05話
その日は門出に相応しいと言えるくらいには晴れた日になった。森のお陰だろうか、日差しの割には暑さを感じないものだなと考えて森の中を荷物を背負い進む。少し足場が泥濘んでいる所もあるが小屋から見ていた時に比べればそこまで歩き難いという訳でもない、森林浴をしている気分だ。平和ボケしていると忘れがちになるが、森には色んな生物がいる。魔物と呼ばれる生物も。
そのうち魔物とも出くわすかもしれない、徒歩で進むと森を出るまでに数日掛かると言う話だった。流石に数日間何にも出会わないという事は楽観的すぎる、用心に越したことはないだろう。
一先ず今日は夕方まで進むと決めたから黙々と歩く。草木を分け倒木を跨ぎ、進む、進む。
ガサガサ、ガサガサと聞こえる2つの音、一つは俺の足音、ちらりと後ろを見る。何も気にする様子もなく着いてくる人物。
「どうした智也。今日はここで休むのか?」
「いや、まだ進むよ。」
と、いつかの仏頂面は何処へやら、割と好意的に接してくれているアリィ。
そう、結局ソロで行動する為の作戦は失敗したのだ。どうしてこうなった、とは言わない。突発的に思いついた作戦なんてこんなものだ、普段から犯人と疑われるような行動をしていなかったのだから当然と言えば当然だ。
数時間前
出立前、打ち合わせ通りに要に話を切り出して貰った。しかし2人はキョトンとして「本当に智也が襲ったのか?」とアリィ。
「ああ、そう。うん。俺がやった。」
「…なんでそんな嘘をつくんだ?まだ一週間程しか君と付き合いはないが、少なくともそんな行動を起こすような人間には見えないぞ?私の目には君は知的好奇心、知識欲旺盛でそれ以外はからきしという風に写っているんだぞ?」
「それに、そんな汚れた魂をもった人間を、私達が召喚すると思った?」
「全くだ、なんのつもりかは解らんが少し浅慮だぞ?」
2人に問い詰められて身動きが取れなくなっていく。少し誤算だった、まさかそんなに好意的に思われているとは思わなかった。彼女らの言い分からすると魂なんかが関係していたのかと少し思考が逸れる。
「うーん…」ぐぬぬ、と何か他に言い様は無いか考え倦ねていると。
「智也さん、もう事情話したほうがいいよぅ。」
あわあわと要が身振り手振りで降参してしまった。
仕方がない、と俺が思う事を話した。神というものが信用出来ないということ、あまりにも用意周到すぎると言う事。さらっっと不信感を持たれない程度に。
「うーん、必ずしも四人で行動しないといけない訳ではないから。私としては別に構わないわ、私達のことを信用して貰う為にも仕方がないわ。ただ、一人で行くということに関しては反対よ。」
「それには私も、まあ賛成だな。君の『確証を得るまで信じ切ることをしない』というのはされている私からしたら少し不快だが、しかしそれ故に君の考えを信用出来る。君のその信念は私達の信頼を得ることに成功した。」
話が上手く進みすぎて少し不安だが、アリィは着いて来るものの別行動を容認して貰えるならこれ幸い。この信頼が揺らぐ事がない内に、話を長引かせる必要も無いと思い、話を打ち切る。
「なら、俺と要は別行動を取る。定期連絡はするから心配ない、俺の中で答えを得られたら合流する。」
あまり話を長引かせたくないのを悟ってくれたのか、要も答える。
「うん、解った。智也さん、気をつけてね。」
「ああ、要も気をつけて。」
そんなこんなで結局の所アリィは引き離せなかった。まあこれも想定していた事だから良しとしよう。
別れてから数時間程歩いただろうか、木々の間から見える陽が夕方位に差し掛かろうとしている。地球なら今は飯時だなと少しばかり望郷の念に駆られる。この世界には時計はあるのだろうか、なければ作っても良いかもしれない。
今日は少しだけ早めに休むとしよう、魔物といつ遭遇するか解らない、ずっと気を張って歩いているからいつも以上に疲労が溜まる。危険を察知しながら歩くことがこれほど疲れるものだったとは…索敵出来る魔術を作る必要があるなこれは。
ふと、前の木々が途切れていることに気づく。何かと思いそっと草木の合間から顔を出す。
「あれは…」
「智也、魔物だ。」とアリィが表情を消し教えてくれる。
開けた場所には小さな集落があり、そこには大きな木槌を持った二足歩行の狼達が30体程闊歩している。
アリィが魔物と言ったからには魔物なのだろうが、俺にはどうしても彼たちが魔物には見えなかった。何故か?そもそもの話、俺達地球から人間にとって彼らが『魔物なのか生物なのか』の区別がつかないからだ。アリィは魔物と思い、俺は生物と思っている。これは先に確認しておくべきだったと小さく舌打ちする、そもそもアーガスの生物は総てマナを源として生きている、であるならば魔物と生物の境界線なんて存在しないんじゃあないのか、あったとしてもそれは非常に曖昧なものなのだろう。『何を基準に魔物と認定しているのか』これの答えを明確にしておかなければならない。
「アリィ、あれは本当に魔物なのか?」
「ああ、そうだ。名前は森人狼。人狼系統の魔物だ。」
「そうか。…アリィ、後で聞きたいことがある。」
「?ああ、解った。それで、どうする?私も共に戦うか?」
「いや、ここは一人でやるよ。」
と答え、音を立てないようそっと荷物を置き呪文書を取り出す。ここまでにいくつか作っておいた魔術を確認する。よし、使う魔術はこれでいいだろう。
「遮断」を行使。
これは要と話をした時のごく小規模バージョン。自分一人だけを覆う隠密用魔術。
「浮遊」と次の魔術を行使し、そばにある木の上に登る。
そしてふぅ、と息を吐き。集落が一望出来る位置につく。アリィが何をしているんだ?という表情で俺を探している。なるほど、神とは言えど魔術行使の影響は受けるわけか。これは一つ収穫だ。
そして、最後の魔術を唱える。「窒息」
すると、森人狼達はバタバタと倒れだし起きているものが居なくなる。集落が静まり返る、先程まで活発に動いていた彼らは、今はもう誰一人動いていない。恐らく苦しむこともなかっただろう、そう信じたい。この世界で、初めて生物を殺した。ああ、この方法を取ったとしてもやはり辛いものだ。
浮遊を維持したまま木から飛び降り、着地する。遮断を解除し生き残った者が居ないか確認して回る。どうやら誰も生きては居ないようだ。良かった。
森人狼達の亡骸に「吸収」を行使する、亡骸は分解されマナへ変換されていく。宝玉がマナを吸収、貯蓄し、宝玉の容量を超えたマナは大気へ還って溶けて消えてしまった。
「智也、今一体何をした?」
アリィは困惑した表情で尋ねる。
「なにって、攻撃だ。」
「命を直接刈り取る魔術を作ったということか?」
「いや、試してみたけどそれはマナの消費量が多すぎたから破棄した。対象のマナ保有量が多ければ多いほど余分にマナが掛かってしまうみたいなんだ。つまりその魔術で倒したとしてもマナは赤字になる。」
「なら、これは一体…」
「アーガスの生物は、大気に存在しているマナを呼吸で取り込んで生きているって教わった。なら、対象の頭周辺のマナを枯渇させれば欠乏症で絶命する。一呼吸でもしてしまうと、脳に多大な損傷を受けてそれで終わり。成功するかは解らなかったから一応、遮断を使ったんだ。」
そう、これは地球での酸素欠乏症と全く同じ、呼吸する生物になら誰にでも効き目はあるということだ。魔術が効かない、効きにくい生物が居ない限りは問題ないだろう。
「これが、お前の戦い方だというのか。これから先、こんな卑怯な手段で戦うのか。」
アリィはワナワナと肩を震わせ非難の目を向ける。恐らくこの世界に相応しくない戦い方だったのだろう、彼女が思い描いた戦いとの乖離があったのだろう、だがこれは仕方がないことなのだ。
「卑怯もクソもない、これがマナの消費量が一番少なくて済んで効率が良いんだよ。あと、『殺した』っていう認識を極力減らしたかったんだ。」
「しかし、これはいくらなんでも…」
「すまない、アリィの言いたいことは解る。でも俺はこの世界で育った戦士ではない、戦闘の訓練も経験も潤沢に積んだ訳でもない。強く傷つかない体も持っていない。だから深い怪我をするわけにはいかないんだ。マナを持たない俺には回復力促進の魔術は使えなかった、怪我を治そうとしたら怪我の因果関係にまで干渉した魔術を構成するしか無い。でもそれは、マナの消費量が途方もなく多かったんだ。苛烈な戦闘ごとにそんな事をしていたらそれこそこの世界のマナが枯渇してしまう。良い解決法を思いつくまではこうするしかない、それを理解して欲しい。」
「そうか、私は智也に無理強いをしてしまったのだな。すまなかった。」
肩を落としたアリィに仕方がないさ、と声を掛ける。神と言っても万物を理解していると言う訳でもないようだ、と言うか召喚した人間のことはせめて知っておいて欲しかったが…
「この事は、要は知っているのか?」
「ああ、事前に話してある。要も無理な戦いをしようとは思わないだろうさ。」
「そうか、よかった。」と安心したようにアリィは胸を撫で下ろす。
さて、と一息つき辺りを見回す。
「今日はこの集落で休むとしようか、丁度寝泊まり位なら出来そうだ。」
「ああ、そうだな。そうしよう。」
集落にある焚き木を利用して、簡単なご飯を作る。手持ちはあまり多くできなかったから今の所は保存が利く食料を食べるしかない。そういえば要は倉庫とか言う魔術を作っていた、荷物を詰め込めるものらしい。それも小説由来のものなのだとか。いずれは俺も作らないといけないが、その前にやることがあるから今は後回しだ。
ご飯を食べ、一息ついた後、焚き木を囲んで2人で座っている。さて、さっき聞きたかった話をしよう。
「そういえば智也。」「なあ、アリィ。」発言が被ってしまう。ふふっと笑いあい、発言を譲って貰う。
「この世界の魔物と生物の明確な境界線って何なんだ?」
「それは…難しいな。その発言が出るということはそもそもアーガスの生物の起源が同じでそれなら魔物も生物も関係ないのではないか。と言う事には気付いているんだろう。明確に魔王に与している種族に関しては魔物と言って問題無い、問題なのはそうでない種族に関してだな?」
「ああ、そこの判別が俺にはつかない。無駄な殺生はしたくないし、解っているなら知っておきたい。判別をつける魔術を作るのは避けたい、常時発動させる必要がある魔術を作って枠を潰したくないんだ。」
「それは、どの立場で見るかによって変わるんだ、例えば人族の場合敵対種が多いからほぼ全ての種族が敵性生物となってしまう、耳長や鉱夫等の亜人族の視点からみると人族は敵対種、魔王を筆頭とした魔族は不干渉族と言ったようにどの立場に自分を置くかによって変わってしまう。智也は人族だから人族の立場で戦って欲しい。」
人族の立場で戦う、か。まあ地球から来たと言っても人間だしそれに異論は無い…のか?いや、まて、そもそも魔王や魔物を倒すことが何故世界を救うことに繋がるんだ?仮に魔王を倒したとして、その後どうなるんだ。『敵対種が多い人族』が次の循環の妨げになるんじゃないのか?なら人族も討伐対象になるかもしれないということになるのか?
これは…いや、ちょっとまて、なら俺の『世界を救う』『マナの循環を正常に戻す』という立場からするとどうなる。
もし、仮に、仮にだ。
『生物の飽和状態』こそが、マナの循環に最も悪影響を及ぼしているとすれば…
恐らく、人族も、魔族も、無い。総ての生物が、討伐対象になってしまう。
自分の考えにゾッとしてしまう。いや、考えすぎだ。ありえない、魔王が出現するまでは正常にマナは循環していたはずだ。…もし、本当に俺の過程が原因なら。魔王に会って話を聞く必要がありそうだ。
これは、彼女らに言うわけにはいかない。そして俺は知らなければならない、この世界に訪れる終末の、真の原因を。