眠り姫
アイスを食べ仕事に戻ってから暫くすると何の音もしなくなったので振り返ると蓮がソファに横になりすやすやと眠っていた。
このソファは俺が寝っ転がる用に買ったので蓮が眠るには非常に余裕があるのにもかかわらず、身体を丸めて眠る猫を思わせるほど小さく見えた。
もうすっかり春で寒くもなんともなかったが俺は蓮に毛布を掛けた。
つま先まで毛布で完全に覆ったので、顔しか見えていない。
閉ざされた瞳の何も写していない美しい顔しか。
完成したと思い、ついついぼんやりと座り込み蓮を見てしまう。
完成度が高い。
素材がいいからだ。
仕事をしろ。
自分に言い聞かせるがまだ見ていたい。
あと少し、あと少しだけ。
こんな美しい子が目の前で眠っていることなんてないもんな。
できることならこのままずっと寝かしておいてやりたい。
というより寝ててほしい。
贅沢だなと思う。
こんな風に彼女を見ていられることが。
いかん。
眠くなってきた。
寝たい。
眠りたい。
駄目だ。
蓮見てたら駄目だ。
多分一生見てられるし。
仕事を片付け時計を見ると三時四十分になっていた。
蓮を起こさなければならない。
「蓮起きろ。もう帰らないと」
起きる気配はない。
揺すぶって起こそうにも、この繊細な美しい生き物にそんなことをして許されるのかと自問自答してしまう。
「蓮、起きろ。起きろー」
さてどうしよう。
このまま見ていてもいいけど、そんなわけにいかない。
送って行けないから明るいうちに帰さないと世の中は悪い人間がいっぱいいる。
まあ、俺も悪い人間の一人なんだけど。
「蓮、蓮、れーん、蓮ちゃん」
ああ、駄目だ。
このままにしておきたい。
考えたら眠り姫にキスした王子様って凄いな。
眠り姫って美女だったよな。
そんな美しい生き物に手伸ばせるか?
寝てんだぞ。
綺麗なドレス着て、茨に覆われた塔の中で。
そんな完成された美しい世界に男いるか?
読者にとってはぽっと出の、何の思い入れもない男。
イケメン補正と王子様と言う保証された身分補正。
でもやってること話したこともない眠っている女に勝手にキスするとか碌でもない。
犯罪者だろ。
断罪されろ。
あと鍵かけとけよ、厳重なやつ。
俺ならかける。
「蓮。起きろ。頼むから起きてくれ」
ホントに起きないな、こいつ。
仕方がない。
毛布掛けてるからいいか。
俺は蓮の肩を揺する。
「れーん。れーん。起きてー」
蓮が瞳を開ける。
まだ眠そうだ。
俺を不思議そうに見ている。
「せんせい」
今までで一番幼い声に聞こえた。
過去から来た声の様だった。
あらゆる外敵から守ってやりたいと思った。
だからさっさと帰さないと。
優しい両親と姉達のいる家へ。
「蓮、もう帰らないと」
「私寝てたの?」
「寝てたな」
蓮はまだぼんやりしている。
起きてはいるが覚醒していない。
起き上がろうともしないで、毛布の中にいる。
「今何時?」
「もうすぐ四時だ。帰らないと」
「先生、起こしてよー。せっかくのお休みだったのに、寝て過ごしちゃったよ。勿体ない」
「そうか?俺は楽しかった。炒飯美味かったし」
「ホント?」
「ああ」
「私は先生ともっとイチャイチャしたかったけどなー」
「また今度な」
「ホント?」
「そのうちな」
「そのうちって、来週?」
「なわけないだろ、あと二年経ったらいくらでもな」
「長い」
「百年もないだろ」
「百年?どっから来たの?その数字」
そうだ。
俺が眠り姫の作者なら、ぽっと出の王子様なんかには渡さない。
俺が書くなら、茨の塔の中で一人だけ眠らずお姫様を待っていた乳母の息子でお姫様の小さい頃の遊び相手の幼馴染とかにする。
勿論こいつは自分の身をわきまえているからお姫様にキスしたりしない。
だからお姫様は一生目覚めない。
ハッピーエンド。
「先生。起こして」
眠ってる蓮を一生見てられるとは言ったが、やっぱり起きてる方がいい。
閉ざされた瞳は美しいが、見開いた瞳はそれ以上だ。
きらきらきらきら輝いている。
その瞳が一心に見つめるのは今年二十八になる冴えない高校教師なのに。




