32話
知らない天井―
(いやまあこの国に来てまもなくなので知らないのは当然なんですけど。)
愛花はしばらくその天井を眺める。
(うん、間違いない。昨日、私は自分の部屋に戻ってない。つまりここは―)
愛花はゴクリと息を飲む。
そしてチラッと横目に部屋を観察する。
夜中、将棋をしていた机の近くの椅子にこくりこくりと寝ている舜の姿があった。
昼ですら寒いこの時期に室内とはいえずっと毛布も無しに眠っていた―その事に慌てた愛花は毛布をサッと取って舜の元に寄る。
(・・・眼鏡で印象変わるけど、顔整ってるなぁ。寝顔とかちょっとかわいい?)
机の上には舜の縁が大きい四角の眼鏡が置いてある。
確か、度は入ってないと聞いたような記憶がある。
愛花は少しそれをかけてみて―鏡を見てふふふと笑う。
「ダサカワ系デビュー・・・なんちゃって。」
「似合ってるんじゃない?」
「うひゃぁ!」
舜は愛花を見て笑っていた。
「いつの間に起きてたんですか・・・。ダサカワ系・・・あ、いやその眼鏡自身はいいと思いますよ!ほら、小顔の私がつけると―」
「いやまあデザインは良くないと思ってるから大丈夫だよ?」
前も下手くそなフォローを入れられたなと舜は思う。
「・・・へ?・・・なにか思い入れがあったり?」
「いや、まあそういえば話す機会なかったね。それ付けてないと一部の人以外の姿がぐにゃぐにゃしちゃうんだよね。」
愛花はキョトンとする。
「俺も良くこれについては分かってないから、説明出来るのはこんなもんかな。それよりちょっと返してもらっていい?外が見たいんだ。」
そう言われて愛花は初めて外が少し騒がしい事に気が付いた。
愛花は眼鏡を舜に手渡そうとして―その前にひとつ、確認した。
「・・・私もぐにゃぐにゃ?してるんですか?」
「してないよ。」
愛花はホッとして眼鏡を返した。
「それじゃあ私はそろそろお暇しますね。」
「あ、うん分かっ―」
「そんな残念そうにしないでくださいよー、変な噂立っちゃうぞ!」
「残念そうになんかしてないから。」
愛花はバイバイと手を振って、小さく振り返して窓の外を覗き込む舜を見てから部屋を後にした。
(最後のハッキリとした否定、ショートコントとしては正解ですけど異性の扱いとしては大失敗ですね!)
内心ではそう思いながらも最後の手を振り返してくれたのを思い出し、嬉しそうに歩く。
そう、嬉しそうに。
(・・・あれ?)
パタリと立ち止まる。
(・・・嬉しい?なんで?)
ただ手を振り返しくれただけ―仲のいい間柄なら普通にやり合うような行動。
(憧れの英雄様と仲良くなれたから―かな?)
それとも。ほんの少し頭に浮かんだワードがあった。
候補生時代、よく話題にされていたあのワード―
「ねぇねぇ、愛花。ライガってカッコよくない?」
「んー?」
ちょうど戦闘訓練をやってるライガを愛花はチラ見する。
「そーだねー。」
「ちょっと愛花、適当すぎない?」
「まあまあ、愛花ならこんなもんでしょ?シャリーン。」
リーンが愛花の頭に手をポンポンとさせながら言う。
「ほんとにこの歳まで初恋まだなの?なんというか・・・特殊よね愛花って。」
「だからいいんじゃない。悪い虫には引っかからないしー初恋した時はぜひ横で見たいなー!絶対可愛いもん!こういうタイプは可愛い感じに気が付くもん!だけど恋して欲しくない!私の愛花だし!誰にも渡さな―」
「リーンうるさい。」
シャリーンが呆れたように言う。
(恋かぁ・・・。そんな事してる時間なんかなかったからなぁ。相手もいないし。そもそもどういうのなんだろ?)
2人がショートコントをやってる間愛花はそんな事を漠然と思っていた。
(恋って・・・もしかしてその人とのなんでもないちょっとした事が、かけがえのないほど大切に感じること?)
愛花が大人へ1歩近づこうとしていた頃。
(早朝にこの廊下を歩きながら自室に向かう・・・来てた方向には舜くんの部屋・・・これってそういう事だよね?愛花って思ってたより大人だったんだ・・・!)
たまたま愛花を見かけた漣は盛大な勘違いをしていた。
(あれは・・・誰だろ?騒ぎの中心はあの背の高い男か。)
「・・・ん?」
背の高い男はなにかに気がついてこちらを見た。
目がしっかり合う。
「あの宿には誰が今いるんだ?」
「それが・・・」
ワイワイガヤガヤと行われる会話。
その声は舜の所までには一切聞こえてはいなかったが―こちらをもう一度見てニヤリと笑った男に舜は警戒しながら視線を送っていた。
(俺らと同じ感じで入れた―って線はあんまり無いとは思う。俺らはクロム関連の事が伝わってたから入れたっぽいし。だからまあ敵ではないと思うんだけど・・・今の反応、なんなんだろ。)
考えても無駄かなと舜はゆっくり伸びをして。
広い庭で鍛錬をしようと外へ向かうのであった。




