映画
「先生。今度映画見に行かない?」
「行けるわけないだろ。行くとしたら現地集合で、別々の席で映画を見て現地解散だ。それでもいいならいいけど」
「遠くの映画館なら知ってる人来ないんじゃないの?」
「何があるかわかんないだろ。世間は狭いぞ。映画なら今見てるじゃないか」
「先生が大分前に録画した金曜ロードショーをね」
「これアニメ見てたんだよ。実写は見る気しなかったけど一応撮っておいたんだよ」
「そして三年が経ったと」
「まあ、そうだな」
「三年見なかったなら見たくないんじゃないの?」
「そうかもしれないけど、お前見たことないなら丁度いいかなと」
「アニメ版は面白かったの?」
「面白かった・・・気がする」
「何、その間?」
「まあ、いいだろ。休みの日にソファに座って映画を見るなんて贅沢じゃないか」
「そう?」
「そうだぞ。蓮。あのな、この今俺達が座っているソファはな、俺が快適に寝っ転がれるような大きさと心地よさを最大限に考慮して買い求めたものだ。俺は家と学校を往復するだけの生活だからな。家でだけは快適に過ごしたい。な?」
「な?」
「座り心地最高だろ?」
「まあ、そうかなー」
「この椅子だってそうだぞ」
俺はすぐ傍の仕事用の机と椅子を指さす。
蓮が隣に座る俺越しに椅子を見つめる。
何の変哲もない椅子に蓮には見えているだろうが、これだって長時間座り続けてもいいように最高の座り心地と背もたれ感が追及されたこだわりの椅子なのだ。
「廻るもんね」
「廻るな」
「座ってみていい?」
「いいぞ」
蓮が立ち上がり椅子に座る。
何でこう大きなものの中に小さなものがちょこんと座ると可愛いんだろうな。
竹から生まれたかぐや姫みたいな。
きっと何たら効果とか言うんだろうな。
知らないけど。
「探偵みたいじゃない?」
「そうか?」
「うん、探偵事務所ごっこできそう」
「凭れてみろ、凭れるとわかる」
「うーん、気持ちいいかな?」
「何で疑問形なんだよ。気持ちいいだろ?」
「よくわかんない。でも先生が座ってるんだと思うと嬉しくなるよ」
「あー、そう」
いかん、いかん。
今日は静かに映画を見せたい。
そしてできればその横で寝たい。
毎週家に来ていいと言っておいて構ってやれてないので今日こそはちゃんとせねばと思っていたから昨日仕事を片付けようとずっと仕事してたからもう今日は寝たい。
出来ればベッドに潜り込んで、ぐっすりとが理想だが、そこまでは期待しない。
ソファで十分だ。
俺のソファは寝心地も最高なのだから。
「まあ兎に角だ。俺はこの家が大好きなんだ。この家には俺の嫌いなものが一つもない。ここは俺の天国なの。俺は毎日この家に帰って来たくて仕事してるの」
「私は?」
「は?」
蓮は椅子の上で三角座りをして俯いている。
「このお家私いないよ。先生私のことそんなに好きじゃないの?」
「あのな、好きに決まってるだろ。今更言うな」
「ホントに?」
「あのな、蓮」
「うん」
俺はソファから立ち上がり床に三角座りをし、椅子の上に蹲り俯く蓮を見上げる。
「俺は休みの日が大好きなんだ。別に仕事が嫌いなんじゃない。仕事は何だかんだとやることが多いけど楽しい。でも休みになったらお前と二人っきりで会えるだろ。最高に好きな空間に好きな子までいる。これ以上楽しいこと有るか?俺は一つも思いつかないよ。お前はまあ、彼氏とどっか出かけたりしたいだろうから申し訳ないと思ってるよ、でも俺は楽しい。家に居られて、ネクタイもしなくて良くて、シャツも一番上のボタンまで留めなくて良くて、寝っ転がってても誰にも何も言われない。テレビつけっぱなしにしてゲームしてられて、好きなもの買って来て好きなだけ食う」
「そんなに食べてる?先生健康とか凄く気にするじゃない」
「そりゃするだろ。俺は病院が大嫌いなんだ。まあ、それでな」
「うん。ごめんなさい。続けて」
「まあ、俺は今最高に楽しいってこと」
「ホント?」
「ああ、楽しすぎて罰当たるんじゃないかってくらい」
「当たんないよ。先生いい子だもん」
「いい子って、なあ、映画見よう」
「うん」
蓮がリモコンで映画を巻き戻す。
俺はソファに横になり瞳を閉じる。
蓮が俺の足元に座る。
俺が横になってもまだ蓮が座れる、やはりこのソファを買って正解だった。
俺の身長で足を延ばせるって貴重だ。
「先生?」
「んー?」
「映画見ないの?」
「んー、俺に気にせず見てくれ」
「先生が見たいんじゃないの?」
「嫌、全然」
「私別に見たくないんだけど・・・」
「んー」
「先生、眠いの?」
「んー」
蓮が俺の身体を隠そうとするように凭れる。
その重みは心地よく何故か因幡の白兎を癒す蒲の穂を思わせた。
どうやら相当眠いらしい。
「先生、寝てていいよ。お仕事大変だもんね。今日は私一人で大人しく映画見てるね」
「ああ、ごめん。お休み」
「お休みなさい」
目を覚ますと蓮が泣いていて、慌てて飛び起きてどうしたんだと聞くと、どうやら映画に感動したらしい。
恥ずかしそうに濡れた瞳を擦る蓮を見ているとやっぱり何としても起きていて一緒に映画を見れば良かったと思った。




