76話
紙一重。
ただほんの少しの差で。
相手のことを見ていたかどうか。
それだけだった。
それだけ故に。
「・・・・・・。」
相手の過去を、気持ちを知ってしまった。
それが剣を鈍らすことは無い。
だが心には大きくのしかかる。
リライエンスの人々が死んだ時も—いや、思い返せば最初に殺した時からずっと。
なにせ殺した相手の顔を全て思い返せるのだ。それは生きていくには大きな負担になり—
それが舜の生き方でもある。
「疲れた・・・。」
そんな言葉が無意識のうちに飛び出ていた。
「休むっすか?」
「いや・・・そんな暇は無いかな。」
舜は真っ直ぐ前を向く。
そんな様子を遠くから眺めてる3人がいた。
その内の1人、イームは片目に手を丸くして囲うように添えて見ている。
「どうよイーム。」
「・・・まだ辞めた方がいいね。」
ウェルがあーあと悪態をつく。
「あんなに張り切ってた割に俺たちに美味しいとこ取らせてくれないとか、使い物にならないねぇライガくん〜。」
「なあ、イーム。本当に俺らじゃ無理なのか?あの男を殺すだけでいいんだぞ?」
レビアに向かってイームは冷めた視線だけを送る。
「私は、止めたからな。」
「ムスルスは?なんか行かなきゃとか行ってさっさとどっか行ったけど。」
イームは辺りを見回す。
「・・・場所を移そう。」
「またか?」
イームは移動を始めながら言う。
「私は、提案したからな。」
ふと、振り返る。
「それと、舜を襲おうなんて事はもう口にしない方がいい。」
「あん?狩れればあんな美味しいカモを・・・。」
「やめろっつってんの。」
ウェルとイームは睨み合う。
「おーけい、分かったぜイームちゃんよぉ。俺たちは俺たちでやらせてもらう。後から分け前欲しいとか言うなら・・・身体でも使いな!ギャハハ!」
イームはレビアを見る。
「・・・悪いなイーム。報酬とか云々の前に、あいつは止めないとマズイ気がするんだ。だから俺も・・・。」
「・・・そう。じゃあここでお別れね。行くならあっちから行くといい。まだ孤立してる状態ではあるから。」
イームは方角を指差して、1人別の高台を求め移動を始める。
(正直、私も止めなきゃこの国がどうなるか分からないってのは分かってる。だけど・・・。)
イームは最後にもう一度、その目である人物を見る。
水色の髪、鮮やかな氷を使いながら。定期的にこちらを見つめ返してくる女を。
(この女を敵に回したら生きて帰れる自信がない・・・。舜の話題を出しただけで睨み返してくる女・・・。データによると"あれ"が雪乃か。)
イームは背筋を凍らせるような感覚に襲われた。
(行ったのは男2人だけ。・・・なら舜さんは問題無い。となると舜さんが悲しまないように他の仲間を守るの優先で動いて—。)
雪乃は辺りを確認する。
(今行くべきは—咲希ちゃんの所かな。)
「あ、また雪乃様が無言でどこか行かれるぞ!」
「・・・はぁ、まともな人の場所が良かった。」
その咲希は今・・・窮地に立たされていた。
「大将ーさっさと竜になって蹴散らしてくださいよー。」
「ま、まだだ。今は・・・えっと。」
「馬鹿者!今ここでなられたら近くにいる味方にまで被害が及ぶ!それ故にならんのだ!この慈悲深さ、流石は咲希様です!」
咲希はぎこちない表情のまま、戦場を過ごす。
昨晩、自身が誇り高き竜族であると言ってしまったばっかりに。
過剰な竜への期待が胃をチクチクと刺してくる。
(言えない・・・!完全な竜にはなれないなんて言えない・・・!)
「・・・くっ、しかし流石に重要拠点と見込まれた場所だ、敵もなかなかしぶとい。」
「大将ー!ちょこっと、加減してでいいんで!」
咲希がいる場所はとにかく激しく攻防が繰り広げられている。
(どうしてこんなことに・・・!)
昨晩、重要拠点になりそうな場所は?という問いに気軽に答えてしまったのがいけなかった。
「なるほど!ここを我らで守ると!!」
「・・・え?」
「流石咲希様!より厳しい場所へと平然と行かれるとは竜族はやっぱり違いますな!」
そんな会話で場違いな場所に立ってしまっている。
(いや、逃げてられるか・・・!)
咲希は奮い立ち、その爪を顕にする。
「—仕方あるまい。少し、援護と行こうかの。」
「咲希様!よし、お前ら道を開けろ!」
「いや・・・え?一緒に・・・その・・・。」
小声で助けを求めるが、戦場の声に掻き消され届かない。
「大将動かないっすよ?」
「何か考えが・・・む!」
開いた道が突如として凍り付く。
「氷柱咲乱」
不規則に、ズラリと並んだ氷柱が上空へ現れる。
「・・・あなたたち程度ならこれで、おしまい。」
足が凍りつかされ動けない敵へグチャリと、氷柱が落ちる。
落ちて砕けるその氷柱は、血の色と相まって赤い花が乱れ咲くように模様がついた。
「・・・咲希様がいなければ我々は完全に巻き込まれていた—!」
ハッとしたように咲希の下についた4人が盛り上がる。
「・・・大将ほんとにそこまで考えてたんすかね?」
「バカお前失礼だろ!援軍のタイミングを完全に呼んだ咲希様の完璧な計算なのに!」
その様子を眺めながら雪乃は咲希に耳打ちする。
「大丈夫そう?」
「・・・しばらく一緒にいて雪乃・・・胃が痛い・・・胃が痛いよぉ・・・。」
「次は・・・こっち!」
「はい、漣姉様!」
漣は戦場をあちらこちらへ移動しながら戦っていた。
「・・・援軍登場!でりゃ!」
炎と槍を上手く使って相手を真っ直ぐに、時には搦手でねじ伏せ捕縛する。
「次は・・・こっち!」
「はい!」
何がしたいかの答えは見つからなかった。
でも、誰か死ねば誰かが悲しむのは分かっていた。
だからこの戦場で危なそうな匂いがする場所へ走っては敵を"捕縛"して回る。
捕縛した敵はそのままそこにいる人達に任せ、ひた走る。
漣はこの戦争において「1人でも多くを救い、泣かせない」道を選ぼうとしていた。
「・・・!止まって!何が・・・来る!」
漣は槍を手に、炎を身の回りに囲ませながら止まる。
「あんたさ、何を基準に動いてんの?」
「・・・っ!」
最大に警戒してなお、背後から突いてきた突然の剣に振り向き、槍で防ごうとして。
(違う・・・!)
慌てて後ろへ飛び跳ねる。
「・・・ほんと厄介。あんたみたいなのいるとあたしら負けちゃうじゃん。だから・・・ここで死んでもらうよ。」
踏み込んだその一撃を交わし切ろうとして。
相手の投げた何かにぶつかり、その動きが止められる。
「死ぬ前に、あたしはムスルス。さようなら。」
ムスルスの剣は、炎も槍もあっさりとそこに無かったかのように消し去りながら。
漣の身体を2つに引き裂いた。
漣「漣ちゃんだよ!」
雪「雪乃です。」
漣「あったりなかったりのあとがきのコーナー!・・・って私真っ二つにされてない!?」
雪「されたねー。」
漣「助けに来るべきなのこっちだったんじゃない!?」
雪「まあ・・・舜さんが悲しむだろうからそれは嫌だけど・・・私は舜さんが生きてれば他はいいし・・・。」
漣「他はいいし!?」
雪「それではまた次回。」
漣「え!〆るの!?雪乃?雪乃!??!?」