27話
月が出ている。
もうすぐ時間が来る。
舜は屋根の上に座って月に手を伸ばす。
その手にはアクセサリー。
三日月に猫が寄り添ってるあのイパノヴァのアクセサリーを手に眺めていた。
「イパノヴァ・・・。」
舜は静かに独り言を言う。
「誰も、誰も失うことなく終わりたいんだ。戦いを始めようと言った俺が言うのもなんだけどさ・・・。見守っていて欲しい・・・。」
祈るように。願うように。
もう帰れぬ故郷の為に剣を取る。
それに協力してくれる人がいる。
その人の為に、ただただ思いを込めて。
「・・・そろそろ、時間。」
背後からの怜奈の声。
「うん、今行くよ。」
絶対に無くしたくないそのアクセサリーを一瞬どこにしまおうか悩んで。
ここに戻ってこれる保証はない、最悪自分は時間稼ぎの為に死ぬかもしれないと首にかける。
月の淡い光にそのアクセサリーは輝いていた。
舜の想いに応えるように。
マップは何度も見て頭に叩き込んでいた。
デバイスの光でバレました―なんてなったら笑い話では済まないから。
迷うこと無く影から影を移動するいくつかの影。
目的地に近ければ近いほど増える見張りと思われる人。
それを見ながら方向が合っているという確信を得ていく。
のだったが・・・
(人が・・・消えた・・・?)
ある地点を境目に見張りが消えた。
次の瞬間、大地が震えるようなそんな圧に襲われる。
「・・・隊長、多分気が付かれてる。」
「だろうね・・・その上でこっちの作戦に付き合って貰えるみたいだ。」
その圧の正体―魔力による招待状は4つ。
ちょうど残りの柱の3人とクロムの分である。
「どうしますか?一旦引き下がります?」
愛花が後ろを振り返る。
「無駄だと思う。わざわざ誘い出したんなら逃がす気はないはず。」
漣のその意見の正当さを証明するかのように見張りたちが周りを囲っている。
「ひとまず氷で入ってこれないようにしますね。」
「ひとまずでとんでもない事を言うな・・・。」
雪乃が氷を張り、咲希がそれに呆れたように言う。
「みんな、冷静さは保ててる?」
舜はまるで何事も無かったかのように落ち着いた声で表情は見せずに言う。
「少なくとも舜兄よりは。」
「・・・気負いすぎ。」
「まだ殺すのに慣れてはないけれど・・・やれるよ。うん。」
「お役に立てるよう・・・頑張ります。」
「竜族の復讐戦だ。冷静であろうが無かろうがやる事は変わらん!」
ふうと舜は息を吐く。
演技までしたのにあっさりと見透かされた事を少し照れながらも。
大丈夫。きっと。上手くいくって信じてる。
だから、言うべきことはただ一つ。
「みんな早めに助けに来てね!クロム頑張って足止めしとくから!!マジで助けてね!!!」
「舜兄!ここに来てかっこ悪いです!」
「それじゃあ―みんな無事でね。」
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「お、きたきた!もうどうせなら明るいうちに・・・あら。」
立ち止まってる男を無視して舜は真っ直ぐ奥へ駆けていく。
「舜兄ー!頑張ってねー!」
1人、共に走っていた人の声を背に。
「ざーんねん、僕は1人かぁ。6人いるから2人ぶつけてもらえるかもと思ったのに。」
「随分余裕そうですね。1人で来たってことはその1人は実力に自信があるのが相場でしょ?」
男はニカッと笑う。
「それもそうだね。僕はギース。わずかな時間だけど覚えてくれると嬉しいな。」
「・・・愛花。私は愛花。」
愛花が右腕を横に伸ばす。魔弾が幾つも浮かび上がる。
「あなたみたいなタイプはこういう手荒な挨拶のがいいでしょ?」
「うん!最高!」
子供のように笑うギースに愛花の魔弾が遅いかかる―!
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(・・・一撃で、いけたら楽なのにな。)
怜奈は屋根の上から標的を見定める。
(・・・気が付かれてる・・・あの力は使いたくないな・・・。)
その男はただドンと構えていた。
怜奈は息を深く吸う。
そしてまるで瞬間移動のようにその男の後ろに周り、蹴りを入れる。
「ほう、速いな。」
当然のように後ろ向きながらその蹴りを剣で受け止められる。
「なかなかやるようだが・・・阿呆め。1人でこのロージア様に勝てると思うなよ?」
「・・・悪いけどあなた如きに名乗る名は持ち合わせてないから。」
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「大丈夫・・・大丈夫・・・。」
「おい、そんな大丈夫と連呼されるとこっちが落ち着かないんだが。」
漣と咲希は2人で向かう。
その足取りは重い。
「ま、待ってー!」
その後ろから雪乃が走ってくる。
「雪乃?周りは?」
「氷安定させたから大丈夫。人数多いところからどんどん倒して援護した方がいいかなってここに来たんだけど・・・。」
「助かるよぉ!雪乃ぉー!」
漣は喜びを顕にする。
(私、役に立ててる!)
雪乃もそれを見て嬉しそうにする。
「おい、ここが戦場だと言うことを―」
それを横目に注意しようとした咲希は目を疑った。
雪乃の脇腹が黒い小さな何かに抉られる。
「・・・あ・・・・・・ぐっ・・・。」
「雪乃!」
漣が雪乃の体を支える。
「不意打ち、失礼。」
低く響く声。
「我が名はダリル。」
黒い何かがダリルの元に勢いよく飛んでいく。
それはまるで歯のようなもので相手に喰らいつこうとパッカリ2つに割れ、同じくダリルの体から無数に出てきた黒いものに逆に食われた。
「構えよ。我が前に数の利など無いと思え。」
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漆黒の鎧に包まれたるは恐怖そのもの。
同じく漆黒の鎧に包まれた馬が嘶く。
ただそこにいるだけなのに―既に心臓が押し潰されそうな感覚に囚われる。
口では助けがなんのと言ってはいたが、対面して相討ちになってでも自分だけで止めるのをより強く決心する。
「そうか・・・やはり立ちはだかるか。―舜。君は、・・・。」
「・・・そんなに有名になったつもりはないんですけどね。」
「知らぬわけがないだろう。あの実験の生き残りにして―たった2人しかいなかった成功例。いや、失敗と言い直した方がいいのかもな。」
舜は剣を手に持つ。
「人を失敗扱いとは随分酷いな。」
「気に障ったのなら詫びよう。だが―成功してしまったが故に恐れられた君は、奴らにとってそれ程の存在だったのだよ。」
「随分、詳しそうだな。」
クロムは薙刀を舜に向ける。
「大したことではない。ただ君の成功と共に身を滅ぼしてしまった哀れな集団がいたというだけだ。」
2人の目線が、気力がぶつかり合う。
「さあ開戦といこうではないか舜。我が同類よ。同じ強さに愛されてしまった身・・・殺し、合おう。」
馬が前足を上げ、竿立ちする。
そして駆け出し、薙刀を薙ぎ払った。
(あの刃は受けられない・・・避けるのも速度の差で不利・・・なら!)
舜は思いっきり前へ突き進む。
体を傾けながら左足で柄を蹴り、柄をかけ上るように素早く前へ飛びながらその鎧に手をかける。
「ラグナロク!」
(そのあからさまに強そうな鎧の防御性能をぶち壊す―!)
どんな鎧かが含まれていない曖昧な対象。
魔力の消費はその分増える。
体が急激に重くなるのも覚悟での行動だった。
(・・・え?)
次の瞬間だった。
舜の左足を乗せたまま思いっきり振り払われた薙刀で、世界がぐるりと回る。
「ぐっ!?」
まず手からつき、それでも止まらず足を地に引き摺らせ、更に1回跳ねて何とか両手両足で地面を必死に掴むように吹き飛ばされた。
左足が異常に痺れる。
(まともに受けたら死ねるなこれ・・・。)
冷や汗が出てくる。
左足はまだまともに動かせそうにない。
それでも相手は待ってくれない。
ほんの一瞬。ほんの一瞬向こうが鎧を過信してくれれば。
クロムは真っ直ぐ向かってきた。
(貰った・・・!)
舜は斜めに飛び込むように片足で踏み込み、剣を振るう。
先程壊された鎧では防がれないこの一撃は、薙刀を振ろうとしてるクロムには防げないだろう。
そして、クロムに斬りかかった舜は薙刀の刃は避けられても、柄に直撃は免れないだろう。
それでも―クロムが倒せるなら・・・。
「・・・あっ。」
しかしその思いも虚しく舜の剣は鎧で止まった。
止められてしまった―。
壊した筈なのに―。
そして舜は宙に放り出されていた。




