叫び
昼飯を食べたら好きなだけ抱き着かせてやるとは言ったが、蓮は炒飯を平らげるとお仕事終わってからでいいよと言い、ソファに座り、ゲームを始めたので、俺はまたしてもパソコンに向かった。
「蓮。アイス食っていいよ。お前の好きなマカダミアナッツある」
「先生」
「んー?」
「何でそんなに優しいの?」
「アイスくらいで大げさだろ」
「えー、そうかなあ。先生優しいよ。忙しいのに生徒に話しかけられても嫌な顔しないし」
「そんなの当たり前だろ」
「先生優しいよ」
「優しくないよ。悪人だよ」
「本当に悪い人は自分のこと悪いと思ってないよ。悪いと思っているならもうその時点で悪くないんだよ」
「どういう構造なんだよ」
しまった。
スマホゲームというのは恐ろしく単調で単純にできているため指以外動かさない、その結果やたらと喋りたくなるのだ。
特に人がいると。
「なあ、テレビでもつけたら?」
「えー、いいよー」
「退屈だろ?」
「先生のキーボード叩く音が気持ちいいからいいよ」
「あー、そうか」
「先生は音欲しい?」
「嫌、別に」
「作業用にアニメでもつける?」
「そうだな。まあ、適当に」
「んー」
暫く蓮は何も言わなかった。
何を見ているのかわからないが、聞いたことのある声がちらほらと聞こえる。
ちらりとソファに座る蓮を見ると、蓮はテレビ画面を見ないで、俺の方に身体を向けていた。
「先生終わったの?」
「嫌、まあ、テレビ見ろよ」
「先生見てる方が楽しいもん。せっかく先生の背中見放題だし」
「学校でいくらでも見れるだろ」
「授業中だけだもん。学校だと背広着てるけど、今日はTシャツ一枚だし」
「ずっと見てたわけ?」
「ゲームしながらね」
「まあ、素材集めはきついからな。何かやりながらじゃないとめんどくさくて死にそうになる」
「うん。これどれだけ集めるの?」
「最終的に九百個以上いるよ」
「えー、もううんざりだよー」
「ゆっくりやればいいんだよ。テレビでも見て、お菓子でも食べながら。チョコあるし、クッキーもお煎餅もあるぞ」
「先生優しい。甘やかしすぎじゃない?」
「そうか?」
「うん。あ、先生私これやりたい」
「え?」
蓮がテレビ画面を指さす。
イケメンが必死で走っている。
聞いたことのある声だが声優はわからない。
「えっと、どれを?」
「これだよー」
蓮がアニメを巻き戻す。
イケメンが走りながら叫ぶ。
どうやらヒロインの名を。
人でごったがえしている巨大ショッピングモールの中心で。
「えっと、お前が叫ぶの?叫びたいの?」
「違うよー。先生が叫ぶの」
「え?」
「先生が私を必死に探しながられんーって叫ぶの」
「何で?」
「何でって、やりたいことに理由なんかないよ。本能だもん」
「本能って、嫌。こんなん俺とお前でやったら俺捕まるだろ」
「そんなわけないよー。大丈夫」
「嫌、大丈夫じゃないだろ。嫌、やんないけどさ」
「えー」
「えーじゃないよ。こんな人アホ程見てる前で彼女の名前叫びながら走るなんて、そんなの二十八の人間に許されることじゃないからな。高校生までだよ」
「私先生と追いかけっこしたい」
「追いかけっこって・・・」
「先生に追っかけられたい」
「何言ってるんだか」
「でも、いっか」
「何が?」
「彼女って言ってくれるし。先生私のこと彼女だと思ってるんだ」
「思ってるよ。だから悪いんだろ」
「何か嬉しいな。先生の好きな子は私なんだ」
「そうだよ」
「私の好きな人も先生だよ」
「そうだな」
「私達両思いなんだね?」
「ああ。そうだな」
蓮に背を向け仕事に戻る。
こうやって何度も確かめなくては不安なんだろうか。
まあそりゃそうか。
口では何度言ったって何を言ったって何の保証もないもんな。
でも口で言うしかない。
俺は言葉しかあげることができないから。
人前で追いかけっこどころか、一緒に並んで歩くことすらできない。
「先生」
「ん?」
「私先生と二人でスーパーでお買い物したいな。先生がカート押すの」
「無理だろ。誰かに見られたらどうするよ」
「私変装するから。眼鏡かけてマスクしたら大丈夫だよ。カツラするし。ついでに先生も変装して」
「どんな?」
「眼鏡外しただけでわからないんじゃないかなあ。スーツも着てないし。多分わかんないよ」
「眼鏡外したら俺何にも見えないよ」
「私が手ひいたげる」
「嫌だよ。それお前楽しいの?」
「私先生がいたら何でも楽しいから」
「今もか?」
「楽しいに決まってるでしょ。朝から好きな人とずっと一緒なんだよ。そんなの楽しいに決まってるじゃない」
「そうか」
「だから先生気にしないで仕事して。私は先生見てるから」
「素材集めろ」
「それもやる。やること多いね」
「そうだな」
「お休みっていいね」
「ああ、休み最高だ」
「お仕事してても?」
「家にいられるだけマシ」
「そっかー。じゃあ、私も早く大人になりたーい」
「そうだな」
「大人になったら追いかけっこできる?」
「お前が大人になったら余計駄目だろ。諦めろ、一生ない」
「えー」
「えーじゃない。人前で彼女の名前絶叫するとか俺がそんなことできる人間か?そんな俺が見たいか?」
「確かに」
「確かにって、まあ、な。もういいだろ。アイス食べよう。多分世界一美味いアイスを」
「うん」
そうだ。
大人になるといい。
食べたい物好きなだけ買えるし。
アイスでもチョコでも好きなだけ食べさせてやるから、だからさっさと大人になってくれ。
幸せそうににアイスを食べる彼女を見てるだけでも楽しいけれど、やっぱり見れば見るほど欲しくなる。
それこそ喉から手が出るほど。
大きな声で叫びたくなるほどに。