04話
そして、一週間後。
明日はいよいよ外に旅立つのだ、今日までにこの世界の基礎知識や簡単な言語の習得。魔物との戦闘訓練。そして考えうる限りの魔術の創造。出来ることはやった、後は出たとこ勝負となる。
さて、今は夜、寝室のベッドに座っている。壁にはこの世界の服が掛かっている、明日からあの衣装に身を包んで動くのだ、俺は少し嫌だったが要はノリノリで服を着ていた。これがこの世界の普通なのだ、早く見慣れないといけない、外に出てキョロキョロ観察しているのも不審に思われるだろう。
そんな関係の無いことも考えつつ、やはり頭から離れない事があった。神殿にいた時から感じていた疑念が俺にはあった。向こうの準備が良すぎる、まるで『今まで何人か召喚していた』かの様な手際の良さだ。
呪文書の枠、この家の設備、そして この世界にとって好ましくない結果を生む、という制約。
誰かが実際に体験して、それをフィードバックしたかのような手際と充実性。与えられた加護は確かに有用だが、これも大丈夫だと判断出来るまでは過信するのは危険だろう。作った魔術、使用した魔術のログがとられているかも知れない。呪文書と宝玉の関連を切り離す事を念頭に置かないと。
仮に過去に誰かが召喚されていたなら若しかしたら何処かの書物に記されているかもしれない、探す価値はありそうだ。アリィとフィーレから説明は受けたが、それだけじゃない問題がこの世界にはありそうだ。魔物と魔王が何故世界のマナを食い尽くそうとしているのかも、何故それらの存在が害悪になるのかもよく解っていない…
と、そこまで考えた所でコンコンとドアがノックされる。
「智也さん、要だよ。入って大丈夫?」
どうやら要のようだ、何の用だろうか
「ああ、開いてるよ。」
と答えると、要はドアを開け部屋へ入ってくる。そして閉めたドアに背中を預け少し深刻そうに話し始める。
「智也さんは、元の世界に帰りたい?」
「ああ、向こうには妻と子が居るんだ。帰らないと。」
「そうだよね、帰りたいよね。正直に言うと私はあんまり帰りたくないの、あそこは私の居場所はなかったから。やりたいことも、大切なものもなかったの。」
「と言っても、俺達はこの世界にとって異邦人なんだぞ?本来居ないと行けない場所もあるし、それに此処でなら居場所を得ることが出来るとも限らないだろう。」
「それは、そう。解ってる。でもやり直したいの、私はこの世界に呼ばれてやり直す機会を与えられたんだって思ったの。」
彼女が地球でどう言う環境で育ったのかは聞いていない、だがこの年端の行かない少女がそこまで思い詰める位には、過酷な環境だったのだろう。それを咎めて絶対に帰らなければならないと、俺は言えなかった。
「まあ、そこまで言うなら全部終わった後に交渉してみても良いんじゃないか?召喚するのも送還するのもマナを食うみたいだから帰らないって言うなら向こうにとっても渡りに船だろうし。」
「うん、ありがとう。そうだね、そうだんしてみるよ。ちょっと元気出たかも。」
「君が夢にまで見た展開なんだろう、期限はあるけど自由に冒険すればいいさ。」
「ん?智也さんは違うの?」
「ああ、じゃあその前に。」
と、そこまで言った所で呪文書を呼び出し部屋を覆うくらいの結界を貼る。
「ん?何したの?」
「これは、この結界内にいる限りに置いては外界からは存在を認識できない結界。いつか使うだろうと思って作っておいた。」
「ああ、気配遮断と遮音だ。」
「なにそれ、小説の話?」
「そうそう、よく出てくるんだよ。内緒話する時に。」
「そうか、なら話は早い。今からするのは内密の話。」
「うん、良いけど。それで?智也さんはこれからどうするの?」
「俺は、此処から出たら一人で行こうと思ってる。君は何も感じなかったか?神の言い分と、この宝玉に加護。予め用意されていたとしか考えられないこの家。あまりにも都合が良すぎて、用意周到すぎると。」
「え?ああー。そうかも、確かに。でもちょっとそれは偏執気味な気もするよ?」
「だとしても、そうじゃないっていう確証が俺は欲しいんだ。なんでもかんでも鵜呑みにして信じたら痛い目に合う。過去それで随分痛い目にあったんだ。」
「そうなんだね…うーん、私は小説をずっと読んでたからこれが『テンプレ展開』だってずっと認識してた。でもそうか、転移物を全く読んでない智也さんからしたら明らかに不自然に感じるんだね。」
「テンプレ?なるほど、ある程度は所謂お約束の展開って言うのがあったのか。子供向けのアニメで言う悪者が街とかを破壊して正義の味方が現れて倒すっていう。」
「うん、だから私はすんなりこの状況もこの展開も受け入れられた。あ、だからたまに訝しげな表情してたの?」
「ああ、だからそれを確かめたいと思っている。一人で世界を回ってみて、この世界の過去と現状を把握して俺に出来ることをしようと思う。」
「それは、ちょっと寂しいけど、皆一緒に行くんだと思ってた。でも、いいよ。智也さんがそうしたいなら、協力する。」
「そんなすんなり受け入れて貰えると思ってなかったな。」
「私、人を見る目はあるんだよ?前はそのせいでちょっと敵を作りすぎちゃったけど…それで、私は何すればいい?」
「言い方は悪いが君にはあの神達の目を逸らすデコイになって欲しいんだ。と言っても特にあれをしろこれをしろとは言わない。ただ女神2人の目を引きつけておいて欲しいんだ。出来れば、だけど。」
「でもアリィは智也さんと一緒に行くんでしょ?引き離せるの?」
「それはアリィ次第だな、彼女は正義感が強そうだからそこをつけばなんとか。絶対目を離してはだめだと思われればアウトだけど、見限られてたまに様子を見に来る位に留められれば重畳だな。勿論、調べた結果共に行動して問題ないと解ったら戻ってくるさ。」
「でもどうやって離れるの?何かよっぽどの事が起きない限りそんな状況にはならないんじゃ…」
「思いつきだから上手くいくかは解らないけど、この結界を使う。多分彼女らも結界が使われたことは感知しているだろう。だから君は明日の出立前に別行動したいと言って欲しい、どうしたか聞かれたら俺に襲われそうになったとでも言ってくれればいい。少なくともそれで別れて行動する口実にはなるだろう。行動に対して深く干渉出来ないっていう所を逆手にとれば多分なんとかなる。」
実際のところ深く干渉出来ないというのがどの程度のものか解らないが、一緒に下界に降りて行動すると言っていたからそばに居る位には干渉出来るのだろう。それで要が2人を連れて行ってくれれば僥倖。
アリィが着いてくるとしてもそれはそれでやるしかない、彼女からも情報を集められるかもしれないし、アーガスで調べた事で結論を得られたのなら問い詰めても良いかもしれない。彼女から得られる情報が多いかどうかは、解らないが。
「それなら、うん。出来そうかな。なら泣いて部屋に帰ろうかな、その方が信憑性在るかもしれないし。」
「ああ、助かる。」
ふふっと互いに笑う、要はふと思いついたかのような顔をし、その後考え事をするような素振りを見せ、うんうん唸っている。よく表情の変わる子だ。
ひとしきり考え倦ねた後、ぱっと顔を上げ呪文書を取り出したあと割符の様な物を2つ作った。
「なにそれ?割符?」
「ううん、スマホみたいなやつ?別行動はするけど、連絡は取りたいから。これ持ってたら2人で話せるよ!」
「なるほど、これは確かに便利だ。互いの情報を交換出来ると良いな。」
「智也さんは、まず何を調べるの?この世界のことって言ってたけど、アテはあるの?」
「あるわけないさ、取り敢えずは狩りをしながら情報収集かな。そうだ、君が旅した先に図書館みたいなところがあれば連絡して欲しい。過去の文献を洗いたい。」
「うん、良いよ。約束する。…じゃあ、そろそろ寝るね。ちょっと緊張してたけど、すっかり大丈夫になった。」
「そうなのか、それは良かった。おやすみ、ゆっくり寝るんだぞ。」
何それ、パパみたい。と笑った後、ふんっと気合を入れ泣き真似を始めた要は自室へ戻っていった。
鳴き真似をするのに気合が必要なのだろうか。変わった子だ。
結界を解除する、虫の声や木のざわめきが部屋に帰ってくる。聞いたことも無い声だがまあ、それはそれで風情がある。明日は早い、最悪アリィに殴られる事にもなるかもしれないが必要経費としよう。
一人で行動出来るようになったらまずは大まかでも良いから地図が必要だな、魔術で作っても良いが若しかしたらこの世界にも同じような魔術があって地図屋なんて職業があるかもしれない。全体のマナを把握出来ない限り無駄には出来ない。やれやれだ、でも仕方がないと肩を竦めベッドに潜り込む。
いよいよだ、いよいよ始まる。地球に帰る為の戦いが。