57話
防波堤までたどり着き、邪神の進行が止まる。
その巨体が歩いただけで起こした波が街に流れていく。
「・・・怜奈は?」
クトゥルフの攻撃は自分の所まで届くと、警戒しながら舜は怜奈を探す。
(触手は・・・全部海に?・・・海に、ね。)
横目でしっかりクトゥルフを捉えながら、辺りを見回し。
「・・・居た!無事だった・・・怜奈?」
遠くに見かけた怜奈は明らかに焦っている様子だった。
(クトゥルフが魔力を取り戻して来ている・・・!)
上陸せず佇んでいるクトゥルフは少しずつ魔力を高めていた。
(・・・やるなら・・・今しか・・・!)
「・・・ぁぁぁぁはぁぁぁぁああああ!!!!」
次の瞬間、持てる全ての力を持って怜奈はクトゥルフに突撃していく。
「怜奈!」
舜は怜奈の元へ全力で屋根を伝い、伝って、駆けだす。
(間に合え・・・!)
怜奈が宙に剣を生成する。そしてその刃をクトゥルフへ向け投げ飛ばし。
「・・・!?」
どこからか飛んできた血が、怜奈の頬にかかる。
「こっちは大丈夫!それよりクトゥルフを!早く倒さないとなんだろ!」
怜奈は言われるがまま振り返ること無く、クトゥルフへ攻撃を仕掛けていく。
(・・・さて、まずったな。)
海へ触手を伸ばしてた時。1番頭に入れたかったのは地下からの不意打ちであった。
そして、そこまでは読み通りだったのだが。
(まずいな・・・意識が・・・。)
クトゥルフの触手は舜の腹を貫いていた。
『・・・・・・・・・えるか?舜!代われ!』
(・・・復讐鬼?・・・。)
「・・・ふぅ、さて。・・・急ぐか。」
真っ黒な羽がその背に生える。
真っ黒な刃だけの魔力をその手に取る。
身体に穴があるとは思えない程の動きで。
痛みなど感じてないような動きで。
「神など・・・とうの昔に超えている・・・!」
その刃はクトゥルフへ穿たれ、片目を潰した。
「・・・隊長!?その傷・・・。」
隣立った舜を見て怜奈は狼狽する。
「早く終わらせるぞ。あのちびっ・・・愛花に治療してもらう為にも。」
海の上を走っていく。
いや、正確に言うと海の上へ錬成されていく氷の上を走っていく。
「よし!登るぞ!」
トワの声に雪乃は段差上に氷を作る。
クトゥルフの尻尾へ降り立つと、トワは青い石目掛けて包丁を突き落とす。
「この!この!割れろ!喰らえ!」
全身全霊で包丁を何度も何度も振り下ろすと、クトゥルフは叫びを上げながら尾を振った。
「うわっ!落ち・・・落ち・・・ない・・・?」
トワは横たわりながらもほっと息を着く。
のとつかの間、その視線に触手が襲いかかるのが見える。
「・・・!?」
ギュッと目を瞑る。
(あ、死ぬ時って痛みないんだな・・・。)
そんな事を思いながら。
(・・・?)
ゆっくりと目を開けると氷の壁が触手を防いでるのが見える。
「冷たっ!?」
立ち上がろうと手を置くと背中にある壁も氷であったことに今更気が付く。
雪乃はトワの方を見る余裕もなく、ただ攻撃への対応を行っていた。
(・・・私だ!私が早くやらなきゃ・・・!)
離さず握っていた包丁を改めて強く握り締め、再び振り下ろす。
「・・・っ!雪乃!私の足を凍らせて尻尾から離れないようにしろ!」
「何を・・・!?」
「いいから早く!」
雪乃の負担を少しでも減らせるように。
落ちかける度に壁を作ってもらうのではなく、自分の足を固定してもらうことで。
またがるよう座っていたトワの太ももまで凍りつく。
冷たさが刺すような痛みへと変わり、感覚がそれだけに囚われていく。
それでも包丁を振り下ろすのをやめない。
ヒビが少しずつ入ってきた頃には、ただただ苦しさだけが襲いかかっていた。
それでも、やめない。
必死に、必死に、振り下ろす。
上半身がクトゥルフの動きで踊らされようとも。
ついにクトゥルフはその片目を自身の尾の方へ向けた。
触手を集め、自身に危害を加えるものへビームを放つ為の準備をする。
「・・・っ!止めて・・・見せる!」
ぐるぐると回る触手から膨大な魔力が募っていく。
今まさに放たれんとするところで。
そのビームはコントロールを失い、めちゃくちゃな方向へ放たれた。
触手が数本、海へ落ちていく。
「・・・よし!割れた!とりあえず1つ目!」
「・・・3つ目だよ。」
「うわびっくりし・・・いやその穴大丈夫なの!?その羽なに!?」
熱中のあまり、今まで周りの状況が見えていなかったトワが驚く。
「・・・ありがとうございました。・・・なんて呼べば?」
雪乃は舜の見た目をしているそれに淡々と話しかける。
「なんとでも。」
「じゃあ"見た目だけで一瞬あの人かと思わせぶりさせておいて中身が違いすぎてあの人では無いなと一瞬で看破された人"で。」
「いや"見た目からはおっとりしてそうなのに割とヤベェ奴って判明した胸にでっかい脂肪ぶら下げてるさん"、長くない?何言ってるか分からないし。というか3つ目?」
復讐鬼は頷く。
「お前たちが注意を引いてる間に僕と怜奈で1個ずつ壊しておいた。・・・クトゥルフも消えたろ?」
トワはキョトンとしている。
そういえばさっきから乗っているものが動いてない気がする。
ふと下を見ると、海があった。
「あわ!?落ち・・・落ち!?・・・てない?」
透明な氷の上にトワはいた。
クトゥルフの姿はどこにも見えない。
ただ割れた青い石が3つ、集まりながら上空へ登り。
(・・・復讐鬼、一瞬代わってくれ。)
一瞬戻った舜は手を伸ばし、小さな青い石は自らその手の中へ吸い込まれて行った。
「兎にも角にも、これでおしまいって訳ね?ふー、やっと平和な暮らしが出来る。・・・あれ?そういえばこの国の人達ってどうな・・・。」
トワが安心して氷を歩きながら防波堤へ戻ろうとしてるところだった。
先程までいたクトゥルフ程の大きな影で暗くなる。
「・・・嘘。」
振り返ることすら拒みたくなりながら、既に臨戦態勢に入ってる雪乃と舜と同じものをトワも見る。
ボロボロの羽は汚れたかのようにくすんでいる。
「・・・嘘だ。なんで・・・。」
身体全体は鱗で覆われている。
「・・・まだいるなんて聞いてない。」
頭には黒い輪。目が隠れてる髪の巨人はその声を響かせた。
「我が名は・・・ダゴン・・・。かつて・・・神だった者。」




