52話
生気を感じられなかった人々の赤紫の目が舜を向く。
明確な殺意に歓迎され、舜は鋭く周りを見回す。
(どれが殺りやすいか・・・。)
1番警戒すべきは吹き飛ばしてきた少女である。
そんな思考を吹き飛ばすような大声が響き渡る。
「変身!!!アガートラーム!!!とうっ!!!」
全身を覆う赤い鎧に黒のラインがいくつか走る。
そして他の部位とは違い銀1色の右腕で舜の腕を掴み、細い路地へ引き戻した。
「こらっ!ロルバちゃん!イタズラが過ぎるぞ!」
「あはは、ごめんごめん。怪我なかった?」
ロルバと呼ばれた少女の赤い目は笑ってない。
背後の殺意は完全に消え、彼らはまた生気のない日常に戻っていた。
「ま、今のところは挨拶だよ、舜お兄さん。じゃあね!」
「・・・!!」
「おっと、それじゃあ僕もここらで!また会おう!」
去っていく2人を見送りながら、舜は苦笑いをする。
「名乗ったつもりはないんだけどな・・・知られてるって訳。」
こちらは相手の情報が皆無の中、向こうはこちらを知っている。それも、どこまで知っているか分からない。
その厄介さは大きな懸念として残る。
「・・・場所を移そう。・・・ここにいたこともバレてたし。」
「そうだな・・・。」
(と言っても安全な場所なんてあるかどうか・・・。なんて事すら口に出しにくい・・・と。困ったな、完全に向こうのペースだ。)
怜奈の言葉に頷きながら、舜は頭を悩ませていた。
昼、隠れ家。
「・・・全員いるね。ここならなにか起きても最低限対応出来る。・・・話を、怜奈。」
舜は全員を見回して言う。
「待って待って、大事っぽいならそれこそみんなで出ようよ。何もそんな責任まで追う必要ないじゃん。」
半ば諦め気味に薦めてた時とは違い、今度のトワは最初と同じく本気で言う。
「・・・そうもいかない。・・・もし完全に目覚めたら・・・どこに居ようが関係ない。」
「そんな規模なのかクトゥルフってのは。」
舜の中にも1度出る選択肢はあった。さすがに無能力者を連れてそこまで無理も出来なかった。
「・・・完全に目覚めるのってどのくらいかかるかとかは・・・分からないよな。となると早期決着が好ましい、か。」
怜奈が分からないと首を振ったのを見て、その選択肢が消える。
「クトゥルフですか?・・・クトゥルフ・・・・・・クトゥルフ・・・どっかで聞いたような?」
愛花はうーんと頭をぐるぐる回す。
「怜奈、クトゥルフってのはどこにいる?」
「・・・海底で眠ってる。・・・目覚めさせなければいい。・・・呼び起こそうとしてる相手を殺せれば、勝ち。」
ふむん、と舜は考える。
「目覚めさせようとしてるのはどのくらいいると思う?」
「・・・とりあえず、この都市の人全員。」
「・・・他に手は?」
流石にその人数を相手するのも、全てを殺さんとするのも気が引けた。
「・・・殆どの人は傀儡状態で・・・それを解除出来ればクトゥルフを起こす事はしないと思う。・・・ただ解除法については・・・分からない。」
「傀儡か。確かに殆どの人がおかしかったしラグナロク試してみてもいいけど・・・。あのロルバとかいう子はハッキリ意思があったな。」
怜奈は頷く。
「・・・クトゥルフの力を既に1部使ってた。・・・あの子はもしかしたら依代に選ばれたのかも。」
「あ!思い出しましたよ!7つの石の伝説!」
怜奈が依代と口にした時、愛花は手をぽんと合わせた。
「7つの石にそれぞれ神の意思があって、神に選ばれたものはそれを与えられるってやつです。えーっと確か・・・使い方によっては世界に安寧を与える事も、滅ぼす事もできるとか何とか。」
「似たような伝説が竜族にもあるな。7つ集めると世界の真理が開かれる・・・とか。」
咲希が愛花の説明に付け加える。
「石・・・あのアクセサリーか。とりあえず・・・あの子は敵ってわけね。あの場で殺っとけば良かったかな。」
「・・・クトゥルフの力を使ってたから・・・下手に手を出さなくて正解だとは思う。」
さて、と舜は改める。
「とりあえず情報を集めよう。俺はエリとかリビに連絡してみる。・・・エリは既に何度かかけて出なかったけど。怜奈はロルバの場所を探って欲しい。と言っても向こうにそれがバレてるかもだから危険を感じたらすぐ逃げてきて。」
「・・・分かった。・・・こちらは1人で大丈夫。」
怜奈の言葉に舜は続ける。
「愛花と漣で孤立してる赤紫の目の相手がいたら攫ってきて。ラグナロクが効くか試したい。」
「任されました!頑張ろうね漣ちゃん。」
「う、うん!」
残った2人に舜は更に続ける。
「雪乃と咲希でトワを守ってて欲しい。何が起きるか分からないから、念の為。」
「は、はい!命に変えましても!」
「・・・みんなで生きて帰るんだよ、雪乃。」
自分の心配もされた雪乃はぱぁっと顔を綻ばぜ、ぶんぶんと頷いた。
アクセサリーを腕から下げながら、渦中の人であるロルバは海を眺める。
「ね、アラタさん。あいつら私を悪者だー!って言って殺そうとしてきてるの。」
部屋には沢山のモニターがあり、そのうちの1つに舜達が映っていた。
「・・・事情は分かった。安心してくれたまえ!僕が君を守ってみせる!」
最初はモニターで相手を盗み見るのに否定的だったアラタも、たかが伝説の為に彼女を殺そうとしてるのを聞き決意を漲らせ外へ出ていった。
「うふふ、みんなに襲わせなくて良かった。それに。」
じゃらりとアクセサリーを鳴らす。
「この力を実際に受けていたら、危険って思われたかしらね?・・・最初から協力的な人は有難いわ。全て終わったらアラタさんもクトゥルフ様の加護に入れてあげよっと。」
たかが伝説、それでも危険視したかどうかを分けた境目は、実際に脅威を目の当たりにしたかどうかであった。
「でも悲しいわ。せっかくみんなで仲良くしてたのに、何人かには供物になってもらわないと。」
あ、でもとロルバは笑う。
「クトゥルフ様の1部になれたら供物になった人も嬉しいよね?・・・さて、とうとう今夜目覚めてもらいましょうか!」




