192話 最も殺したいあなたへ
「―何の話ですか?」
雪乃の質問に愛花は冷や汗をかいた。
「あなただけ最初から出口は見えてるのでしょう?スタンプだって―だから押されない。」
「どうしてそう思ったんですか?」
「咲希ちゃんが入っていった時、あなただけその姿を目で追った。」
愛花はしばらく考えるように沈黙したあと、雪乃の問に答えた。
「嘘は―ついてませんよ。・・・言わなかっただけ。」
「―何故?」
雪乃は真っ直ぐ愛花の目を凍てつく視線で見つめ、聞く。
「今回、問題があるのは私だけ・・・あの人には、今あの人の解決すべき事に集中してもらいたいなと。」
「知ったら―悲しみますよ。あの人はそういう人だって愛花ちゃんは知ってるはず。」
愛花は出口のある方を見た。
「言いませんよ。私だってあの人の悲しむところ見たくありませんから。」
ようやく雪乃は表情を緩めた。
「そうですか。もしあの人を不幸にさせたら―許しませんから。」
「・・・・・・。」
愛花はなんとも言えぬ顔で去ってく雪乃を見つめていた。
「力に頼るしか出来ないで何が背負う、だ。」
舜の剣ともう1人の舜の剣がぶつかり合う。
「知っているはずだ。力で狂った人たちを。力で解決出来なかった事を。何故まだ力に頼る?力を使う?」
「ただ死を望むよりマシだと思うけど?」
剣を振るいながら、お互いがお互いを否定し合う。
本気で殺す気の剣が、鋭い音を鳴らし合う。
「人を傷付けるしか出来ないより、1人の心を救うべきだ。」
「じゃあ今まで託された願いはどうするって訳?」
距離を一旦取った子供の舜は鼻で笑った。
「最初の1人も救えないのに・・・他を救おうだなんて。そんなもの最初から捨ててしまえばいい。」
「そこまで・・・人の心を捨てたつもりは無い!!」
激昂し強く強く踏み込んで振るわれた舜の剣が―
「・・・!」
子供の舜の振り払った剣により、折れて刀身が魔力に戻り霧散する。
「さあ・・・あの人と共に眠ろう。」
「・・・・・・。」
舜は即座に新しく剣を作り直し、斬りかかった子供の舜の剣を受け止める。
(この力・・・・・・。)
子供の舜は右から、左から、素早くあちこちから剣を振るうが、その1つ1つが重く響く。
(・・・それもそうか、こいつも俺なんだもんな―。)
舜はその一撃一撃を丁寧に受け止めながら、思案に暮れる。
「本気で救いたいんだな・・・復讐鬼の事を。」
「何を今更!!」
「っや!」
今度は激昂した子供の舜の剣を、舜がへし折ってみせた。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
子供の舜も剣を作り直し、舜を睨む。
お互い、お互いを見ながら動かない。
「僕の想いと・・・互角・・・?」
「なんだ、お互い自分の事分かってないんだ。」
「お前如きが・・・僕と・・・?」
ふつふつと子供の舜の魔力が上がっていく。
「有り得ない・・・力だけで僕の想いに届くなど・・・!」
そして魔力を込めた足で力強く踏み込み、舜の元へ凄い速度で突っ込んでいく。
「力でしか解決出来ないお前に―!」
「それは今のお前もそうだろ。」
その勢いに押される事なく、2人は鍔迫り合いを演じる。
(嗚呼―やっと分かった。一目見たときから嫌悪感が酷かったのは。)
「お前なんかに・・・!」
(ずっと・・・泣いてるんだ。あの時から、ずっと。)
「どうして・・・分からないんだよ!!!」
子供の舜の目からは涙が流れている。
(俺なんかが泣いていいわけ無いのに。)
復讐鬼の想いが流れ込んだ時、確かに共に眠ろうと思った。
しかし、その運命を変えた出会いがあった。
その子は誰よりも未来を想い描き、誰よりも必死に今を生きていた。
そんな子に2度も命を救われた。
一度はその想いを変えてくれたこと。
そして、あの日自分を逃がす為に犠牲になった事。
その死体を穢されたこと。
生きたかったあの子の分も背負わなくては行けない。
泣きたかったのはあの子の方なんだ。
なのにずっと泣いている。
ずっとずっと泣いている。
そんな俺が嫌いだった―
「だから、サヨナラだ。」
振り切った舜の剣により、子供の舜の身体が宙へ浮く。
舜は右手で持ち上げた剣に左手を添える。
「原点。」
振るわれた剣から放たれた斬撃は、受け止めようとする剣ごと―
その身体を消滅させた。
「力だけ・・・か。確かに今の俺が出来ることはそうかもしれない。でも―。」
あれから精一杯生きてきた。
沢山の人と出会い、その人達の想いを目の当たりにしてきた。
その中には、力を人助けに使える人たちもいた。
「使い方なんだ、きっとこの力も。それさえ間違えなければ・・・そして、俺には間違える前に教えてくれる仲間もいる。」
舜は消えた跡を見ながら、武器を霧散させた。
最も殺意を覚え、最も殺意を向けられた相手へ。
「だから生きていくよ。これからも誰かの想いを背負って、罪と共に。」
しかし、殺した感情が必要でなかったのか、これで正しかったのかは―誰にも分からない。




