158話 鬼に身をやつせど誓いし訳は
(・・・クソっ・・・こんな時にまた―)
咲希は壁に寄りかかりながら、怜奈とリリスの戦いに目を向ける。
(ああ・・・あの時のお姉ちゃんの言ってる事は―)
咲希はボヤける視界の中で、過去の事を思い出していた。
「あ、お姉ちゃん!元気になった?」
「・・・・・・どうかな。」
全く似ていない姉妹。
咲希は拾われた竜族であり、その力も半端であった。
それ故に劣等感を持ち、また誇り高い種族からすればその半端さは忌み嫌われ、孤立もしていた。
しかし、それを一切気にしない家族がそこにはあった。
咲希もこの家にいる時だけは自分という存在を前に出せていた。
「ねぇ、咲希。自分の存在が・・・消えると、そう思ったことはある?」
「・・・?よく分からないけれど、多分無いや。」
「そう・・・それならいいの。」
姉はしばらく黙り込んでしまい、結局その話がなんだったのか分からないままだった。
(今なら・・・分かる・・・。私は・・・私の存在ごと・・・消えそうになっている・・・!)
「・・・咲希、戦況は―顔色が悪いな。どこかやられたか?」
連絡を受け、ナチャで戻ってきた舜が駆け寄り低めの声で訊ねる。
「・・・なんでもない。・・・あっちだ。」
怜奈と女が戦っており、その後ろには男がいる。
男が司令塔なのだろうかと、舜は思考を巡らせる。
(・・・周りへの警戒度は高いな。ああいうタイプは不意打ちより真っ向からたたっ斬った方がいいか―。)
より有利な殺し合いの方法を瞬時に判断し、舜は真っ向から姿を現した。
そこで、舜はリリスの見た目を初めてはっきりと見た。
思考がクリアになっていく。
「やっと来ましたか。あなたにこの見た目の人間が殺せますか?」
「・・・リリス?」
ロジクはリリスの異変にリリスの元へ駆け寄った。
リリスは、なにかに囚われたかのように喋る。
「ロジク様。ああ・・・ロジク様!私はあなたの為に穢れきったこの姿にでもなりましょう!」
「あの子を・・・あの子は・・・。」
クリアになった思考が舜に告げる。
殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。
隠されていた記憶が、蘇っていく。
8年前。
雨の降る森の中、少年は1人走る。
自分の拘束を解ぎ、更に時間稼ぎに残った少女を救う為に、人を探す。
沢山痛い思いをしてきた。
沢山悲しい想いを見せられてきた。
それでも同じ痛みを知るものとして、定期的に実験の経過として戦わされ、"唯一"お互い心を通わした相手。
研究内容・他人への魔力讓渡。そのモルモット927号は必死に走った。
研究内容・魔力濃度による子供への影響。魔力濃度最濃。自分を逃がすために残ったそのモルモット229号を助けるために。
「・・・ん?」
1人の女を見つけた。
13歳位の茶髪の女。
「どうしたの少年、そんな慌ててさ。」
「実験・・・被害者・・・あの子、助けなきゃ・・・!」
必死に息を整えて話そうとするが、焼けるように熱い喉がそれをさせてくれない。
「助けたい人がいる・・・!」
「・・・よし、少年。お姉さんに任せろ。お姉さんは元々、その実験を潰しに来たんだ。案内して。」
927号は頷くと来た道を走り、戻った。
「・・・誰かしくじったな、私たちが来るのに気が付いて好き勝手した後かよ。」
戻った時には酷い有様だった。
どうせ続けられないならと命に関わる実験も無理やり推し進められたのか、辺りに爆散した跡が幾つも残る。
隅の方で倒れてる女に何かをしてる男がいた。
「・・・・・・何してる?」
低く鋭い声で女は聞いた。
「あ?そりゃこんな可愛い子いたらやることやらねぇと・・・。」
女が見えぬスピードで放った魔力でその男の首と胴体は永遠にお別れとなった。
「実験の被害者か・・・まだ10位なのに・・・死んでからされたか、されてる最中に殺されたのか・・・可哀想に。」
茶髪の女はハッとして振り向く。
「少年、早く探しに行こう。手遅れになるま・・・少年?」
少年はその被害者の死体から目線が逸らせなかった。
「まさか―!」
「あ・・・あ・・・ああ・・・。」
そして、背を向けて走り去っていく。
「待つんだ少年!まだ危険だ!私と一緒に・・・!」
追いかけようとしたその時だった。
「おいおいおいおい!俺の配下殺しておいてお前はそのまま逃げるつもりか?」
「あ゛?死んで当然のやつが死んだだけだろうが、邪魔をすんなオウコツ。」
オウコツはニヤニヤ笑っている。
「まあいいけどよぉ、この先ではまだ殺し合いしてるぜ。テメェについてるやつが戦いで死んちまっても仕方ねぇよなぁ。誰に殺されるかは分かんねぇけどよぉ!ギャハハ!」
「・・・テメェ!」
茶髪の女は選択に迫られた。
このままオウコツを見張らず少年を追って、自分に付き従うみんなを危険に晒すか。
少年を見捨てて、オウコツから仲間を守るか。
(・・・ああ、私には地獄が相応しいのだろう。少年、どうか・・・無事で・・・!)
これが隠されていた記憶。
これが君の復讐を誓った理由。
プチンと何かが、切れた。
「・・・その子を、穢すな。」
真っ黒な魔力が舜の右手に集まっていく。
禍々しい1本の剣へと。
剣を持った右手を、左足を1歩引くと共に左腰の辺りへ。
そして右足を強く踏み込むと共に。
黒が、押し寄せた。
「ロジク様!!!」
逆袈裟斬りにより放たれたその黒は、通り道全てに無を与えた。
物理が効かないはずのリリスの胴体を。
リリスに突き飛ばされたロジクの、腕を含む身体の左側の1部を。
その先にある建物全てを。
リリスは人の形を維持出来なくなり、元の宙へ浮かぶディスプレイに戻った。
建物は自身が2つに切断されたのに気が付かないように、切断された上の部分が浮かび続けている。
そしてロジクは―
「・・・くっ。・・・何が起きている・・・!ずっと・・・!何に・・・操られてる・・・全てがだ・・・!」
血をダラダラ流しながら右手と足で地面を這いながら必死に距離を取っていた。
目の前には、戦鬼がいた。




