144話
「クロム様!」
漆黒の鎧を着たままのクロムにムルシーは笑顔で近付いていく。
心からの笑顔で。
「どうかした?」
「いえ!クロム様の近くにいるだけで嬉しいだけっす!」
ムルシーにとって初めて心からの声を聞かせられる人であり。
クロムもムルシーに自身のことを隠そうとはしなかった。
きっとこの時間はいつまでも続くのだと。
もし途切れる事があれば、それはきっと自身の死で―。
「ムルシー!」
「あ・・・クロム様・・・えへへ・・・。」
戦いがあった日。
ムルシーは怪我を負ったことがあった。
「何故・・・あんなに無茶をしたんだ。」
「だって、クロム様、戦いなんてしたくないでしょ?だから私が代わりに―」
「これは、私の責務なんだ。力を持ってしまった私の。ムルシーは気にする事はないんだよ。」
あまりにもその声が悲しく聞こえた。
ムルシーは知っていた。
クロムが例え相手が誰であろうと戦いを好まないことを。
そして、ムルシーは見た事がなかった。
―クロムが誰かを殺すところを。
「クロム様のおかげで生きててよかったと初めて思えたんです。だから、この命はクロム様の為に使いたいんす。」
「私のため、か。」
クロムは少し考えるように言い淀む。
「私の為と言うのであれば、自分を大切にしてくれ。生きててよかったと思えてくれたのであれば、今度はムルシーがそれを他の人に与えてくれれば私も報われる。」
その日から、この人の為に死のうではなくこの人の為に生きように変わった。
この人なら、きっといつまでも死なないであろうと。
・・・あの日までは。
舜とクロムとの殺し合い。
それを遠くから見守っていた。
舜の矢がクロムを貫く、最期をしかとその目で。
「クソっ!今なら・・・今ならあいつを殺れる・・・!」
「駄目っすよシュヘル先輩。クロム様はそんな事を望んでいない。」
その目からは涙が溢れ出ていた。その場にいる皆が、泣いていた。
「止めるな!お前はなんとも思わないのか!散々恩を受けて、お前は!?だから俺が・・・俺が仇を・・・!」
「いい加減にしろよ!お前なんかの想いでクロム様の想いを歪めるな!シィラ達にとってもクロム様は・・・クロム様は・・・!!」
珍しく荒い口調のシィラに、シュヘルは座り込む。
「・・・そうだよな。・・・俺が悪かった。・・・クロム様・・・クロム様・・・。」
その夜は泣き声が響いていた。
至る所からクロムの死を受け入れられないものたちの声がした。
(ああ・・・そうか。・・・私が。)
だから次の日の朝。
「みんな起きるっす!おはようっす!」
元気に振る舞った。みんなに笑顔を戻す為に。
「いつまでそんな落ち込んでるんすか!そんなんじゃ天国のクロム様も心配で心配で堪らないって顔するっすよ!ほらほら!クロム様の意志は私たちが継ぐんすから!」
すぐに立ち直れる人だからな訳でもなかった。
それでも必死に鼓舞を続け、続け、続け、続け。
「・・・ダリル様!?」
「ふむ・・・ムルシーがクロム様の跡を継いで皆を保ったか。よくやった。」
久しぶりに訪れたダリルは手放しにムルシーを褒めた。
「それで・・・更にクロム様の意志を引き継いで欲しいと言われたら、どうする?」
「・・・そりゃまあ・・・それがクロム様の真意ならやるっすけど・・・。何を・・・?」
「アウナリト侵攻。生前クロム様が遂に出来なかった事が・・・出来るチャンスが来た。・・・クロム様を殺した男と共に。」
その男を最初見た時は何の感情を抱いていいか分からなかった。
向こうだってローグを忌み嫌い、殺してきていたはず・・・そう思っていた。
だが、まずは打ち解けあおうとしたり。
殺した人の顔を、死なせてしまった人の想いを全て覚えていたり。
(あんな顔で人を殺す話をする人間・・・か。)
クロムの言う通り、舜はクロムと似た人間であった。
力を持ってしまい、その責任と向き合いながらもがいて生きる。
この人も苦しんでいるのだと。
それでも尚、人を助けようとするのだと。
ムルシーの拳がヤルダバオートを包むシールドとぶつかり合う。
自身の身を焦がす今の自分の技なら奪われないというムルシーの考えは当たってはいなかった。
もっと正確に言うと当たっているかどうかが分からなかった。
"てんま・・・?何だそれは・・・巫山戯るな人間!この世界に無いものなど使いおって!この世界への冒涜だ!"
シールドは破られた。
しかし、ヤルダバオートは怒りのままにムルシーを掻き集めた魔力で穿とうとする。
その隙で十分だった。
ムルシーの横をすり抜けてムスルスの剣がその目を刺す。
"・・・きさ・・・まら!"
「ムスルス!」
「どーも!」
空中で踏み込みきれなかったムスルスに、舜が胸の前で両腕をクロスさせて跳ぶ。
その腕を足場にして更に剣をその奥まで。
次の瞬間、地中から真っ黒な腕が大量に伸び、ヤルダバオートを掴んで引っ張って行く。
「・・・なんだこりゃ。」
"巫山戯るな!この私が!この私が再び地獄に落ちるなど・・・!あってはならぬ事だ!"
そして、その腕と共に地面の更に下まで消えていった。
「・・・終わった、かな?」
「・・・まだ空は暗い。警戒は解かない方がいいと思う。」
ヤルダバオートが引きずり込まれたあと。
漣のデバイスに電話がかかってきた。
「もしもし?」
『まだ!まだ終わってない!あいつ、目!今度は目!』
「・・・トワ?落ち着いて、何?」
「危ない!」
その声に漣は振り返る。
雪乃が警戒を続ける舜とムスルスの前に立ち、魔力を防いでいる。
そして、地面からまたヤルダバオートが腕を引きちぎり、その眼を開けた。
先程貫かれた眼は既に治っている。
(やらなきゃ・・・私が・・・!)
「・・・!?ダメ!今行ったら!」
雪乃がヤルダバオートの魔力を一つ一つ防いで行ってる間にムルシーは再び、ヤルダバオートへ突っ込んだ。
「ムルシー姉様!」
シィラが叫び、時空をねじ曲げムルシーの元まで辿り着く。
そして必死に引っ張るが・・・ムルシーの腹の左半分が消し飛んだ。




