98話
数多の戦いを切り抜けてきた。
自分より弱い人間を沢山殺してきた。
命乞いする者を、絶望する者を、嫌悪してくる者を。
自分より強い人間とも渡り合ってきた。
意志を持つ者を、何かを守ろうとする者を。
戦場で生きてきた。
いずれ、戦場で死ぬのであろう。
それが我らの生きる意味だとずっと思い、1人また死しては殺し、死しては戦場という生き方を噛み締めていた。
みなと共に戦場に生まれた者として。
共に死すべきだと思っていた。
私より長く戦場を渡り歩いた者も。
私より多く人を殺したであろう者も。
私より強いと思っていた者も。
仕えていた主君も崩御され、その息子ラース王へと。
みな、気が付けば居なくなり。
私は生き延びてしまった。
生きる理由でも意味でもあった戦場は、私の手から離れていった。
意味の無い最強の称号は手元に残ったが。
何をしていいか、分からなかった。
もはや、廃人のように過ごしていた。
無意味な時を、何年も何年も。
そんな折、ラース王が私の元へ訪ねて下さった。
仕事を、頼みたいと。
私がその日出会った少年は。
私と、同じ目をしていた。
全てを喪ったかのような、目を。
その目を見て、私の生きてる意味が他にもあるのではと思った。
そして、その仕事を引き受けたのだ。
愛し方など、知らなかった。
一方育てるべき少年は聡明で、何でも1人でやってのけた。
本を読み、知識をつけ。鍛錬をし、力をつけ。
食事も自分一人でやってのけた。
それを見て、私も学んだ。
喪った者でも、新しく手に入れられるのだと。
私も、料理の仕方を学んだ。
彼には必要が無かったが・・・それでも学んだ。
王族の養子として、実験の生存者として多数の人間が彼に興味を持った。
彼はそこで、コミュニケーションの必要さを学んだ。
他人とのコミュニケーションに対して必要なものを演技力だとして、身につけた。
そして、少年は戦場へ出る道を選んだ。
喪った何かを探すように。
他のものに同じ目をさせないように。
少年は人の殺し方を学んで行った。
なんと、あなたを育てていた時間は、私にも生きてる意味があるように思えて、幸せであったか。
それ故に、常に心にわだかまりを抱えていた。
「・・・育て方を、間違えてしまいましたか。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
共に場数を過ごした者として、戦い方は大いに違った。
魔力が見えない鎧として機能する魔力者のそれと、ただその身すら剣と化し戦っていた生きながらにして死した者のそれ。
ベリウスの剣は、いつか死ぬ事すら受け入れているように防ぐ事を考えていない。
ただただ相手が死ぬか、自分が死ぬか。
ただただ苛烈な剣撃で舜に襲いかかる。
(押していられたのも、数刻前までですか。)
しかし、その見慣れない攻撃に舜は対応し始めている。
もう、どんな攻撃をしてもその身体に触れる事は許されず舜の剣に阻まれてしまう。
(嗚呼―素晴らしい。本物だ。私には到底届かなかった領域の。嗚呼―なんと親孝行な子でしょう。戦場で生きていたのを喪った時、私は死んだも当然でした。そんな私にまた1つ、生きる意味をくださり―そして最期にもう1つ、今まさにくれようとしている。私は育ての親としては失格であったというのに。)
剣と剣が交じ合う度、死の音と生きる理由が近付いていくのをべリウスは感じる。
生きる理由など、いくらあってもどんなものでもいいと言わんばかりに。
「疾っ!」
べリウスは己の全ての生きた時間をぶつけるべく、舜へ猛突進していく。
舜は小さな魔弾を浮かべた。
素早く動くそれは、無能力者からしてみれば己の戦い方をさせて貰えず、向こうの有利な戦況に無理にでも持っていかれる物であるが。
べリウスは魔力者と戦った事はない。
魔力者が現れる前の、魔力の無い戦い方しか知らない。
故に、対策などしない。
向こうのフィールドになど立たない。
ただ己の戦い方で剣を突き刺す。
「・・・くっ!?」
すれ違いざまに放たれた、より速くより鋭いその一撃を何とか舜は防いでみせた。
「坊ちゃん、爺は爺のやり方で全てをぶつけさせて頂きます。」
「不慣れの魔力じゃ止まってくれないって訳・・・!」
振り向きながら、舜は体勢を慌てて整えようとする。
(―隙、ではなさそうですが。)
べリウスは止まるということを知らないかのように再び、1歩踏み込むと同時に素早い一撃を突き出し―
「くっ・・・!」
顔を抑えた。
通り過ぎる瞬間に、舜の小さくて威力の低い魔弾が。
片目に直撃させられた。
油断も容赦も慈悲もなく。
ただ殺すために使われた業に、改めて感心させられながら。
振り向き、そして目の前に既に迫っている刃にその身を預けた。
「・・・まさしく・・・戦鬼・・・。・・・戦場を生きた者として・・・なんと幸福な最期であるか・・・。」
「・・・・・・。」
舜は何も言わずに、胸に突き刺さった刃を抜いた。
力なく倒れる、親の代わりを見て。
「・・・幸せなら、良かった。それは、俺の幸せでは無かったけれど。」
その穏やかな表情を恨む事は出来なかった。




