04
「失礼します。財布取りに来ました。それと例の紙を回収してきました」
僕はそう言いながら研究室に入った。研究室には尾形教授がひとり残っていた。
「おお八角くん、ありがとね。はい、財布これね」
彼女は僕に財布を手渡す。
「ありがとうございます。これ例の紙です。本に挟まっていました」
僕は半分に折られた紙を渡すと、彼女は紙を開いて中身を確認し、青ざめた。
「あれ、足りないんだけど……」
「足りない? 何が足りないのですか?」
すると彼女は僕が渡した図形が描かれた紙をこちらに見せる。そこには一本の細い線がミミズのように紙面を這っていた。
「ほら、私が書いた図形って丸と四角の二つじゃない? それが今ここに書いてあるのは一つだけなのよ」
「もう図形というより線になっていますね。ある程度形を変えられるのですかね?」
僕がそう言うと、彼女は慌てて紙を自分の方に向ける。血の気が引いて元々白い肌が陶磁器のような白さになった。今にも倒れそうな感じだったので僕は彼女を椅子に座らせる。
「ありがとう……。ねえ、ペンはあるかな? 貸してほしいんだけど」
僕は鞄からサインペンを取り出して彼女に渡す。
そんなことはないといいんだけど、と言いながらサインペンで紙面上を這っている線より長い線分を引いた。
するとどうだろうか。動いている方の線が線分に這って近づき、お互いの端が重なったと思ったら、ひとつになって動き出したのだ。
「普通のインクを、吸収した……?」
少し落ち着いた彼女は苦笑いしながら口を開いた。
「こんなことはあって欲しくないんだけど、このインクは生きているようね」
「生きている?」
「推測だけどね。生きているっていると語弊があるかもしれないけどね、ウイルスみたいなものかな? それか寄生虫かな?」
「なにが言いたいんです?」
すると彼女は案外察しが悪いのね、と微笑んだ。
「つまりね、これは触れた他のインクを動かせるのよ、そしてその動かせるようになったインクも同じ能力を得るってこと。動かすって能力が感染するのよ。だからウイルス。そして八角くんが持ってきた紙は本に挟まっていたのでしょう?」
彼女の言ったことを頭の中で反芻する。
本に挟まっていた紙、消えた図形、他のインクを動かす……
「それって、図書館の本どうなるんですか?」
「少し待ってね、これからもう一個、試したいことがあるのよ」
彼女はインクたちの蠢く紙にもう一枚、コピー用紙を重ねる。
「なにしているんです?」
「いやね、まだインク同士が共食いした可能性もあるのよ、それともうひとつ、紙から紙に移れる可能性があって……ああ、これは」
紙をめくって彼女は苦笑いする。
二枚のコピー用紙、両方に当初の半分くらいの大きさの図形がうごめいていた。