213話 青色の勇気
カマソッツが舞うように、その羽から衝撃波を次々と放つ。
一つ対処し、後ろへ跳びながら更に一つ、同じように一つと丁寧に対応する。
距離が空くや否や、カマソッツは素早く飛んで、その鋭利な羽で掻っ切ろうとする。
が、脇をすり抜けるように、美しくすれ違った。
(強い・・・。)
咲希は息を飲む。
(2人とも化け物だ。)
その戦いを眺めながら。
自分を連れ去ろうとした相手に対し、颯爽と現れた女を眺めながら。
「強いわね。しかもまだ本気じゃない・・・貴女、名前は?」
「愛の伝道師、アピアルちゃんでーす♡」
「そう・・・愛、ね。ふふ、貴女とはいいワインが飲めそうだけど・・・私たちの邪魔をすると言うなら、話は別ね。」
(今はまだお互い様子を見ているみたい・・・。だけど・・・これ以上の動き方をされたら・・・プローチさんの店が・・・!)
影で見ていたウェイターの一人が、覚悟を決めた。
その少年は―従業員の男性の中で、誰よりも可愛らしく。
女性と勘違いする人の方が多いような見た目をしていた。
カッコイイ存在に憧れた。
だけども、自身には似ても似つかぬ存在であった。
男らしい人間に憧憬の眼差しを向けながら、ふと気がついた。
女性を、魅力的に感じない。
それどころか、自分がいつも魅力的と感じているのは男なのだと―。
まだ若き彼は苦悩に苦悩した。
自分が女性なら、こんな苦悩はしなかっただろうに。
誰にも話せない、苦悩。
プローチに出逢うまではそうだった。
しかし、オカマである事を公言しながら、美しさの探究をしようとするその人は、親身になって聞いてくれた。
苦しみを共有してくれた。
そして、心は女として過ごす覚悟を決めさせてくれた。
そんな第2の人生を歩ませた、自分にとっても思い入れのある店。
そして、何よりこの店はプローチにとって―
『過去にね、英雄の子孫にここらの家の大人が襲われたのよ。最も英雄にいい顔をしなかった罪として。アタシは無力だった。妹と隣の家の子と、何とか命からがら逃げるのがやっと。そんなアタシ達を匿ってくれて人のお店なの。・・・その人も、その数年後に殺されちゃったのだけど。その人はみんなを心から笑わせたいって人で、料理を作っては匿った人たちに振舞っていた。アタシは結局恩返しすら出来なかったけど、せめてもの手向けとしてこの店をアタシが守ろうって思ったの。あの日から、親も、生活も、あの人も、何もかも守れなかったアタシだけど・・・せめてこの店だけはって。』
(絶対に、絶対に失わせては駄目なんだ・・・!)
「・・・!アオイちゃん何する気?」
様子に気が付いたガタイのいい女装従業員が、小声で聞く。
「ユウキさん・・・。・・・ボクは、ボクのやる事をします。」
「アオイちゃん・・・。うん、カッコイイ目ね。何をする気なの?サポートが必要なら、やるわ、アタクシも。」
アオイと呼ばれた従業員は、プローチから過去に聞いた事を思い出す。
『強い人ってのはね、心が強いのよ。筋肉なんか見てくれだけでもなく、武器を上手く使えるかでもなく、ましてや魔力の強さでもない。本当に困った時に頼りになるのは、心の強い人。そして、そういう人たちはアタシたちみたいなのでも、真っ直ぐ見てくれる人なのよ。イイ男の見分け方はそこで判断なさい、見た目なんかよりカッコイイ大事なものがあるわ。』
「そうだ・・・あの人は簡単にボクの性別も気が付いていた。それでも・・・全く気になんてしてなかった。あの人だ・・・きっと助けてくれるならあの人しかいない・・・!」
「アオイちゃん?」
「ボク、助けを呼んできます。プローチさんの想いの詰まった店を、壊させる訳には行かない!舜さんならきっと・・・!」
「・・・!危ないわよ・・・なんて、覚悟はもう決まってるって目をしてるわね。・・・行きなさい。バレそうになったら、アタクシが盾になるわ。」
2人は頷いて、コソコソと動き出す。
(物音・・・?)
咲希は後ろを見て、思わず声を出した。
「下がれ、あぶ・・・。」
バレた方が危ないと、慌てて口を閉じたものの―カマソッツはその方向を見てニタリと笑ったような気がした。
「あら、助けを呼びに行こうとしてるのね?悪い子・・・。」
(しまった・・・!いや、私が守ればいい話・・・!)
2人の前に出ようと、咲希は駆け出す。
「遅いわ。アピアルちゃんとやらも速さじゃ叶わないでしょ?」
しかし、咲希が立ち塞がる前にカマソッツは咲希を真横へと吹き飛ばした。
「ぐあっ!?くっ!逃げろ!早く!!」
「行きなさい!アオイちゃん!ここはアタクシが食い止める・・・!」
「随分舐められたものね?貴方ごとき・・・時間稼ぎにもなりはしない!」
立ち塞がったユウキに、カマソッツの羽が迫り来る。
(死・・・!?)
ユウキが目を瞑り、死の運命を悟って―
首に痛みが走った。
血が少しだけ垂れていく。
「あ・・・あら?生きてる・・・?」
目を開けると、血で真っ赤な左手が見えた。
羽を左手で受け止めている、アピアルの手。
衝撃でゴムが切れたのか、パラパラと長い髪を靡かせる。
「今、貴女のダンスパートナーはアピアルちゃんでしょ?」
「へぇ・・・独占的な目。フフ、そんなに欲せられたのなら踊ってあげる!」




