03話
「さあ、ここがアーガスだ。」
光が小さくなり周りの景色が確かめられる程度になった頃、アリィが言う。今は昼だろうか、陽の光が眩しい。空を見上げると、月らしき衛星が見える。ただそれは地球の月よりも大きい、衛星が大きいのだろうか、距離が近いのだろうか。昼でもここまで美しいんだ、夜が楽しみになってしまった。この空を見ただけで、自分が本当に異世界に来たのだと実感することが出来た。空の色は地球より少し淡い、そして幾分か高く感じた。
視線を前に向けると目の前の森は鬱蒼としている。青々とした森が広がっていて陽の当たりは悪そうだ。
自分たちが立っている付近は切り開かれておりその中心にログハウスがあった、そこが暫くの住処となるのだろう。
「じゃあ皆、取り敢えず中で休憩しましょうか。」
フィーレに勧められ、ログハウスに入った俺達はテーブルのに座る。丁度4席分、なるほど、来客は想定していない訳か。
「はあ、本当に異世界転移しちゃったんだなぁ。」
「異世界転移って何です?」
「え、智也さん異世界転移知らないんですか?」
と、いきなりファーストネームで俺の事を呼ぶ要。その距離感の近さに少しだけ顔をしかめてしまった。
「ほらほら、これから長い時間共に過ごす家族って言うと大げさかもしれないけども、皆敬語なんて使う必要はないわよ。」
とフィーレが間に入ってくる。確かに、これからの事を考えるとある程度は親しい関係になっていたほうが円滑に進みそうだ。その後改めて簡単に自己紹介を終え軽く雑談、要から異世界転移という物を教えてもらった。どうやら今俺達が体験している事を書き記した小説や漫画が流行っていたそうだ、若しかしたら別の世界に転移した人が地球に帰ってきて実体験を書籍化したのかもしれないと、若干興奮気味に要は話す。なるほど、だから要は神殿でのやり取りを抵抗無く飲み込めたのか。
暫く過ごしているとアリィが紅茶を持ってくる。
「この世界の紅茶だ、口に合うと良いが。」
元々鋭敏な味覚を持っているわけでもなく、特に違和感無く飲むことが出来た。
体に合わないかとも思ったが問題ないようだ。
「飲みながらでいい、加護と今後についての話をするから聞いてくれ。」
と、アリィが軽く咳払いをして言葉を続ける。
「まず、我々が今此処に居る家を中心に半径50m程結界を張ってある。これは外からの認識を阻害するもので結界外の生物は我々そしてこの家が在るという事を認識出来ない、ここに居る限りは危険に晒されることはないだろう。ただ、我々は此処に永住するわけではないからいずれ結界外へ出なければならない。結界を出るためにはまず何が必要だと思う?」
「魔物の狩り方?」
「それも必要だが、それはもう一つ後だな。智也は解るか?」
「もしかして、呼吸か?」
「あら」
「ほう」
とフィーレ、アリィは何やら関心したように俺を見た。
「智也、正解だ。」
「え、私達此処から出たら息できないの!?」
「可能性としてはありえると思ったんだけど、まさか本当だとは思わなかった。」
そう、この世界にはマナと呼ばれる物質が存在している。そしてそれは命の源でこの世界を循環している。つまりマナは元々大気を浮遊している、であるならば恐らく地球とは大気成分が異なるんだ。異世界から来た俺達が適応出来る訳がない、俺達の存在は、地球からコピー&ペーストされたかのような状態なわけか。いや、カット&ペーストか?
「あ、本格的に説明をはじめるなら、私は夕ご飯の準備をしてくるわね。」
そういってフィーレは席を立ち外に出かけていった。何か買うのだろうか?狩るのだろうか?
フィーレを見送り、アリィはこちらに向き直る。
「授ける加護の1つ目は生命維持及びマナ収集の宝玉。生命維持は平たく説明するとこの世界で呼吸できるようになる。そしてマナ収集に関しては君達は体にマナを宿していない、そしてマナを体に取り込むことも出来ない。この世界で生きるには少なからずマナが必要になるからマナを収集する魔術道具を作らなければならない。」
と、アリィは蒼い色をしたソフトボール大の球を2つ取り出した。これを元に魔術道具を作るのだと。話によると空の状態だと透明に色になって行き視覚的に残量が確認出来るとのこと。マナが充填されていくにつれ今のような深い蒼色に変化するみたいだ。
「減っていってるマナを取り込んで大丈夫なの?」
「ああ、世界が正常になって君達を送還した後この宝玉をオーキス様が砕いてマナを開放するんだ。その頃には十分なマナが充填されているだろう。さて、魔術道具を君達の要望に沿った形状で私が作ろう、装飾品ならどういった形が良い?」
俺が腕輪を選択し、要がネックレス。「解った」と頷いたアリィは宝玉に手を翳す。手から光が放たれ宝玉も光を宿し形を変えていく。数分もしない内に宝玉はそれぞれの装飾品に形を変えた。細やかな装飾がなされ、真ん中に宝玉を備えた銀色の腕輪とネックレスが俺達の目の前に置かれた。
「わあ、綺麗。」
「あくまでこれは間に合わせだ、今後君達が冒険する過程で自分で武器に埋め込んでも防具に仕込んでも良い。解りにくいが銀の部分も宝玉で出来ている、宝玉の体積を上回らない限り自由に変形も分割も可能だ。」
「神様と同じことが俺達にも出来るのか?」
「出来るようにするのが加護の力だ。取り敢えずその宝玉を身に着けてくれ。」
アリィの言葉に従い俺達はそれぞれの宝玉を身につける。
「よし、それではもう一つの加護を教えよう。二人共声を出しても良いし頭の中で思い浮かべるだけでも良い。『呪文書』と唱えるんだ。
「「呪文書」」
そう唱えると目の前に本が現れる、パラパラと捲ってみても本は白紙で何も記されていない。
「白紙?何もない。」
「本の形態を取っているのはあくまで概念的な話だ。呪文書と聞いて君達が本を思い浮かべたから本になった。例えば他の媒体、そうだな石板を思い浮かべれば石板として現れるだろう。消す時は消える様子を思い浮かべれば良い。」
その言葉にピンと来たのか、要は一度呪文書を消すともう一度呪文書と唱えた。
するとパソコン画面というべきかホログラムというべきか、何らかのメニュー画面のような状態で呪文書が現れたのだ。
「おぉぉ、出来た!小説で読んだ通りの画面だ!」
「変わった状態の呪文書だな、私達は見たことないがそれが君達の世界の書物に記されている呪文書なのか?」
「うん、ずっと憧れてた。本当に手に出来るなんて。」
要は惚れ惚れとした様子でメニュー画面を見つめている。
「まあ、形態は好きにしてくれて構わない、肝心なのは中身だ。創造の女神である私が君達に与えるもう一つの加護、それが『魔術の創造』だ。君達はマナを体に宿せないし宝玉を介さなければ魔術行使も出来ない、この世界の魔術は総て体内のマナを消費し発動させる作りになっている。つまりはこの世界の既存の魔術は例え宝玉を介したとしても君達に扱うことが出来ないんだ。だから君達には独自の魔術を作る術を授ける。そして君達が作った魔術は呪文書にストックされていき、いつでも引き出して行使することが出来る。」
「何でもいいの?どんなことでも?」
「例えば元の世界に還る魔術を作ったりも出来るのか?」
「あー、質問は一人一つずつにして貰えると助かるんだが、まず要の質問。何でも良い、例えばこの世界に存在しない魔術を作っても良いし既存の魔術に寄せた物を作っても良い。次に智也の質問だが不可能だ、それは『この世界にとって好ましくない結果を生む』という内容に抵触する。マナを大量に消費する上に転移者を失うことになる、だから智也がその魔術を創造したとしても宝玉が打ち消す。その事を念頭に置いて行動して欲しい。因みに、隠れて作ろうとしても自動で打ち消されるからそのつもりでいてくれ。」
「何でも作れるけど制限はあるということか。自動で打ち消すって事は自動で判定されるってことでいいのか?」
「ああ、その認識で問題ない。例えば打ち消される魔術を作ったとしてもそれよりマナの消費を軽減し、この世界に対して良い結果を生む事が出来ると判定されれば打ち消されず行使可能になる。そしてこれは加護の一応の制限になるのだが、君達が行使できる魔術は10個だけとする。」
「10個以上は作れないってこと?」
「いや、創造はいくらでも出来る。但し、同時、またはごく僅かな時間差で行使できる魔術は10個だけという事だ。」
「あー、なるほど、魔術を作って判定が通ったものに関してのストックはいくらでも出来るけど行使する為の枠は10個しか入らないってことか。でも枠の魔術をコロコロ変えて行けばその制限って問題にならないんじゃないのか?」
「確かにそうなんだが、これはどちらかと言うと君達への救済と考えたほうが良い。大量に魔術を作ったとしてストックする、そして行使する為にを探す手間が省けるという事にも繋がるんだ。戦闘中に魔術を探していて死亡、なんて笑い話にもならないだろう?」
「ははっ、言えてる。」
「アリィ、もうちょっと質問良いか?」
「ん?どうした?」
「生命維持と周囲のマナを集めるって言うのは宝玉の効果?それとも魔術?」
「それに関しては宝具の効果だな、これによって魔術の枠が減るということはない。」
「ふむ…なら例えば視力が良くなるという魔術を作ったとして、それを常時発動させておく場合は一つ枠を食い続けるという認識であっているか?」
「ああ、その認識で合っているぞ。」
「そうか、なら俺の質問はこれで終わりだ。」
「要は何か質問はあるか?」
「ううん、私は何も無いよ。それより早く使ってみたい!」
「ああ、そうだな。それなら少し外に出て試してみようか。」
その後は外に出て使用感を試し、フィーレの帰りを待つことになった。今後は1週間程掛けて魔術を作りながらこの世界の最低限の知識を覚えていくようだ。
帰ってきたフィーレはそのままキッチンへ、そしてそれを要が手伝いに。
俺も手伝いを申し出たが断られてしまった。特にアリィは料理全般は全く出来ないようで、今まで総て魔術で作っていたらしい。ならばと先に風呂を掃除し沸かすことにした。
アリィの話によれば一般家庭の風呂などという物はこの世界にはほぼ無いらしく、一部の富裕層のみが持つものらしい。
一般大衆向けの、日本で言う銭湯はあるらしいがそれもごった返しで芋洗い状態なのだとか。
アーガスの食事は基本的には地球と変わりがない印象を受けた、パンのような物とチキンステーキのような物。後はサラダ。ただ調理を手伝ったわけじゃないから何の肉かは解らなかったが。
状況が飲み込みきれていないということもあって少し冷静に整理したかったからその日は就寝することにして貰った。
何故俺が選ばれたのか、何故2人で呼ばれたのか、考えることは多い。
永い夜になりそうだ。