07
――少し早く着いちゃったかな。
約束の通り、食堂に併設されたカフェに来てみたはいいものの、八角さんはまだ来てない。時計を見るとまだ時間まで10分ある。
昼下がりには遅く、夕方には早い時間の食堂はほとんど人がおらず、いたとしても席を利用してカードゲームをやっていたり、ただただ駄弁っている人たちだった。カフェの方は、多少人がいるがそれでも三分の一、席が埋まっているかいないかだ。
私は窓に近いところにあるテーブル席に座って八角さんを待つことにした。
ややあって、食堂に八角さんが入ってきたのを見つけた。どうやら私を探しているようだが、なかなか見つけられないようだ。すると持っていたスマホに着信がきた、八角さんからだ。
「ああ、友利さん? 突然ごめんね。着いたんだけど見つからなくて。まだ着いてない?」
少し不安げな彼の声色に、私は少し笑ってしまう。
「いえ? 着いていますよ。窓際の席にいます」
「あ、そうなの? ごめんごめん。見つからなくて……あ、見つけた! 今そっち行くよ」
そう言って、電話を切った八角さんが手を軽く振ってから、こっちに向かってくる。
「ごめんね、待ったよね。飲み物は何飲む?」
「いえいえ、今さっき来たところです。八角さんと同じのでいいですよ」
「そっか、ありがとね。ん、じゃあ頼んでくるよ」
そう言って彼はカウンターへ向かった。店員の人と比べてみると、やっぱ背が高いなあ、山内さんより少し低いくらいかな? ガタイはよくないけど。
そんなことをぼんやりと考えていたら、コップを二つ持った八角さんが戻ってきた。
「おまたせ。これでよかったかな?」
八角さんが持ってきたコップの中身は、ホイップが乗っかったアイスココアだ。ホイップにはチョコソースがかかっている。
「ありがとうございます。幾らでしたか?」
「いいよ出さなくて。僕が呼んだから」
それに高くはないしね、と八角さんは微笑んだ。おごってもらうのは気が引けるけどここは受け取っておくことにした。
「いいんですか? ありがとうございます。ちなみに八角さんは甘党なんですか?」
「いえいえ。気にしないで。そう、甘党なの。控えたいんだけどこればっかりはやめられない」
そう苦笑してから、八角さんが急に真面目な表情になった。
「それで、今日呼んだのはわかってると思うけど――」
***
「え? 文字が動いて、って生きてるって、え? どういうことですか?」
今までの事情を話すと、彼女はとても驚いた様子だった。
「あれ、司書の人たちから聞いていないの? 尾形教授の話だと連絡が言っているはずだけど……」
「え、そんなの聞いていませんよ。第一、文字が動くって。あの講義の話みたいじゃないですか、そんなの実際にあるんですか。神話かなんかの話だと思っていましたよ」
「あの講義? まあでも文字が生きているのは本当だったみたいだし、尾形教授の研究室で出来たインクで動くようになった。他の文字も動くようになるし……まあ信じられないよね?」
彼女は少し考え込んだ素振りを見せた。
「文字が動く……他の文字も動くようになる……って、それって書庫の本が! 大変じゃないですか!」
そう言って彼女は突然席を立ちあがる。
「友利さん!? どうしたの!」
「すごく嫌な予感がするんです。八角さん、図書館に行きましょう!」
友利さんは少し残っていたココアを一気に飲み干した。




