5話 強さを求めて
断固拒否したオーフェを除き実力を見せてもらった後。
舜は1人トレーニングルームに閉じこもっていた。
怜奈の動きは実に舜にとってありがたかった。
というのも魔力を飛ばせない以上、魔力で足下を狙ってスピードを使わせないという戦法が取れない舜にとってあのスピードは対抗策を練るのに相応しかった。
あの後教えてもらった怜奈の属性:月の存在。
これに関してはまだまだ未知数なところもある。
(だからまずはスピードだけで考えるとして・・・。)
あのスピードを再現は出来ない。だからイメージで補わないといけない。
動きを思い出す。こちらの動きに反応して後からいくらでも対応してくるような動き。
おそらく見ていたのはこちらの「視線」。
向こうもあのスピードを活かすために何かを犠牲にしている。
『・・・朧月夜。』
あの時の記憶が蘇る。怜奈の動きはそんなに単調じゃない。
そもそも最初の一撃で片腕がしばらく使えなかったのは、そこまでが狙いだった?
色々な思考を使った後、ひとつの結論に至った。
(直接頼んで怜奈と戦わせてもらおう!)
ということで頼みにいき、・・・いくらでも との回答を貰った舜は早速怜奈も相対していた。
「・・・まず、斬りかかってみて。」
そう言われた舜は危なくないよう気を遣いながら、とうっと剣を縦に振る。
怜奈はそれを舜の右腕側に避けながら前へ進み、舜の腕をちょいと押した。
それだけで怜奈を追おうと剣の軌道を変えようとする動きが封じられる。
「・・・縦の避け方は基本的に相手の利き腕側に避けてる。・・・そうやって動きをできるだけパターン化させてる。」
「それであの速さをねぇ・・・。いや、でもいくらなんでも速すぎない?」
舜はもう一度と、今度は右側に避けられる前提で上空で左から右へ弧を描くように斬りかかりながら後ろへ下がる。
怜奈はその腕の動きを見て、あっさりと後ろに下がった。
「今のパターンは?」
「・・・無理しない、ただそれだけ。」
「なるほどね、次横に振るよ。」
舜は警告だけし、今度は少し早めに踏み込みながら左から右へ横へ振ってみる。
怜奈は通り過ぎた舜の右腕を掴みながら正面にいた。
「今の・・・振った腕の上を通った?」
「・・・うん。・・・横振りは隙が大きいから気を付けて。」
舜は頷いた後、武器を消して準備していた緩衝材など柔らかいものに包まれてる1本の棒を持つ。
「・・・それじゃあ本気で打ち込んで見るから色々教えてね。あとこれ周りの素材は柔らかいけど棒そのものは硬いから・・・本気で来てね。」
「・・・分かった。」
舜は思い切り踏み込み、前の戦いでは見せなかった速さで一気に攻めかかる。
怜奈はその攻撃を交わしながら反撃の様子を伺う。
縦で斬りかかり、更にすぐさま反転させ下から上へ持っていくことで反撃を封じようとする舜。
怜奈も一旦は後ろへ下がる。
(無理しない・・・か。もしさっきみたいに腕を別方向から押されてたら・・・。)
今度は怜奈が舜へ突っ込んでいく。
(横振り後は隙がある・・・。なら逆にこれを使えば・・・。)
横振りに対し怜奈はすぐさま前に出、舜の腕に手を当てそれを支点に上空で周り、剣が通り過ぎたところで正面へ着地しようとする。
「・・・!」
舜はそのちょうど怜奈が逆さになるタイミング瞬間に棒を蹴り上げた。
怜奈はその蹴りの勢いを借りて上空で回る向きを変え、舜の首に腕を当て後ろへ回る。
「・・・参った。」
地面に降りた時には既に首がいつでも絞められる状態であった。
「・・・隊長は頭の考えを咄嗟に動ける強みがある。・・・更に今までの経験上と相手が自分ならで考えるから正確に対応してる。」
「褒めてくれるのは嬉しいんだけど・・・ほら、もっと強くなるきっかけが欲しくてさ。」
「・・・生き残ること。・・・無理しないこと。・・・それだけ、すぐには強くなれないから。」
「・・・まあそれもそうか。焦りすぎ、かな。」
ふうと息を吐く舜に怜奈は尋ねる。
「・・・強くなりたい、その目的は?」
「・・・・・・色々あってさ。」
「・・・そう。・・・私から詳しくは聞かないけど話したかったらその時に話して。」
怜奈はテクテクと距離を取り、向き直す。
「・・・まだ、やるんでしょ?」
「お願いします、師匠!」
「・・・そういうノリは愛花専門でしょ。」
珍しく怜奈が表情を緩めた。
「舜兄ー!ご飯そろそろ作ってー!おわっと!」
舜を探しに来た愛花はトレーニングルームの扉で怜奈と鉢合わせした。
「・・・ご飯、今日は各自がいいかも。」
「へ?」
愛花が部屋の中を覗くと舜は横になっていた。
「・・・84戦、本気でやり合った。」
「怜奈ちゃん全勝?」
怜奈は微笑む。
「・・・83勝、1分け。・・・最後の1戦は相打ち。・・・楽しかった。」
「ほうほう、1分けですか。・・・怜奈ちゃんが本気で?」
「・・・と言ってもお互い能力も使ってないし、殺す気でやってないから、実戦だと分からない。」
それだけ戦ったにしては乱れていない髪を整えながら怜奈は言う。
「・・・けど、この人相手に確実に勝つのは難しいと思う。・・・例えばイパノヴァの武器を止めようと思った時に、服の擦れる音や武器を止める際に出る風を切る音すらさせず対応してたから・・・センスは高い。」
愛花は感心しながら舜を見る。
しかしその舜は立ち上がろうという気配すら感じない。
「・・・ねぇ、怜奈ちゃん。あれ魔力とか大丈夫だと思います?」
「・・・ん、大丈夫。・・・そんなヤワじゃない人。」
「なるほど、それじゃあごゆっくり。」
2人はその場を後にした。
(・・・寒い。)
疲れ果てて怜奈との戦い後から既に眠ってしまっていた舜はその寒さに意識がハッキリしてくる。
アウナリトはこの時期とても寒く、汗をかいた後の服が更にその寒さを際立たせた。
舜は目を開けないまま、また意識を落とすように眠ろうとする。
・・・汗をかいて服を変えてない。それにしては寒さが多少薄れている気がした。
そしてふと、手に暖かさを感じた。
(・・・?)
ようやく目を開けた舜に2人の人影がぼんやりと見える。
片方の手を握っていた茶色い髪の薄い長袖の少女がパァっと表情を明るくする。
舜には1枚の上着がかけられていた。
「ほらな、心配要らないと言っただろ?」
黄色の髪の少女がやれやれという態度で言う。
「イパノヴァとオーフェか。・・・今何時?」
(深夜の3時ぐらいだよ。)
「やべぇみんなの飯!」
ガバッと舜は起き上がる。
「みんな食べたから安心しろ。というかこんな時間まで待ってるわけないだろ。」
「それもそうか。明日詫びにより手をかけなくちゃな。」
「そんな事より舜、少しこっちへ来い。イパノヴァはそこにいろ。」
不思議がるイパノヴァを置いてオーフェは舜の手を引っ張り、少し離れた所へ行く。
「イパノヴァに感謝しろよ。あいつ、お前を見ないと探しまくったし、見つけた時も魔力不足だと思って寒くないよう自分の上着をお前にかけながら魔力を渡すためにずっと手を握り続けたぞ。」
「・・・渡す?戦闘中でもないのになんで?」
「お前・・・まさかそんな事も知らないのか?」
はぁとオーフェは溜息を着く。
「魔力者は魔力が極端に少なくなると死ぬ。回復方法として一応減ると周りの魔力を吸収はするんだが、減りすぎてると身体の負担の方が大きいし、ちょっとずつ過ぎて対して役にも立たない。後は時間による回復もあるが、これは健康体でいられる時だけだな。減りすぎて倒れてると無理だと思え。」
ふむとどう説明するかオーフェは一呼吸考える。
「で、応急回復の方法はいくつかあるが簡単に言えば肌と肌が触れ合うほど魔力は混ざり合う。基本的に多い人から少ない人へと向かう。」
「だから手を握ってくれた・・・と。」
「ついでに知っておくといつか命を救うかもしれない情報だ。肌は触れ合う範囲が多い程渡す量も増える。だが実はどれだけ増やしても微々たる量を渡し続けてるだけだ。」
「余程危ない状態なら助からないこともある・・・と。」
「ああ、だが触れ合う以上に効率がいい方法があってな。」
「それは?」
舜の反応にオーフェは溜息を着く。
「お前・・・こんな常識も本当に知らないんだな。まあいい。肌という壁があるから魔力が渡りにくい、だったら肌が間にない方法を取ればいい。1番簡単なのは接吻だな。」
「お・・・おう。なかなか取りにくい方法だな・・・。」
「なんだ、てっきり女ばっかりなのはそういう事にしてやらしいことでもするのが目的なんだと思ってたが。その感じだとそもそも女に慣れてなさそうで安心したよ。」
「うぇ!?周りからそう見られる事あるって事?というか他のメンバーからもそんな目で見られてるかもしれないのか・・・。」
オーフェは頭を搔く。
「そんな事よりお前、イパノヴァへの感謝を忘れるなよ。あいつは良い奴だ、だからこそあいつに不幸に合わせたら僕はお前を許さない。」
「ああ、ありがとな、オーフェ。」
「僕にお礼を言ってどうする。」
「だって''ずっと"って知ってるってことはオーフェもいてくれたんだろ?」
「僕はイパノヴァが心配だっただけだ!」
オーフェは慌てて否定をした。
「えっと・・・じゃあ・・・俺を心配してくれたイパノヴァを心配してくれてありがとう・・・?」
「なんだそれは・・・。」
オーフェは呆れた顔をし、笑う。
「お前、変な奴だな。でも少しは信頼できそうだ。それじゃあ行くぞ。」
イパノヴァの元へ戻るオーフェの後を舜は戻って行った。
(あ、もう体は大丈夫そう?)
イパノヴァはニコニコと向かい入れた。
また寝るならどうぞと言わんばかりに自分の上着を着ないままかけられる準備をしている。
その腕が寒さのせいか少し震えてるのに舜は気が付いた。
「こんな時間までありがとね、イパノヴァ。部屋で寝るから上着はもう大丈夫だよ、本当にありがとね。」
イパノヴァは大丈夫そうで良かったとニコニコ笑ったのだった。
次の日。
舜はマキナから渡された報告書を読んでいた。
ズラリと並ぶ貴族の名前。
知らない名前ばかりである。
「おはようございまーす。お、それ例のやつですね。」
起きてきた愛花が舜の横に座る。
「何か分かりました?」
「いや・・・これだけじゃどうしても。」
覗こうとする愛花に報告書そのものを渡す。
愛花はふんふんと眺めていき、その目を止めた。
「アザトゥー家!?」
「有名な貴族?」
「なんだ、それも知らないのか。」
今まさにやってきたオーフェがそう言いながら座る。
「アザトゥー家は魔力者が出る前の最も大きかった貴族だ。」
「あー・・・。」
言われて何となくあったような覚えてないような。
「魔力者が出てから滅んだところ?」
「ああ、全員虐殺されたな。」
「そうか・・・。」
なんでそこの貴族と会っていたか。
少し考え、やめた。
分からないものは分からないのだ。
そうして今日も一日が始まるのだった。