173話 まずは1度コーヒーを
「おや、お兄さんいらっしゃい。」
「・・・えーと、コーヒー1つ。」
舜は泊まっているホテルの1階のカフェに来ていた。
「ふふ、妹が喜んでいたよ。しかしまあ物好きな旅人なこと、こんな小さなホテルに泊まるなんて。」
「最初は戸惑ったよ、ここだと思ったけどカフェしかない、目的のホテルはどこだろって。」
4階建て、アパートを無理やり改造したかのような構造になっている。
1階は小さなロビーと、ガラス張りで外から見やすいカフェしかない。
「それで?ここに来たのはただの休憩かい?私の感はよく当たるんだが、どうもそうじゃない気がしてね。」
薄明るい照明がなんとなくハードボイルドな雰囲気にさせる。
「・・・まあそうだね。軽くこの国についてても聞かせてもらえればって。」
「この国ねぇ。まあエルオール教についてはある程度知ってるだろ?」
「ああ、信仰はしてないが教え自体は好きだよ。」
歴史上のセイユは、戦争続きだった各国の難民達を救った存在とされている。
滅ぼされ国を失った民、戦争に耐えきれず疲弊しきった民などバラバラで、犬猿の仲の国同士の難民も居たのだが。
セイユは人間に上下は無いと説いて全ての難民を同等に扱い、ついには心を1つにさせてエルオールを一国として築き上げた。
その時の教えを語り継ぎながら、いつしかセイユは神格化されていった―。
「この国に来て驚いたんじゃない?治安の良さに。」
「争いごとをなるべく起こさないようしてるのは凄いと思うよ。・・・だけどきな臭い話も聞いてる、争いを出来るだけ避けてたこの国に別の信仰対象を持ってる連中が攻めてきてると。」
バーテンダーのように振舞ってた女は少し動きを止める。
「うーん・・・そこまでじゃないけど・・・確かに警戒はしてるよ。」
「・・・と言うと?」
「今のところはただ布教しにきた別宗教って感じなの。でも・・・なにかしつこいらしくてね。だから出来れば妹にも暫くは教会に行かずにいて欲しかったのだけど。」
(・・・カオスの話と少し違う?・・・いや、まだ水面下で動いてるだけか。何も無いならただ買い物してた俺たちをつける必要なんてないのだから。)
舜はコーヒーを1口飲んでから、続けた。
「もし仮に・・・向こうが暴力で訴えかけてきたとして。対策はあるのか?」
「・・・・・・・・・これはあくまで私の予想だけどね。みんな楽観視してるけれど、一溜りもないと思う。一通りの武器はあるわ。自警団もある。けど・・・何百年と小競り合いすらしてないこの国の武器は、新しくはしてるけれど魔力者相手に出来るかは未知数。経験も不足してる。・・・正直怖いんだ。」
「・・・俺も同意見だな。」
「あら?お兄さんが?若いのに沢山経験してきましたよーみたいな雰囲気で怖い物なんて無さそうなのに。」
舜は可笑しそうに笑ってまたコーヒーに1口、手をつけた。
「何度聞いても・・・悲鳴ってのは心を傷付ける。ガラスの心の持ち主にゃ、もう誰のものも聞きたくないもんだ。」
「あら、顔に心はダイヤモンドで出来てますって書いてあるわよ?」
「・・・ん?」
妙に外が騒がしくなる。
「ああ、最近物が勝手に浮いて盗られてくーって事件が発生しててね。」
「そう・・・ちょうど雰囲気にあったセリフが思い付かなかった所だ、遊びに行ってくる。」
このままカッコつけてお金を後ろに投げ渡そうかとも思ったものの、受けそびれても困るからとそっと机の上に置いて。
「多いよー?」
「チップさ!」
舜は外へ飛び出して行った。
「そこかい!」
「あ痛ー!」
騒ぎの中心では八百屋のおばさんが箒を振り回していた。
「くっ、取った瞬間は場所は分かるものの・・・次とってみんさい!もっと痛い目に合わすよ!」
「・・・・・・。」
舜は騒ぎの中をじっと目を凝らす。
人が歪んで見える―それは相手が透明になれたとしても変わらないようで。
「おばさん、このカボチャ幾ら?これで足りる?」
「へ?悪いけどちょっと待っ・・・いやあんたこれ多いよ!」
答えを聞く前に歪みへ向かってぶん投げた。
「あぐぁ!?」
カボチャは何かにぶつかり粉砕された。
「くそっ、勘のいいやつめ!」
「勘だと思う?」
舜は回り込むように立ち塞がった。
「あんた・・・みえっ!?」
「そい、やー!」
「いやー助かったよお兄さん。ほら、これも持ってって!」
「そんな貰う程のことは・・・しかも多いって。」
透明人間だった男は下着姿で縛られ、私は泥棒をしましたという看板を持たされて正座させられてる。
「覚えてろよテメェ!このシェフティ様をコケにしやがって!クルンチュの兄貴も黙ってねぇぞ!俺ら神に選ばれた者を敵に回したらどうなるか―!?」
シェフティは思わず口を噤んだ。
目の前にいる男が、悪魔に見えたのだ。
「ああ・・・お前例の新興宗教の一員か。もし―暴力に訴えかけるのであれば・・・確実に潰す。誰に対してもだ、覚えておけ。」
舜はホテルに戻ろうと歩き始めて―その足を止めた。
「誰?」
「弟分が迷惑をかけたようだね。私はクルンチュ、君の言うところの新興宗教のオーサヒルテ教の幹部だ。」
舜は振り返り、男の顔を見る。
20代半ばの、長身でスーツをきた男。
クルンチュは舜に名乗るだけ名乗ると、すぐに八百屋のおばさんの方を向いた。
「マダム、彼には言って聞かせる事を約束しよう。こちらは迷惑料だ、受け取ってくれ。」
「・・・・・・。」
舜は警戒してそれを眺めつつ―また、ホテルへ戻るために背を向けた。
「ああ、そうだ。君に1つ忠告をしておこう、シュン・アザトゥー。」
「・・・俺に言ってるのか?」
「ああ、君の本当の名だろ?・・・私の力を甘く見ない方がいい。確かに君は様々な困難を乗り越えてきた選ばれし者だが・・・。」
舜は気にせず、歩き始めた。
「・・・兄貴、行っちまったけどいいんですか?」
「まあいいだろう。必要な挨拶は済ませたさ。」
その言葉の通り、舜はある事実を叩き付けられた形であった。
(まずいな・・・こっちの情報を向こうは持ってて、こっちは向こうについて何も知らない、か。)
「あ、おかえり。」
席について、残ってたコーヒーを飲み干す。
「・・・コーヒー、もう一杯貰える?」
「それはいいけど・・・いいの?顔に緊急事態って書いてあるけど。」
「どんな時だってコーヒーを飲む時間程度は落ち着ける時間があるもんさ。」
舜はコーヒーを飲みながら、思索に耽った。




