09話
町の人通りが少なくなった頃、アリィをなんとか起こすことに成功し町の外に出る。
今日は満月のようだ、いつもより幾分かは見通しが良い。夜戦の経験が無いからこれはありがたい。
探査を行使し、魔物の居場所を探りながら街道を進む。ハッっと思い出した。「しまった」と無意識に呟いてしまう。そう言えば地図を買い忘れた、というか地図屋を探すことすら忘れていた。仕方がない、今回は探査でマナの反応を探りながら進もう。
荷馬車がよく襲われると言われていた地点にたどり着く。その地点は林を突っ切るように街道が敷かれている場所で、両側に木々が立ち並び見通しが悪い。なるほど、これは格好の狩猟場になるわけだ、月の光もあまり役に立ちそうにない。周辺を見渡し探査でマナを探る。かなり遠くに複数の集まりが見える、あそこが拠点なのだろうか、その方向に足を進めようとした時。
「智也、あっちだ。」とアリィに呼び止められる。
「何かあったのか?」
アリィが指差した方向をみると、荷馬車が転倒していて商人らしき男が立て直そうと藻掻いていた。近づいて行くにつれ少し違和感を感じる。確かに荷馬車が襲われた様で、闘いがあった形跡が見られる。繋がれていたはずの馬は逃げたのか姿が見えない。四肢をもがれた護衛の死体が転がっており商人も恐慌状態にある。しかし、何故か『荷物を攫われた形跡がない』のだ。走って商人の元に辿り着き声を掛ける。
「無事か?」
「ああ、助けてくれ。荷馬車を起こさないと。逃げないと。早く。早く。早く。早く。」
ガチガチと歯を鳴らし全身を震わせた中年の男は一人では起こせるはずもない荷馬車を持ち上げようと何度も奮闘していた。完全に正常な判断が出来てない。浮遊を行使し荷馬車を浮かせ立ち上げる。
「兄ちゃん魔術師か、助かった。」
と、荷馬車が立ったことにより正気を取り戻したのであろう商人は安堵の表情を浮かべ握手を求めてくる。
握手に応えながら商人に質問する。
「何があった?」
「俺にもわからねぇんだ、急にやつらが現れて荷馬車を襲ったんだ。護衛の奴らも瞬く間に死んじまって俺の命も取られると思ったんだが、連中どういう訳か荷物や俺に目もくれずに護衛を一人攫ってどっかに言っちまったんだ。」
「なんだと?それは不自然だな。解った護衛は俺が救出する。特徴を教えてくれ。」
「あ、ああ。赤い髪した年端もいかん女だ。何処の田舎から出てきたのかやけに訛っていた。名前は特に聞いちゃいないが今追いかければまだ間に合うかもしれねぇ、助けてやってくれ。」
「解った。お前は町まで逃げろ。気をつけろよ。」
「ああ、くそっこの魔物除け全然効いてねぇじゃねぇか。」
走り去る男を横目にマナを探りながら林へ入る。アリィと横並びに林の中を駆けながらマナに近づいていく。攫われた護衛とは恐らくハーナの事だろう。しかし何故あの少女が?と考えている内にマナが窒息の射程内に収まった、遮断を使用し足を止め敵を観察する。梟と熊が混ざったような生物が宴の様なものをあげている。
「アリィ、あいつらはなんなんだ?」
「あれは梟熊だ、大昔の魔術師の実験の末生まれた合成生物、廃棄された魔物だ。しかし変だな、奴らにはおおよそ知能と呼べるものは存在しない。変異種でも生まれたのか?それにやつらは確か戦争用に開発されたが使い物にならない、果実や小動物を捕食する程度の比較的温厚な性格で自分たちから人間を狩るという事はしなかったはずだが。」
とアリィが疑問の目で梟熊を観察している、その時。背後からアリィを何者かが襲いかかった。
ハッと振り返ったアリィは何処からともなく盾を創り出し攻撃を受ける。
「ちぃ!」と声を上げるアリィ。
相手の力が女性一人を吹き飛ばせるほど大きかったようで、宴の中へ弾き飛ばされてしまった。まずい、と咄嗟に窒息を行使するが何も反応がない。何故だ?何故効かない?
「智也!こいつら合成生物は体内にマナを宿していない!窒息は効かない!」
梟熊に取り囲まれたアリィが叫ぶ。
遮断は有効のようで幸い俺の姿は奴らには見えていないようだ、アリィに駆け寄って「解った、どうすればいい。」と聞く。アリィはふっと小さく笑い。
「離れてまあ観ていろ。」とだけ言うと、何処にそんな力があったのか俺を押し出し吹っ飛ばした。
「うぉ!」
慌てて受け身を取り、浮遊で木に駆け上がって観察する。
先程の盾と同じ様に何処からともなく現れた、アリィの身の丈より長い、2m程のハルバードを手にしていた。
いや、あれはハルバードと言って良いのだろうか、斧頭の大きさは智也が知るハルバードより明らかに大きいのだ。あれは、もしや戦斧なのか。あんな物を振り回すつもりか!途端、アリィは直立したまま斧頭を地面に叩きつける、その衝撃で地面が揺れバランスを崩した梟熊を一体屠り、返し刀でもう一体。たじろいでいる梟熊を見つけまた一体。後ろから襲いかかる者も居たが前を向いたまま戦斧を肩に担ぐように立て、喉に槍の部位を突き立てる、そして戦斧を持ち上げそのまま背負投げの様に前に叩きつけ、頭を両断する。ふぅ、と息を吐くと。腰を落とし脇構えの形を取り「さあ、次はどいつだ?」と言う、その鬼気迫る顔立ちに怯えて逃げ出そうとする者も現れたが。
「逃げるな!逃げてはならん!」
と一際大きな体躯で、頭に大きな二本の羽飾りを持った梟熊が逃げ出す他の者を制止した。
「ここで奴の首を取るのだ!取れたものには供物をくれてやるぞ!」と続けて叫ぶ。
「ほぉ、私の首を取ると言うか。」
ブワッ、と離れた所に居た智也にすら伝わる殺気を放ち、長であろう梟熊を見据え
「良いだろう。命捨てたくば掛かってこい。」
掛かってこいと言いながら自分から踏み込み、脇構えから切り上げる。進退窮まり我武者羅に襲いかかって来た下っ端も片付けてしまい残るは長のみ。
「ま、まさか全員やられてしまうとは…」呆然と仲間の遺体を眺めている長は、最早戦意など残っていないように見えた。
「貴様の敗因は、この者たちと共に戦いを挑まなかったことだ。一番有利になり得た機会を逃してしまったお前の浅はかさ、そして、私の首を取れる等と高を括った事だ。」
「ならば、お前に挑み、仲間の元へ行くとしよう。」
その言葉を最後に両者とも放たれた矢のように前進し、切り結ぶ。20合程斬り合わせた所で、梟熊が倒れる。しかし、まだ絶命はしていない。致命傷を受け槍に体を貫かれ地面に貼り付けにされたにもかかわらず梟熊は未だに殺気を抑えておらずアリィを見据えている。
「アリィ、終わったか?」
梟熊に近づき遮断を解除する。
「ああ、終わった。だが既にその死に体で、まだそれほどの殺気を宿そうとは。貴様らは温厚な魔物ではなかったのか?」
「お、お前のせいだ。」
「私の?」
「お前が何者かは知らん、だが。二三日前からお前の気配を強く感じた。それからだ、頭の中で壊れそうなくらいに『人間を殺せ、神々を殺せ』と伝えてくる。これは呪いだ、我ら魔物の血に植え付けられた呪いだ。我ですら平静を保つことが出来んというに、他の者はとうの昔に壊れてしまったのだ。人間の血肉を喰らい、より魔物らしく変貌してしまったのだ。我らが何をしたというのだ、人間の勝手で生み出され、野に放たれ、狩られる恐怖に怯え人間の手から逃げるように生きてきた我らが。」
「…私は…私が…原因だと…?」
梟熊の言葉に動揺するアリィ。それは最早女神ではない、外見相応の、ただの女性の姿に見えた。しかし、数秒もしない内に調子を取り戻し。
「人間の所業について、私から言えることは何も無い。だが、お前の来世に祝福を贈ろう。私からの手向けだ。」
アリィの手から光の粒が梟熊に降り注ぎ体に染み渡っていく。するとどす黒い煙が体から立ち上り消えていく。
「お、おお。これは…やはりお前、いや、貴方様が女神だったか。我のような者にこの様な祝福を頂けるとは…叶うならば、来世では貴方様と…」
最後の言葉を言い切る前に息絶えてしまった。安らかに眠れたのだろうか。
「アリィ、彼が言っていたことはどういう事だったんだ?」
「解らない、魔物にそんな呪いが仕込まれているなど、聞いたこともない。」
「アリィは以前にも顕現したことがあったのか?」
「ああ、何度かあった。しかし、この様な事態初めて遭遇する。」
「なら、アリィ。気配を隠した方が良いかもしれない。神としてではなく、人の姿を借りて権化できるか?」
「それは出来る、そうした場合少し弱体化するが、そうも言ってられんな。私が居るせいで、被害が広がってしまう。」
「この事、要とフィーレに伝えたほうが良いな。」
「ああ、よろしく頼む。私は姿を変えておく。」
要に連絡を取る、深夜だったが連絡に出てくれ、今の状況を説明する。「ほぉ、ほほぉ。」と理解を示してくれた。ちょ、ちょっとまってね!と言った後、遠くでフィーレを起こす声が聞こえる。フィーレに替わり、改めて説明をすると、やはりフィーレも驚いていた。アリィと同じ様に人の姿で権化して貰うこととして通信を切る。
アリィはまだ時間が掛かりそうだったから、その間に魔石を死体から抜き出す。5つ魔石を抜き出し、残りは吸収でマナを還していく。辺りには何も無くなってしまった。
「智也、終わったぞ。」とアリィに声を掛けられ振り向くと。
「アリィ、なんか縮んだ?」
「う、うるさい!しょうがないだろう、弱体化した以上あの体は大きすぎて維持が出来んのだ!」と、170cm程あったアリィの背は140cm程に縮んでしまっていた。要と同じくらいの背丈だ。アリィは少し顔を赤らめふんっ!と拗ねている。
「それって、すぐに元に戻ることはできるのか?」
「ああ、出来るぞ。一度設定してしまえば後はすぐに入れ替われる。」
「なら安心だ、すぐ元に戻って貰わないと今回みたいな事があった時全滅してしまう。」
「早く智也も修練を積むことだ、それが生き延びる道に繋がる。」
「反省してる。早く外的損傷を与えられる魔術を作っておかないとな。でもこの間の森人狼は何故今回のようにならなかったんだ…?」
「前も言ったがあの森は一種の聖域のようなものだ、私達の気配は聖域によって紛れていたのかもしれん。」
「なるほど、ありえるな。取り敢えず今出来ることはない、か。」
「うむ、では帰ることにしよう。早く帰って寝たいぞ。」
「そうしよう…でも待て、なんか忘れてる気がするんだが…」
あ、と思い出しハーナを探す。探査を駆使し、林の奥地に木で作られた檻に囚われているハーナを探し当てる。
「ああ、トーヤの兄さん。もう駄目かと思いやしたよ。」
と泣きながら檻からでるハーナ、しかし何故ハーナは囚われたんだ?という疑問が残るが、どうやらアリィのマナが少しばかり彼女の周りを浮遊してしまっていたらしい。それを梟熊に感知されてしまったのだ、なんというか運の無い子だ。
その後小さくなったアリィに驚いたりもう歩けないとうだうだ愚痴りながらもなんとか町まで辿り着いた。
その頃には朝日が昇りつつあり、丁度ガラガラガラと跳ね橋が降りて来ていた。さっさと宿屋に行こうと思ったが、討伐隊の連中がまだ出ていないということで、空くまで食堂で待っていて欲しいと女将に言われる。
食堂で朝御飯を食べながら、今後のことを話したいのだが…何故かまだハーナが一緒にいる。
「あっはっは、兄さん達に助けられた手前、恩返しがしてぇと思いましてね。なんか私に出来ることはねぇすかねぇ。」
「なら何か考えておくから一旦別れないか?」
「いやぁ、そう言ってトーヤの兄さんどっかいくつもりでしょう?その手には乗りませんぜ。」
「別に何か礼が欲しくてやった訳じゃない、気にしないでくれ。」
「うーん、ほたらしょうが無いすねぇ、これをお持ちくだせぇ。」
「これはなんだ?札?」
「これはですねぇ、呼び出しの札って言うんでさ、トーヤの兄さんが私の助けが欲しいと思った時、この札にマナを通してくだせぇ、そうすっともう片方を持っているうちが呼び出されるって寸法っす。」
ではこれで、とハーナは立ち去った。二人で話している間、アリィはひたすら食べていた。何にも目もくれず話も聞かず。何故かと聞いてみると、どうにも何を食べても普段より美味しく感じるのだそうだ。権化の約得だな、と口を拭いながら言う。食後にお茶を飲んでいる頃、ゾロゾロと装備を整えた人達が宿を去っていく、そろそろ部屋が空く。アリィはさっきからあくびを噛み殺している、寝坊助の女神様は限界なのだろう。
新しい事態が次々現れてきている。情報整理もしないといけない。ああ、そうだ。地図屋も探さないと。やることが一向に減らない、一つ一つ潰していかないといけない。宿に入る前に飯代を支払う。ハーナめ、自分の分払っていないじゃあないか。早速札を使いたい気持ちになるがなんとか抑え、3人分支払う。今は、眠りにつきたい。