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黒い獣  作者: 田宮U
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「あー、これはもう長くないね……」


 尾形教授は黒い獣の身体をしばらくまさぐってから呟いた。


「どういうことですか?」


「友利さんも触ってみればわかるよ」


 私は言われた通りに獣の胸やら脚を触ってみる。体毛のない体はやけに冷たく、つるつるしていた。これは……


「そう、ところどころ折れてるでしょ?」


「そうですね……それに体温も犬とかに比べるとやたら低く感じます」


 そうだね、と教授は頷く。


「これは推測だけど、骨が異様に細くて弱いのよね。多分構造的にかなり無理しているんだと思う。さっき縛った脚も縛ったところからポッキリと折れてたよ」


 それを聞いて私は罪悪感に包まれる。それに気付いたのか八角さんがフォローを入れる。


「気にしないほうがいいよ。遅かれ早かれこうなっていたさ」


「あまりフォローになってませんよ。でもありがとうございます」


 私は黒い獣に視線を向ける。言われてみれば虫の息にも見える。


「それで、我々はどうしたらいいのでしょうか。このまま看取りますか? せめて苦しまないように殺しますか?」


「殺しましょう。このまま生かしておいても誰のためにもなりません」


 山内さんの問いかけに教授は即答した。それはとても冷徹なものに聞こえた。


「わかりました。友利さん、八角さん。少し目を閉じていてください」


 あまりいいものではないので、と山内さんは続けて。黒い獣に歩み寄る。


 私は山内さんの言う通りにして目を閉じた。八角さんがどうしたかはわからない。


「すまないね」


 山内さんが小さい声で言ったのが、聞こえた。


 書庫に鈍い音が何回か響いた。





***





 山内さんが水の入ったペットボトルを振りかざす。二キログラムの塊が獣の頭に振り下ろされる。獣の身体が一瞬、痙攣する。そして、山内さんはもう一度、それを繰り返した。尾形教授は、ばつの悪い顔をして、それを見つめていた。友利さんは固く目を閉じている。山内さんは深いため息をついた。尾形教授は獣の身体を調べる。


「終わりましたね。あとは尾形教授と私が処理します」


 山内さんがこちらを向いて言う。その表情はすこし疲れたように見えた。それも当然か。


 彼の後ろに見える獣は、もうピクリとも動かなかった。


「本当に、死んだんですか?」


 友利さんが小さな声で言う。


「そうみたいだね。あとは二人が処理するみたいだし僕らはお暇しよう。ここに留まっても邪魔になる」


「そうですね……」


 僕と友利さんはそのまま書庫から出ていった。






 帰り道、もう日が沈みかけていたので僕は友利さんを家の近くまで送っていくことにした。怖かったのだろう、歩いている途中、彼女は僕の手を握って離さなかった。僕は友利さんの方を見ることができなかった。僕らは何も話さずに歩き続けた。





***





 あの黒い獣の一件から数か月が経って、書庫の蔵書もある程度復旧してきた。八角さんとはあれから何回かすれ違ったが会釈するくらいで、まともに話せていない。


 彼は今どうしているんだろうか? 私はそんなことを思いながら図書館のカウンターでぼんやりと座っていた。するとカウンターに向かってくる人が見えた。森くんだ。


「やあ、友利さん。お疲れ様。これ借りたいんだけどだけどいいかな」


 そう言って彼は小説を三冊、カウンターに置いた。


「大丈夫ですよ」


 私はなるべく事務的に聞こえるように返事をして、手続きをする。森くんは月に何度か、私がカウンターにいる時にこうやって本を持ってきてはお茶なりご飯なりに誘ってくる。今回だってそうだ。


「返却期限は二週間後です」


「ねえ、これが終わったらご飯行かない?」


「今日はちょっと……」


「いつもそれだね。そんなに俺が嫌かな」


 森くんは笑顔を崩さない。怖い。本も渡したし帰ってくれないかな……。そんなことを思っていたら、森くんの後ろに細長い人が立っているのに気付いた。


「すみません、貸し出し手続き終わったなら次いいですか?」


「八角さんじゃないですか、お久し振りです」


「そうだね、すれ違ったけど話せてなかったからね。こちらはお友達? 話の邪魔だったらごめんね」


 森くんは八角さんに不愉快そうに視線を向ける。しかし八角さんは全く気にせずカウンターに本を置いて、話し始める。


「そうだ友利さん。この後どのくらいで終わりそう?」


「ええと、30分くらいですね」


「そっか。じゃあ後でご飯でも行かない?」


「ええ、ぜひ。久し振りに話がしたいなと思っていましたし」


 森くんはそれを聞いて砂を噛むような表情になった。私は森くんに笑顔を向ける。


「そういうことだから、ごめんね森くん。これ以上しつこくしたら先生にも相談するよ」


「なんだよそれ、俺がストーカーみたいな言い方して。それに大体この人は――」


「君。図書館では静かにしてください、小学生でもわかるよこんなこと」


 騒ぎに気付いた山内さんがやってきて、森くんの言葉を遮った。森くんは舌打ちして逃げるようにその場を去った。






「八角さん、今日はご馳走様でした、それに帰りまで送っていただいて……」


「いいのよ、来てくれてありがとね。しかし森くん? は怖いね。本当に相談した方がいいんじゃないかな」


 あれから、私は八角さんと一緒にご飯を食べて、今は私の住むアパートの前で話していた。


「そうですよね。さっきので引き下がればいいんですけど……」


「そんな感じはしなかったけどね。しばらくは帰るとき誰かに居てもらったほうがいいかもね。しかし誰がいいかな……?」


「それなら八角さんにお願いしたいです、というか森くんがいなくても一緒に帰りたいです」


 すると彼は豆鉄砲を喰らったかのような顔をした。


「え?」


「だって八角さん、私に連絡先を聞いてくるくらいには気になっていたんですよね? あれから時々考えてたんです、付き合ったらどんな感じだろうって」


「ま、まあ気になっていたけど……え、付き合ったらってどういう……」


「そういうことです、わかってください」


 彼は赤面した。多分私もそうだったと思う。

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