185話 少女の献身
「お待たせしました、舜兄。もう、いつまで沈んでるんですか?」
シャンプーのいい匂いを漂わせながら、愛花はバスルームから出てくる。
舜は変わらず座り込んでいた。
「大丈夫ですよ、だって今私たちここにいるじゃないですか。少なくとも今は干渉が出来ない、ですよね?」
「・・・確かに。でも・・・あんまり口にしないでね。・・・何かを話す事が問題なら・・・。」
「一応私なりの推測もあったんですけど・・・じゃあこの話おしまいで!ね、舜兄。」
愛花は座っている舜の顔に、顔を近付け唇を合わせる。
「愛されてるなって感じますよ。でも、あなたが沈んでるなら、あんまり嬉しくない。」
目の前の理不尽なまでの現象を見て。
それが己の身に降りかかることより周りに行くことを恐れてるが故の心境。
愛花はあっさりとその舜の心を見破っていた。
「本当に・・・どこまでも慈愛に溢れてるんですから。」
「そんなんじゃ・・・。」
「そんなん、ですよ。だから、早く私のために元気になってください。私が元気なあなたを求めてるんです。」
「・・・。」
愛花に手を引かれて、立ち上がる。
「いい体調には良質な睡眠!早寝早起きえいえいおー!」
「眠れるかな・・・。」
「そしたら子守歌を歌ってあげますよ。」
二人で同じベットに入り、愛花はにっこり笑って歌い始める。
(・・・綺麗な声・・・これで眠れるとは思えないけど―)
そんな思考とは裏腹に意識が微睡んでいく。
(―寝てた!?)
朝、舜はガバッと起き上がった。
「あ、おはようございまーす。」
「おはよう・・・早いね?」
「舜兄が珍しく遅めなんですよ。」
時刻は9時を回っていた。
「・・・すごいな子守歌。人生初の聞かせて貰えた経験だったがこんな効果があったとは・・・そりゃみんな子供に歌う。むしろ大人も歌ってもらった方が効率的に寝れるのでは・・・?」
「昨日の舜兄が疲れ過ぎてただけですよ。もう―元気そうですね?」
「ああ―少し長く引きずりすぎてしまった。ありがとね愛花。」
愛花は少し心配そうに、しかし元気を取り戻した舜に微笑んだ。
今までも精神的にキツいであろう時はあった。
それらを全てほんの短時間で乗り越えようとする―
昨日の出来事も1日で乗り越えるにはあまりに大きく、厳しい問題で。
(もう少し・・・その苦痛を分けて貰えることが出来たなら。)
それでも舜は前を向く。
誰よりも彼自身が、彼の歩みを止めるのを許さないから。
「あ、舜くんちょうどいい所に。」
「ん?」
舜はロビーで漣と出くわした。
「リンゴが落ちてたから妹ちゃん探してたんだけど・・・見つからなくてまた教会に行っちゃったかな、昨日の今日だし迎えに行った方がいいかなとか思ってた所だったんだけど。」
「・・・リンゴは何処に落ちてたの?」
「出口の前。」
舜は訝しむ。
「教会に行くのにリンゴがいるか・・・?」
「お昼ご飯のデザートとか?」
(・・・誰かに届けようとしてた?でも―ホテルで働いてる子がそんな事する相手なんて―)
ハッとしたように舜は目を見開いた。
「・・・漣、迎えには俺が行ってくる。もしかしたら・・・俺が解決しないといけない案件かもしれない。」
「?よく分かんないけど1人じゃなきゃ駄目なの?別に私も付いてくけど・・・。」
舜は少し考えたあと、首を振った。
「考えすぎかもしれないけど・・・もしその考えが当たっていたら1人がいいかも。」
「・・・・・・・・・わかった。でもなにかあったらすぐ電話してね。」
「ああ、約束する。」
そして舜は急いでホテルを出た。
「怜奈ちゃん。」
「・・・何?愛花。」
「怜奈ちゃんはどこまで知ってるの?」
怜奈は鋭く愛花の目を見つめる。
舜が出ていった後、愛花は怜奈を呼んで2人で話していた。
「・・・何の話?」
「分かっているでしょう?」
「・・・なら、そっちも分かってるはず。」
怜奈はそうでしょ?と言わんばかりに愛花を見る。
「怜奈ちゃんから言うことは出来ない・・・だけど私からなら?例えば―知らない人が真実に辿り着くのはセーフでも最初から知ってる人が真実を伝えるのはアウト。」
怜奈は愛花の真っ直ぐな目を見て、ため息をついた。
「・・・答えられない。・・・ただ、よく詮索しようと思ったね。」
「世界ってワードがアウトならとっくの昔に舜兄が言ってるんですよ。ツォー博士だって世界対邪神の話をしていた。今回その邪神を集めろって話なんですから、そのツォー博士の話だって消すに値したはずなのに―それじゃあ手を出せない。なら、私はきっと世界が手を出せない場所にいる。・・・と確信めいてますから。」
「・・・・・・。」
怜奈は何も答えない。
もしくは何も答えられないのだろうか。
「真実はどうであれ―確定出来る何かは早めに欲しいんです。舜兄に少しでも負担が行かないように。それはきっと怜奈ちゃんにとっても利に繋がるでしょう?」
「・・・・・・私も―・・・出来る限りの事はする。・・・それは、約束する。・・・だけどその確定について私から出来ることは何も無い、残念だけど。」




