154話
「ふぅ。疲れたなぁ。」
愛花は1人、ベンチに座っている。
色々調べられないかと舜が不在の間、あちこち訪ねてみたものの、変人の国と言われるだけあり有益な情報の前にまともな会話が困難な事も多かった。
(こうして何もせずに座ってると色々思い返しちゃうな。)
肉体的にも精神的にも疲れが溜まっているのも当然である程、色々な事があった。
しかし愛花は自分よりもより苦しんでいながらも休む気のない男を知っている。
(きっと、全てが終わるまでは舜兄の肩の荷が降りることは無い。)
それは彼が存分に休めない事と同義である。
(うん!もうちょっと頑張ろうかな!)
「少しでも―」
舜の為に、そうグッと思いを胸の前で握りこぶしにし、立ち上がろうとした瞬間であった。
「少しでも、なーに?」
「・・・へ?」
振り返るとY9が笑いかける。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
愛花は驚きのあまり固まっており、それをY9は面白そうに見続けている。
「あの・・・何か用ですか・・・?」
「え?ああ・・・そうだね。愛花たんがどんな子か見に来た感じかなー。そうさねー。」
うんうんと頷き、ニッコリと1度笑ってから薄く目を開ける。
冷たく鋭い眼光が愛花を差し照らした。
「・・・普通の女の子だね。」
意外そうに目を丸めて、またニッコリと笑う。
「む、こんな美少女を捕まえておいて普通とはなにおう!」
「ああ、ごめんごめん!うんうん可愛さは異常な程だね。でもさ。」
Y9は分かりやすく剣を出した。
ようやく愛花はサッと身構え、固唾を飲む。
「・・・舜たんなら話しかけた時にはもういつでも殺せるけど?みたいな身構えしてたよ。買い物中も隙がなかったな。」
両手をパッと広げ、剣を消しながらY9は続ける。
「要するにさ、そういうとこが普通の女の子なんだよね。私たちとは違って血なまぐさい世界に住んでない、ほんとにごくごく普通の生活を送れそうな女の子。」
「・・・だったら、何ですか?」
戦い慣れをしていないのは愛花本人もきちんと認識をしている問題である。
故にそこを突かれたとて決して怯むことは無い。
1度警戒が必要と分かったのなら、それ以降は学ぶだけ。
愛花は警戒を解かず、Y9の動きを必死に見つめる。
たとえ何をしようと何を言われようと怯むものかと言わんばかりに。
「好きなんでしょ?舜たんのこと。」
「なななななななにを!?!?!?!?」
怯んだ、あっさりと。
「ふふふ、面白い子。舜たんへの想いだけでここまでやってきて、こちらの世界に踏み込もうとしている。1つ聞くよ、それは―盲信では無くて?」
「・・・・・・。」
自身を過去に助けてくれたヒーロー。
自身が今此処にいる理由のヒーロー。
かつての彼女は、確かにそれだけで彼の行動を全て肯定し、盲信と言えるほど信じていたのかもしれない。
否、今も気が付いてないだけで盲信しているのかもしれない。
(もしそうでも、私はあの人を支えたい。)
知っている、彼の暖かさを。
料理を作り、冗談を言い合い、大切な仲間として想っていることを。
知っている、彼の苦しみを。
殺す度に肩の荷を増やし、泣きそうなのを我慢して、その両の足だけで必死に止まることなく走っているのを。
だから。
「かつて私を救ってくれたあの人を、私が支えたい。たとえ盲信だろうとなんだろうと、それは私の確固たる想いです。」
「うん、強い目だ。ちょっと心配したけれど貴女なら大丈夫かな。」
その想いを見て、Y9は穏やかな表情を見せた。
「私からの助言だよ。自分を変える程の出会いなんてそうそうあるものじゃない。それがいい方向だと想うのであれば突き進みなさい。貴女にとって舜たんはそれほどの人だよ。・・・だけどもう1つ。覚悟も決めなさい。誰かを支えるということは苦難も責任も伴うものよ。その上でその人の幸福を願うのであれば・・・。・・・心って冷める時は冷めちゃうけどね、それでも尚―。」
愛花の目は変わらず真っ直ぐ強いままである。
「最後のは蛇足だったね。おっと!」
Y9は全く別方向を振り返った。
「・・・?どうしたんです・・・?」
「ありゃー、舜たん戦闘態勢に入ったなー。」
「!?どこでですか!」
一歩詰め寄った愛花をY9は手で制止する。
「大丈夫、行かなくても。―厄介なのが動いた気配がするから。」
「じゃあより行かなくちゃ・・・!」
「大丈夫だよ。確かにアレは厄介だけど・・・止めに行ってるのは間違いないから。」
愛花は心配そうに、Y9の視線の先を見つめた。
袋小路となってる場所で。
舜は気配だけで後ろにいる存在に気が付き戦闘態勢に入っていた。
「君は・・・何故ここに?この場所に何があるか知っているのか?」
舜の警戒を他所に、男が無警戒で話しかける。
「散歩してたら迷い込んだだけだよ。それより・・・生きてたんだな。」
舜は振り返り、男と視線を交わせる。
「クソヒーロー。」
「アラタだ。」
2人の間には緊迫した空気が流れていた。




