182話 決別
「・・・っ!?」
血がポタポタと垂れる。
咲希は刺された腹部を抑えながら、信じられないものを見るような目で真希を見た。
「あぁ・・・サイアク・・・情に流される情けない真希様なんて見たくなかった・・・。」
「あ゛あ゛?真希様がんな事する訳ねぇだろナター!意味があるに決まってる・・・ね、真希様。」
真希は黙って何かを見つめている。
「・・・まあ、これは。」
「ラミツ様は何かお分かりで?」
か細い声で修道女のような女に小柄の女が聞く。
「あれを見たらショウウにも分かりますよ。」
「・・・・・・。」
ソレを一瞥した後、誰もが黙る。
そして真希はその身を翻し立ち去ろうとした。
「待って・・・!なんで・・・!」
「咲希・・・そろそろ私の言う事も分かっただろう?このままでは我々は世界から消される・・・。私と共にそれを抗わない者は、せめて消される前に殺して記憶に遺す。故郷の人々のようにね・・・。」
「!?・・・まさか・・・竜族は・・・。」
「ああ。私の記憶の中に遺した。お前もいつか残しに行くよ。世界から存在ごと消されないように。」
コツコツと響く足音の中、漣に支えられた咲希は真っ青な顔でただ、汗の落ちる音だけを鳴らしていた。
「・・・・・・あの。」
「何?」
漣におずおずとクルンチュの元にいた女が話しかける。
「・・・遺体・・・消えちゃって・・・。」
「!? なっ・・・え・・・?」
真希達が見ていた方向にあったもの。
「消える瞬間は!?」
見てませんと何度も何度も首を振る。
「何が・・・どうすれば・・・。」
あまりにも突然の出来事に漣の思考はこんがらがる。
だが目の前の咲希の様子を見て、第一優先事項を決めた。
漣はただ、咲希に寄り添うだけだった。
敵が目の前にいる。
敵。敵。敵。
(だけど・・・だけど・・・。)
目の前にいる敵は斬るべきである。
(だけど・・・俺は知っている・・・。力で解決出来る限界を・・・力でしか動けず後悔を重ねた・・・だからこそ・・・。)
(俺は俺の理想を目指す!)
「邪魔を・・・するなぁァァ!!!!!」
肉が斬られた。だが骨までは達していない。
その腕でハダンの顔を握り壁に叩き付けた。
「あ・・・ガッ・・・!」
「手を出すな、そうすれば誰も殺さない。聞こえたか?」
返事を待つ前に離してやる。
加減はした。
動こうとすればまだ動ける。
だがハダンは大人しく顔を押えながら座り込んだ。
子供の方を一瞥する。
その目は復讐に燃えてはいるが・・・今の舜には本能が近付いては行けないことを警告していた。
そして舜は―言葉に詰まった。
悪人だらけの集団であれば力でおしまいで良かったかもしれない。
知り合いが殺されて、でもそいつらの仲間は別に悪人でも無くて。
何を要求しに来た訳でもなく、ただ怒りのままに突入しただけ。
怒りで、我を忘れていただけ。
それでも無関係の人を巻き込まないよう配慮はしていたが。
まさか―誰一人としてあの殺しを良しとしてないとは思わなかった。
(分かっていたのに―力で解決出来ることの限界なんて・・・分かっていたのにまた・・・。)
後悔が押し寄せてくる。
だから。
だから言ったのに。
「お前は生きてちゃいけない存在なんだ。」
「・・・!」
よく知っている声だった。
よく聞く声だった。
よく聞かせる声だった。
己自身の声だった。
心臓に油が差し込んだかのような苦しみだった。
1つの心に、もう1つの精神が宿っていた事に。
今ようやく―舜は気が付いた。
「おや、これはこれは。どうしたんだい?悲壮な顔をして。」
その声にハッとした。
「・・・え?」
目を疑うしか無い光景にそれ以降声が出なかった。
「今度は死人でも見たような顔をして・・・まあ1度死んだのは間違いないけどね。」
死んだはずの、ホテルの女性が歩いてきたのだ。
「あ、そういえば名乗ってなかったね。私はセイユ・・・そう、あのセイユだよ。だから復活くらいするのさ、私はあのセイユだからね。どいつもこいつもこの国で面倒事、嫌になっちゃうね。」
セイユの目は鋭く光る。
「で、だ。とりあえずまず面倒事の1つ目の解決に来たって訳。君たちもあんだけ部下が暴れようとしてたんだ・・・分かってるよね?」
ようやく舜はその禍々しいオーラに口を開いた。
「待って、この人達は―!」
そのオーラが何をしてもおかしくないと思った事。
そして、暴力はもう必要ないと思った事。
だから舜は自分に向けられてなくても止めようと口を挟んだ。
「ああ、部外者は要らないよ。」
そのオーラが舜に向かうこと無く・・・舜はなにかに閉じ込められて消えた。
(油断した・・・!)
殺意が完全に無かった為、舜は為す術もなく落ちていく。
ほんの少しでも向こうに殺す気があれば、舜は対応出来ていたのだが。
(水・・・?真っ暗で何も見えない・・・閉じ込められてるのか?)
最後に見えた光景から舜は辺りを見回す。
だが何も見えない。
閉じ込められてるならそれを触って壊せばいいだけ。
しかし、どのくらいの大きさなのかも検討が付かない。
「そのまま眠ろう。」
その声につられるかのように。
舜はただ無抵抗に落ちていった。




