142話
サマエルの胴体が全て壊れ、その顔が落ちていく。
否、落ちたのは仮面だけ。
顔のあった場所には神々しく光る羽で包まれた何かが残る。
"Aa・・・"
羽はゆっくりと横に4枚、縦に2枚開いていく。
"ちガウ・・・ちがウ・・・"
開かれた羽の中にあったのは巨大な1つの眼であった。
"チがウチガうチがウちガウちがウチがウチガう!!!"
その羽とは似つかわしくない真っ黒な魔力が放たれ、空を覆う。
"私は飛ぶ蛇・・・熾天使・・・サマエル。セイナルカナセイナルカナセイナルカナ"
眼の中でギョロキョロと目玉が忙しなく動いていく。
"奪わせない奪わせない奪わせない奪わせない奪わせない奪わせない奪わせない奪わせない誰にも"
"神ですら"
"嗚呼―そうだ。人は悪であり、それを創造した神もまた悪である。必要なものはそんな神の救いではない―"
紫の雨が降る。
「・・・葡萄?」
水の神であるダゴンはその液体に気が付く。
"この世にあるのは表と裏。背反する2つの原理―"
地に落ちた紫の雨に炎が走る。
辺り一帯の温度が一気に跳ね上がる。
"そうだ、私こそが真の神であった。彼奴ら偽の神などではなく我こそが創造神。故に熾天使・サマエルの名も相応しくない。我は・・・私は創造神・ヤルダバオート。"
全てを知ったつもりになったその無知が、神を自称する悪の権化と成り代わる。
まさにその場は地獄と呼ぶに相応しかった。
舜とムスルスは一瞬、横目でお互いの視線をキャッチし動き出す。
「人を悪だの創造神だの言ってる割に人間の眼と羽だけじゃん。人の紛い物にすらなれない哀れな存在だね。」
"嗚呼―今なら分かる。悪の権化よ。創造神である私と相反する唯一の存在よ。"
「ああ、成程?お前が創造神で俺が破壊者と。でもさ・・・。」
舜は剣をヤルダバオートに向ける。
「背反する2つしか無いのであれば、破壊こそが表。だって、人を"創造"した神が裏なのだもの。・・・違う?」
目に見えぬ速さの魔力がその眼から放たれた。
その魔力に、氷の剣だけが反応する。
「舜さん!」
「・・・!ありがとう、雪乃!」
雪乃の剣がその魔力とぶつかり合う。
そこに、舜は両の腕を顎に見立てる。
「怪物の素質を齎すもの!」
(貰った・・・!)
その間、バレぬよう燃え盛る地面から近付いていたムスルスが、身体に引火させたまま一気に膨らむ足場の反動でヤルダバオートの高さまで跳ね上がる。
魔力を掻き消す剣で、横向きの身体を後ろを向いた状態から捻り、体重をかけて剣を振り降ろし―
眼の前に貼られたバリアに止められた。
「くっ・・・!」
「ナチャ!」
舜の声とともに糸がムスルスを包み、離れた屋根の上に降ろす。
「ムスルスさん!」
ダゴンの水が身体に引火した炎を消して行く。
「2人ともありがとう!・・・痕になっちゃうかなぁこの火傷。」
ムスルスは汗を拭う。
その態度は対峙する敵よりも自身の事を優先する余裕があるように見せる。
(・・・乗ってこないか。。)
しかしヤルダバオートは舜と雪乃を見つめていた。
「・・・怪物の素質を齎すもの。」
舜は見られている事上等でヤルダバオートの魔力を放つ。
喰って理解していた。
それが見抜けず、避けれず、防げない魔力として造られたものと。
しかし、あっさりバリアに防がれる。
「・・・やっぱり通用しないか。雪乃が防いだ時点で完璧じゃないとは思ってたけど・・・余りにもお粗末な創造なんだね。ハードル上げすぎててごめんね。」
"貴様が放つと同時に書き換えただけだ。それより―その女はなんだ。"
書き換える前に止めた。
その事に創造神は訝しむ。
そんな雪乃に舜は小声で話しかける。
「ごめん雪乃、俺はあれ見抜けないみたいだ。喰えはすれど見抜けなければそれも難しい。多分防げもしないだろうし・・・もしあれに対応出来るならみんなの防御を任せたい。」
「ええ、ええ、勿論です。舜さんの願いとあらばこの雪乃、如何なる方法を使っても役立ちますから。」
その時だった。
「はっはっは!主役は遅れてくるもの!そんなバリア、このウェル様に任せろ!」
折角隙を付けたのに大声で。
バリアの事を簡単に割れると思って。
今まで隠れていたウェルが上空から落ちてくる。
「・・・あの馬鹿、言ったことなにも実践してくれない・・・。」
呆れたように舜は呟く。
「岩弾鋭刃刀!」
巨大な岩石の大剣がバリアとかち合った。
(今だレビア!)
ウェルは上を向く。
レビアがウェルの出してた岩場から連続で剣を突き出した。
が、バリアは眼の周りに現れ、それも防ぐ。
「くっ!なら俺だけで破ってやる!」
ウェルはバリアとぶつかり合いをしてる大剣に必死に魔力を込めた。
「あんただけの火力で破れるなら苦労してないっての。死を選びとる女神よ!」
ムスルスの剣が別の角度から同じ位置へ殴り掛かろうとする。
「地衝烈牙!」
舜の火力もまた、そのシールドへ向けて放たれんとする。
"忘れたか。私は創造神。貴様らが創ろうとするものなど、私でも創れる"
3人の攻撃が一切消された。
「まずっ・・・!ごめん、傷だらけの所悪いけどもう1回あの子達のために力を貸して!」
ムイムイがその光景を見て剣を構える。
"全能による超越"
3人の技がそっくりそのままヤルダバオートの魔力となって返ってくる。
「抹香鯨!!」
「漁師の串!!」
血だらけの魔力の鯨と、ダゴンの水の棒がそのヤルダバオートの攻撃と激しくぶつかり合う。
"創造神の私の前にそんな技・・・"
「全てを壊すもの!!」
舜がヤルダバオートの魔力を壊す。
「ああ、ごめんね、セリフ遮っちゃって。表の創造神には裏の破壊なんて創れない、そうでしょ?」
"愚かな。"
(・・・今!この形態なら近付いても浮かばない!)
その時1人、屋根から飛び降りて背後から攻撃を仕掛ける者がいた。
(大丈夫・・・!守ってるのは眼だけで羽は違う!)
その少女は強く包丁を握りしめ、落ちる勢いと全体重で片羽を使いものにならなくしてやろうと思っていた。
たとえ、無能力者故にそのまま落ちたら焼け死ぬと決まっていても。
その少女―トワは一つだけ過ちを犯していた。
何故、みながみな眼を狙っていたか。
何故、バリアの破壊ばかり試みていたのか。
それはバリアで守ってるからこそ眼を弱点と睨んでいた事だけではなく―
それは、バリアで守ってないからこそ羽に対する防御は完璧と見なされてもいたから。
背後からの攻撃なのに視線を感じた。
バレたかと強く瞑った眼をトワが開いた時。
沢山の眼と、目が合った。
羽の毛が逆立つように、開いている。
その中に1個1個、大量の目が存在していたのだ。
あまりの光景に全身の毛が逆立つような感覚にトワは襲われ―
見られていたその奇襲はあっさり羽に弾かれ、そのまま地獄と化した地上へ落ちていく。
(・・・死って、苦しくないんだな・・・。)
落ちる感覚すら無くなり、ただ目を瞑って今が死のその時なのかと思っていたトワの耳に元気な声が聞こえてきた。
「無能力者がここまで根性見せたっす!こりゃ私も根性見せなきゃ駄目っすね!」
「おう、嬢ちゃん。ナイスガッツだったぜ!あと5年後だったら見惚れてたかもなぁクローヴィス!」
「ばーかバルトリーニ!俺たちを見惚れさせてやる気出させるには十分だったろ!俺たちの力見せてやるぜ!」
「お前たちじゃねぇよ、やるのはムルシー1人だろうが。」
シュヘルの出した透明な足場にトワは寝そべっていた。
「それよりムルシー・・・まだ未完成なんだろ。もうこんなに燃えてはいるが・・・それでもここは街中だぞ。」
「自分一人の中に熱を閉じ込めればいいっす。」
「・・・!お前・・・自分を犠牲に・・・!」
ムルシーはトワににかっと笑いかける。
「ナイスファイト!次は私が行ってくるっす!」
そして大きく息を吸い込み、叫んだ。
「纏魔!」




