02話
「貴方達に、この世界を救って頂きたいのです―」
その突拍子も無い発言に、智也は呆然とする。
何を言っているのか理解出来ない、世界を救う?
そんなゲームの中の主人公でもあるまいし、こんな夢をみるとは自分にも少年の心が残っていたのだろうかと考える。
そしてふと隣を見ると何故か目を輝かせている女性、うへへへと凡そ女性に似つかわしくない笑い声を発して目の前の金髪の女性の次の言葉を今か今かと待っていた。
なんだ?この子はこういう状況に慣れているのだろうか?いや、この子の反応をみるに恐らく待ちわびていた、と言った方が正しいのかもしれない。放っておけば踊りだしそうなテンションである。
「フィーレ、そんな一言ではこの者達が理解できないだろう。」
金髪の女性の名はフィーレと言うようだ。
「あら、ごめんなさい。では説明するわね。まず自己紹介をしましょう。私の名前はフィーレ、豊穣の女神。そしてこっちは私の姉でアリィ、創造の女神。そして貴方達は主神オーキスの名の下に今私達の世界、アーガスに召喚されました。大森智也、結城要、2人には世界を救って頂きたいの。」
「あの…説明を聞く前に一ついいですか?」
智也は一つの疑念を晴らすために質問する。
「ええ、私達に答えられることなら。」
「これ、夢ですよね?」
「…残念ながら、夢ではありません。」
明晰夢と思っていた事は夢ではなく、現実に起こったことだと言うのだ。
であるならば世界を救う?今の所は情報がなさすぎる、一先ず説明を聞いてから考えよう。
「解りました、取り敢えず説明を聞きます。」
その言葉に頷いたフィーレは俺たちに説明とアーガスに関する情報を与えた。
要約すると
『マナという万能の物質がこの世界の大気中には存在している。それは生命の源ともなりこの世界に生きている生物はマナを体内に孕んでいる。また、魔術行使のエネルギー源や魔術道具と言った道具品にも使用されている。』
『生命が死んだ時、その体を構成していたマナは大気に還ってゆく。そうして生命とマナは循環していた。』
『しかし魔物や魔族の数の増大、そして魔王の存在が、マナの循環の大きな妨げになっている。』
『枯渇すると生命はその姿を維持出来なくなり、何もない不毛な世界になってしまう。』
『そのマナを枯渇させないように、2人が召喚され、転移者として世界を救って欲しい。』
といったところだ、マナ・魔術・魔物・魔王・転移者。どう考えても理解が追いつかない。
確か昔そんなゲームがあったような気もするがそれが現実に起こるとは誰も思わないだろう。誰も思わないはずなのに、何故要はこんなにも乗り気なのか。彼女は何か知っているのだろうか?
しかし、戦う?一般人の自分たちが?せめて軍人とか戦闘経験がある人物を呼び出した方が良かったんじゃあないのか?疑問点が多すぎるが、かといって何を問い詰めて回答を得れば自分の思考に落とし所をつけられるのかも解らない。
今は、取り敢えず飲み込んで話を聞いてみるしかないのか。
「概要はそんなところだけれど、なにか質問はあるかしら?」
「俺たちの目的は、魔物の殲滅と魔王の討伐ってことになるんですか?」
「ええ、そうなるわ。」
「それは何故この世界の人間では成し得ないのでしょうか?」
「この世界の人間に加護を与えたとしても大した能力の向上にならないの。私達はアーガスを創造した神だけれど、その時々の勘違いや都合のいい解釈によって永い年月をかけて私達の存在は歪曲、改竄されて伝わっていって、本来の信仰力をなくしていったの。今崇められている神々は、もう私達とは別物の、存在しない架空の存在。仮にそれが私達の信徒だったとしても、私達の加護と体内のマナとの親和性が低くなってしまっている。だから貴方達のようなマナを体内に持たないからっぽの人間が必要になった。という理由があるのよ。マナは無くとも、加護を授ける事が出来るのなら、その方が強くなれるの。平たく言うと、アーガスの人間と私達の波長が合わなくなってしまったのよ。」
「もう一つだけ。」
「ええ、どうぞ。」
「断ることは出来ますか?」
「それは、不可能よ。勝手に呼び出しておいて世界を救って欲しいだなんて壮大な話を持ちかけて申し訳ないとは思っているわ。それでも、もう貴方達を返還するだけのマナが、存在していないの。ただでさえ減衰傾向にあるアーガスからマナを使うことは出来ない。だから貴方達を召喚する為にオーキス様が自身の大量のマナを消費してしまったわ。存在が、こんなに希薄になってしまう位に。」
と、フィーレは玉座の何も無い所に手を置いた。
希薄になるという表現から察するに、俺には見えないがそこには確かに存在するのだろう。いない訳では無かったのだ、居るけど認識出来ないほど弱っているのだ。
そこまでの犠牲を払って召喚したのならば、これ以上帰らせろと駄々を捏ねるのは、少し大人げない気がした。何れにせよ帰ることも出来ないのだから。
身勝手な言い分で有るということには変わりはないが。
「でも安心して、貴方達がこの世界を救ってくれた暁には、元の世界の貴方達が眠りについた瞬間に送還するとオーキス様は仰っていたわ。」
「あの、因みになんですけど」
「ええ、どうぞ。」
今まで黙っていた…結城要といったか、要はおずおずと手を上げ質問する。
「私は全然嫌じゃないんで転移者になりますけど…その、マナが枯渇するのって、いつなんですか?」
「期限は、貴方達の暦でいうとおよそ5年。それ以上になると生命が活動維持出来ないレベルに達するわ。」
なんてことだ、マナの減衰率にもよるだろうがたった5年で活動維持が出来ないと言うことは『既にこの世界は終末に向けて崩壊しつつある』という事じゃあないか。
頭が痛くなってきた、何故もっと早く呼ばなかったのかと。仮に5年以内に魔王を討ち取ったとしても、その後また新たな問題が発生しないとも限らない。
2人の言う通りにしたとしても所謂場当たり的解決にしかならない。根本的解決を解明してマナが増幅傾向に転じる所まで観測しないと『世界を救った』という事にはならないんじゃあないのか?
問題に対処して送還されて、やっぱり駄目でしたでまた呼ばれるようなことがあっても困る。
ふと思い出す。そういえば部下にも居たな、何もかもどうしようもなくなってから報告してくる奴…人間も神もそこまで変わらないのかもしれないな、神を模して作ったのが人間だという話だからさもありなんという事だろう。こっちの世界ではどうか解らないが。
頭を抱えているとフィーレと目が合う、フィーレは申し訳無さそうな顔をする。対してアリィは仏頂面のまま俺達を見ている。
「世界を救うにあたって私が要と共に、アリィが智也と共に、下界へ降ります。そしてその後は…」
とフィーレはアリィに目配せをする。
「では、ここからは私が話をしよう。まず我々は最果ての森と呼ばれる場所に降りる、そこでこの世界で最低限生き抜ける術を学んで貰う。その後我々は基本的に2人の行動を強制することは無い。無い、というよりかは出来ないと言った方が正しい。我々はこの世界に深く干渉出来ない理の中で生きている。その為修練が済んだ後我々は君達を見守る立場になる。但し、君達の行動が『この世界にとって好ましくない結果を生む』場合に関しては干渉し、場合によってはある程度の行動を制限ないし矯正する。」
「好ましくない結果とは?」
「極端に言うと魔王に与する、というところだろうな、後は魔物を討伐しないとか、役目を放棄している時。そういったことだ。」
「なるほど、理解しました。」
「でも私達はマナを持っていないのに魔術を使えたりするんですか?」
「それに関しては向こうに行ってから説明する、今一言で説明するなら加護があるから心配無用だ。という事だ」
「質問が無いようなら、そろそろ向かうとしよう。追々説明する事もあるだろうしな。」
そう言うと、アリィとフィーレは俺達の目の前に歩いてきて、互いの両手を重ね何やら俺には理解出来ない言語で言葉を紡いだ。
すると床に魔法陣らしきものが現れ、光を放ち出した。移動する魔法だろうか。
「では、これより転送を始めます、これから5年間、宜しくね。」
フィーレははじめに見せたような柔らかい笑顔で言った
「ええ、宜しくおねがいします。」
「うぅ…緊張するなぁ。」
「今からそう気負う必要はない、後々の為に取っておくんだ。」
その言葉を最後に俺達4人は光に包まれてアーガスへと降り立った。
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4人がアーガスへ向かった後、月明かりに照らされた神殿。誰もおらず時間が止まったかのように静止している。否、ただ1柱オーキスだけがその場に居る。玉座に足を組み座り、肘を付きニヤリと笑みを浮かべる。
希薄だったはずのその体はいつの間にか誰にでも視認できる程に実体化し、なんの衰えも見せていない。
初老程の見た目の、傲慢な風貌をした圧倒的な存在感を持つ男は上機嫌にたった一言言葉を発する。
「さて、此度の供物はどこまでやってくれるだろうか。」
クックッと笑い玉座から立ち上がり、謁見室を後にする。
神の計略は、まだ何も語られず。