・。ついて行けなくて良かったな。」
「・・・化け物、だな。」
隙を伺っていたレビアはダゴンや舜を眺めながら冷や汗をかいていた。
「ふん、とはいえあの野郎の方は魔力の限界は近い筈だ。・・・追おうぜ。」
「なあ、ウェル。倒すのは俺たちじゃなくてもいいんじゃないか?」
ウェルはレビアを嘲笑う。
「おいおいおいおい、ブルっちまったか?確実に勝てるタイミングを探せばいいだけだ。冷静に、んでもって尊大に行こうぜぇ?俺たちの方が上なんだ、ってな。」
「・・・そうだな、少し弱気になってしまっていたかもしれない。」
そして2人は舜の尾行を続ける。
「・・・なんだろ、あれ。・・・気になる!」
その後ろを、もう1つの影が追って行った。




