82話
昔、僕にしか見えない存在がいた。
ビャフーストの南にある、湖に。
赤い火の鳥が浮いていた。
僕は4人を呼んで見てもらおうとしたが。
みんな、見えなかった。
・・・そして3人は、それぞれ別のそれぞれにしか見えない存在を知っていた。
いつからだろう。
その存在が見えなくなったのは。
いや、見えなくなったんじゃない。
色んなことがあって、守りたいものがあって。
やる事が多すぎて湖に行かなくなったんだ。
僕はその存在の名前を知らなかった。
今、この時までは。
「—朱雀!」
ターガレスを守りたいという情熱が、理想が。
赤い鳥となって顕現する。
「ヤバそうだね!さっきの魔力使えなくなった奴かな?!」
「違うものと考えるぞシャロン!他に何かあると思った方がいい!」
「あいあい!」
ジャメールとシャロンは距離を取り、その動きを注視する。
「離区光星!」
その鳥の目がカッと光る。
「・・・なるほど?」
シャロンは仕切りに辺りを気にしながら独りごちる。
「シャロン、退け。俺が食い止める!」
ジャメールも一人ごとを言う。
「あーい!こちとら降伏|ですよっと!」
お互いがお互いを見る事が出来ない。
協力者と連携を取れなくされた。
下手に動くとお互いが邪魔になるかもしれない。
故に、2人の判断は早かった。
(だが—!)
ただひたすら振り返りもせずに逃げ走るシャロンの背をデイムは見る。
ここで逃がしたら何があるか分からない。
まだ底が知れてない相手なのだ。
(・・・仕留める—!)
その背中を目掛け、デイムはレイピアを突く。
離れた位置にいるシャロンの横っ腹に刺突されたような傷が出来—
「痛っ・・・!ジャメール!やられた!」
「降伏を口にした相手の背中を打つ—道を外れたな?」
ジャメールの手に魔力が篭もる。
「ジャッジメント。」
裁きの光がデイムを斬り裂く。
(しまっ・・・せめて・・・せめてターガレスだけは・・・逃が・・・。)
炎が揺れ動く。
「・・・?」
漣はその炎に意識を寄せ、何があるのかとふと思う。
揺れている向きの方向に漣は何も思わない。
むしろ、別の場所で胸騒ぎがする。
(・・・気になるなら向かおう!)
何が気になるかは漣自身言語化出来るものでは無い。
「・・・シィラ!」
「はい、漣姉様。」
「私行ってくる!」
「・・・はい?漣姉様?」
漣はかけ出す。
彼女の信ずるままに信ずる道を。
「何も・・・起きないな・・・。」
ほっとしたように咲希は胸を撫で下ろす。
蜘蛛の巣は役割を終え、空にはまた青空が澄み渡っている。
激戦区であったこの場所は時間の経過と共に落ち着きを手に入れようとしていた。
(なんとか・・・なりそうだ。)
幾度か敵とやり合いながらも、攻撃を受けた場所は傷にまではならず。
やり合ってる内に相手が疲れたのか、何とか捕縛をする、という形を取れていた。
周りも静かになり始めている。
「ね、何も起きないね。」
「ああ。・・・?」
聞き馴染みの無い声に咲希は声の方を確認する。
「・・・どこの部隊の奴だ?」
「アウナリト軍特殊部隊。」
横にいた少女があまりにさらっと言うものだから咲希も一旦納得しかけ—
「敵・・・!?」
竜爪を出し、距離を取る。
「あー、待って待って。敵対する気なら言わずに襲ってるんだ。それより私は交渉がしたくてね。」
咲希は警戒を解かない。
「・・・話は聞いてくれそうだね。それじゃあ提案なんだけどさ。私たち、やり合ってるフリをしてこの戦乗り切らない?」
「・・・どういう事だ?」
あ、そうだと少女は思い出したかのように
「名乗ってなかったね、私ムイムイ。いやさ、別に私命捨てる程愛国心ある訳でも無いし、勝っても負けても命が保証されればいいかなって思ってるんだ。でもどこかで戦ってないと勝った時責められちゃうの嫌だなって。負けちゃってもあなたに命を保証してもらえばいいし。」
「私が保証する・・・と?」
ムイムイはニコリと笑う。
「あなた達の仲間を殺さないどころか誰も傷付けない。・・・少なくともそんな人を殺す程残虐じゃない・・・と踏んだ。勘だけどね。」
咲希はふーっと息を吐く。
完全に毒気を抜かれた。
「・・・去れ。私は仲間たちの勝利の為に戦ってるんだ。お前の取引は付き合わん。」
「えー?でもさ、戦況は完全にそっち有利で後はそちらの舜くんがうちの元帥や王様抜けるかどうかでしょ?ここらの戦いはもう無駄だと思うな。」
「それでもだ。交渉決裂だ。・・・これ以上留まるなら敵対する。」
咲希とムイムイはお互いの目をじっと見合い—
「分かった。じゃあこうしよう?あなたは本気でかかってきて。私がそれをいなしながら適当に時間潰すから♪」
「舐めてるのか?」
心底イラッとしながら、咲希はその手に力を込める。
「え?だって簡単に横に並べた時点で、殺そうと思えばすぐ殺せた場面幾つもあったんだよ?差はあるに決まってるじゃん。」
「上等ゥ・・・!私は!弱くなんか!ない!」
咲希の爪がムイムイの身体を捉えようとして、あっさりとすり抜けるかのように交わされる。
「ま、落ち着いて落ち着いて。こっちに殺意は無いんだよ?それを傷付けようなんて止めようよ、ね?適当にお互いやり合ってさ、平和に終わろうよ。」
「断る!」
「そ、気が変わったらいつでも言ってね。」
「・・・咲希様!?そちらは・・・!」
騒動に気がついたローグ軍も武器を構える、が。
「おっと、竜族?と特殊部隊副隊長の戦いだよ。君たちじゃむしろ咲希ちゃんの邪魔になるだけだと思うな。」
ムイムイが先に言葉で牽制をする。
「あんなこと言ってますけどどうします?俺は別に攻撃しても大将の邪魔には・・・。」
「ならん!慈悲深き咲希様にこれ以上邪魔になっては申し訳が立たんだろ!むしろ力を解放しやすいように下がるぞ!」
「という訳で大将本気でいいっすよー!」
あっさり引き下がるローグくんにムイムイは思わずクスッと笑う。
「随分信頼されてるね?カリスマって奴かな。敵の言葉そう簡単に信じてるようだとアレだけど・・・おっと!」
咲希の爪が屈んたムイムイの頭上を通り抜けていく。
その目は本気で倒しに来てる目であった。
「ありゃ?何か気に触ったかな・・・。昔から私の悪い癖なんだよねー。」
「その余裕無くさせてやる!」
合点がいったかのようにムイムイは交わし、受け止めながら言い放つ。
「あ、なるほどー!じゃあ必死に避けて受け止めるから許してねん♪」
咲希の爪がムイムイの左頭上から撫で切るように。
それに対し、ムイムイは左手で魔力を放ち—
きっちり相殺してみせた。
魔力に弾かれた咲希の手に怪我は無い。
文字通り、完璧な相殺。
(・・・—!)
弄ばれている、と実感する。
こちらの魔力を完璧に読み取り、必要以上に使わないその姿勢から確かな強者として。
咲希の心臓がバクバク動く。
その気になられたら、殺される程強いのではと。
(・・・負けてたまるか!)
舐められっぱなしが気に食わないという気持ちと、かつて自身を助けた舜や仲間たちへ恩返しが出来ないまま終わるのは嫌と言わんばかりに、恐怖心を消し飛ばし激を入れ。
自身のプライドだけで咲希はムイムイと対峙した。