133話
「今だ!」
周囲から魔弾が放たれる。
魔力を全力で込める隙を見つけ出した上で全員が同時に放つそれは簡単には防げないものである。
「21歳!こっち!」
ムスルスの声の方にシィラは滑り込み、ムスルスは魔力を込めた剣を振るう。
振るわれたムスルスの正面には魔力由来のもの全てが消え去った。
ムスルスは視線を少し横に逸らし、舜の姿を確認する。
舜はその魔弾相手に微動だにしようとしなかった。
そしてその背後から浮かび上がった魔弾が、いとも容易く魔弾を相殺した。
「間に合いました?」
ふーっと一息ついて魔弾を相殺した本人―愛花は舜に声をかける。
「うん、タイミング完璧。次は愛花の元に1人来るよ、気をつけて。」
「陣形その8!俺があの女をやる!残りは援護を!」
「はっ!」
向かってくるボス相手に愛花は魔弾を放つが、既に魔力を込めていた者から順々に溜めては放たれる魔弾に相殺されていく。
「・・・密度・大!」
相手が相殺する者たちと真っ直ぐ向かう者なのであれば相殺されない程の火力を。
しかし、その決意から打つまでの動作を見切られ躱される。
「・・・私もやるんだ。舜兄と並び立つために!密度・大!」
小さくなった魔力は短剣のような刃になり愛花の手の甲に。
愛花はその刃をボスに向け、相対した。
「・・・俺の相手はボスでもその腹心でもなくどこからか出てきた雑兵代表?」
「おいおい、舐めてもらっちゃ困るぜ。このズズガバヒュンダーの渾名をもつ俺様を!」
舜は冷めた目で変な渾名を誇る相手を見つめる。
「前にムスルスが言ってた名前を聞いた時も思ったんだけど―濁点がついてればとりあえず強いって思ってる?」
「濁点ありゃ強そうだろうが!・・・知ってるぜ、お前の事。殺人鬼、そうだろ。なんで俺たちを殺す?」
「なんで?・・・なんで無能力者を殺したりしてきながら自分達は殺されない側だと?」
ズズガ・・・ンダーはその目を細める。
「そりゃ力の弱いやつが力のあるやつに搾取されるのは魔力者のいない時からそうだろ。それが死につながることが多いだけで。それを悪だと断じて殺すお前は何様だって聞いてるんだよ。正義のヒーロー気取りか?」
「ヒーローどころか巨悪のつもりだよ。もっと力のある俺が力の弱いものを殺してるだけだから。同じ事だね。」
ズドガ・・・ダーは舌打ちをする。
「生きる為にやってる俺らと殺す為にやってるてめーじゃ全然違うだろうが!俺らは悪じゃねぇ!悪じゃない人殺しなんだ!」
激昂したドガ何とかが猛然と舜に襲いかかった。
「・・・あー、降参していいか。」
「え!?いや・・・えー・・・私の出番・・・活躍・・・。」
ムスルスがしょんぼり言う。
「今の陣形は強い奴相手に1人ずつ足止めしてその間に後ろの連中も魔力を込めた一撃を仕留めに行く、というものだ。だが、そもそも足止めになるのはボスがやってるあの子位で俺たちはまともにやっても即死で終わり。そもそも俺は四凶の空いた枠に興味もない。だから降参したい。」
ムスルスは困っていた。
敵意も向けず、両手を上げているその相手に手をかけるのは今回の名目上やりにくい事である。
しかし、手をかけられずにその場に残すという事は監視の目が要ると言うことでもある。
ムスルス程の実力なら無視して愛花の援護も、周りの魔弾を処理しながら縛る事も出来はする。
が、今はある事情からその選択肢も消し去っている。
「まあいいか。愛花はどうせ勝つだろうし。」
「・・・騒がしいと思ったら何をまだ苦戦する事がある。」
「大ボス様!」
奥から男がもう1人現れる。
「やれやれ、無能な配下を持つのは厳しいな。カオスはそこもよくやっていると見る。まさか奥の手を切らざるを得ないとはな・・・。」
「カオス様なら自分がまだ出る幕じゃなくても、状況をつぶさに観察して策を練り、いつ奥の手を切らされてもいいようにしますよ。」
小さな子に身体を触れられ、大ボスは面白そうにその子を見る。
「ほう・・・こりゃまた随分詳しく語るな。だが俺にはそこまでしなくても策を立てられる頭があるのだよ。」
「いいえ、ありませんよ。だって・・・どうしてシィラに触られてるのに慌てないのでしょうか?ちゃんと相手の能力を知っていれば・・・そんな事は許さなかったはず。」
「何を・・・。」
そこで気が付いた。
自分の手に皺が少し出来ている気がする。
腰が痛く、身体も重たくなっている。
「なんだ・・・?」
「四凶の名に目がくらみ、我欲の為に驕ったあなたにはより長く苦しんでもらいましょう。相応の罰って奴です。」
足がガタツキ、フラフラと座り込む。
身体に少しずつ斑点が出来、胃液が内蔵を溶かし始める。
「馬鹿な・・・俺は・・・。」
倒れ、手を伸ばすその黒ずんだ皮膚から白い骨が見え始める。
「俺は・・・四凶に・・・。」
少しずつ、少しずつ、身体が骨へと代わり。
「俺は・・・四凶になるはずの・・・おと・・・。」
遂に物言わぬ物質へと代わる。
そして塵となりチリチリとゆっくり消えていった。
「・・・ところでいいんですか?愛花姉様の魔弾を警戒してますが、今シィラはあなたたちの裏を取ったんですよ。このままなら、挟まれますよ。」
「・・・くっ、半分後ろへ!」
「・・・ごめんなさい、もう遅かったみたいですね。」
あっちこっちへ警戒をさせられた雑兵達はようやく自分たちと同じように、そして自分たちとは桁違いの魔力を込めてる相手に気が付いた。
「クトゥグア。」
魔力を込められた石が凶悪な熱で敵の身体を包む。
悲鳴すらあげられないまま、幾人もの姿が消えた。
「これで愛花も完全なタイマン。21歳も上手いことやったし私もあなたを見張る必要は無くなったと。」
「援護に行こうと思ってるならもう遅い。もう終わったさ。」
ムスルスは振り返ってその一対一の方を向いた。
「戦い慣れてはいないが・・・魔力は本物。見事・・・名は。」
「・・・あ、愛花。」
愛花は右手をゆっくりと引き戻す。
その手は返り血で汚れていた。
心臓を貫かれたボスはゆっくりと倒れ、動かなくなった。
「ふぅ・・・舜兄の方めちゃくちゃ早かったですね。」
「うん、纏魔使ったからね。」
「・・・纏魔?私との模擬戦で使ってもらってないけど?」
むってしたムスルスが舜の近くへ詰寄る。
「模擬戦で使えるものじゃないよ。俺の纏魔は俺が死ぬか相手が死ぬかみたいなとこあるし。」
「そんなものをポンポンと使わないでくださいよ舜お兄様。なるほど愛花姉様の気苦労も分かった気がします。大変ですね。」
「うん・・・ホントに・・・。」
((惚れた弱みだなぁこれ。))
ムスルスとシィラは同時に同じ事を思った。
「そんな事より。一旦壊滅はさせたけど・・・まだ報告にあった2人と出会ってない。」
舜は入ってきた方を向いて、少し目を閉じた。
「良かったのか?敵地でそんな隙晒して。」
そんな声がどこかから聞こえた。




