善良
「先生。雨っていいよね」
「どこが?」
「全部隠してくれてるみたいで」
ああ、やっぱり俺のしていることは間違っている。
こんな年の子に人に言えないようなことをさせるべきじゃない。
でもどうしようもない。
もういい加減俺も開き直れたらいいのに。
いっそ堕ちるとこまで堕ちて仕舞えたら楽だろうな。
でもそうしたら俺はもう蓮の顔を直視できない気がする。
言い訳ばかりしているな。
どれだけ何もしていないと言い張ったって付き合っている以上誰にも信じてもらえないだろうな。
俺だって信じない。
こんな可愛い女の子と付き合っていて、好きだと言ってもらえて、何もしない男がいるなんて有り得ないと。
そう、だから俺は誰に信じてもらえなくてもやる。
絶対に蓮が卒業するまで何もしない。
俺からは、絶対。
「先生、そろそろお昼にする?」
「まだいいんじゃないのか?腹減った?」
「ううん。まだいいけど」
「レコーダーに見てないアニメ阿保ほど溜まってるから適当に見ていいよ」
「先生とくっ付いてる方が楽しいからいい」
「ああ、そう」
「先生偉いね」
「何が?」
「お休みの日もお仕事して。家のお父さんお休みの日は何にもしないよ」
「家帰れてるだけマシだよ」
「そう?」
「ああ、ちっとも偉くない」
「先生のお膝気持ちいい」
「そうか?」
「うん。何か眠くなってきた」
「寝るならベッド行けよ。その態勢で寝るのしんどいだろ」
「離れたくないなー。こっから見上げる先生の顔好き」
「俺の顔なんかどこがいいんだか。何でそんなに俺のことが好きなわけ?」
しまった。
何だそれ。
その如何にももてる男みたいな言い方。
「あー。今の無し。無しな。忘れろ」
「先生の好きなとこ?まず顔でしょう。声でしょう。背が高くって足が長いところでしょう。あと眼鏡」
「全部外見だな。こんな見た目のどこがいいんだか」
「でも一番最初にね好きになったのは背中」
「背中?」
「うん。その時ね、先生本棚の本取ってたの。脚立にも乗らないで。こんなところまでて届くんだと思っていいなあって思ったの。その時ね、先生背広来てなくてシャツ一枚でね、その背中にね、私生れて初めて抱き着きたいって思ったの。この背中にくっつきたい縋り付きたいって背中すりすりしたいって。だからそのためには先生の彼女にならなきゃって思ったの。生徒が先生に抱き着くわけにはいかないけど、彼女ならいいでしょう」
「彼女でも未成年者なら駄目だけどな」
「先生本当に固い。あと字綺麗なとこも好き」
さっきから全然内面の話出てこねえな。
まあ、自分でもいいとこ一つも思いつかない。
真面目だと思ってたけど、それはもう明らかに使えない。
本当に真面目で善良なら自分の生徒を異性として見たりしない。
「先生優しいよ」
「先生は皆優しいだろ」
「優しいよ。真面目だし」
「嘘つきだよ」
「嘘ついてるの?」
「嘘ついてる。お前にも嘘つかせてる」
「嘘ついてるわけじゃないよ。ホントのこと言わないだけ」
「それ嘘だろ」
「そうやって気にしてるとこも好き」
気にして善良ぶってる。
余計たち悪い気してきた。
「先生。私といるとホントはつらい?」
「え?」
「だって私のことで罪悪感、感じてるんでしょう?」
「あー、嫌。そんなことないけど」
「ごめんね。でも私やめられない」
「え?」
「先生のこと引きずり込んで悪かったと思うよ。先生私じゃなかったら普通に付き合えるでしょ?嘘ついたり、悪いことしてるって思わなくて思い煩うことなく生きられたでしょう?今まで通り」
「今まで通り・・・」
「でも私駄目なの。先生に悪いことしてるって思うけど、本当に思っているけど、私先生がいないの耐えられないの。離れてるのがつらい。毎日学校で会えるの嬉しいけど、時々叫びたくなるの。先生好きって。先生大好きって。先生は私のって。皆の前で抱き着きたくなるの」
それをされたら俺はもう間違いなく仕事を失うな。
何でそんなに執着してるんだろ。
先生になりたいと思ったのだって別に大したことのないどうでもいい理由なのに。
蓮を失うことに比べたら職を失うことくらいどうってこともないって思うのに。
どうしても思い切れたりしない。
それにそんな自分に、そんなたった三年を我慢できないような男に蓮はやりたくないって思う。
俺に真面目さが失われた今我慢強さを推していくしかないのだから。
「先生?」
「俺はお前のだよ」
「うん。わかってる」
わかってるんだ。
何だろな、その自信。
恐い。
嫌、可愛いか。
愛されている自信だけはあるんだもんな。
強い。
見ていて気持ちがいい。
「先生には私だし。私にも先生なんだけど、先生苦しんでるなって思うの。だから私何とかしたいなって思うの。物理的に」
話の流れは見えた。
無限ループか。
「蓮」
「先生?」
「昼飯にしよう。何か作ってくれ」
「まだいいって言ってなかった?」
「嫌、もうそろそろ腹減った。すっごくお腹が空いた。何だっけ、何か作ってくれるんだろ?」
「うん。じゃあお台所借りるね」
「ああ」
「先生炒飯好き?」
「炒飯嫌いな人間なんていないよ」
「先生は好きなの?」
「好き」
「じゃあちょっと待っててね」
「あー」
蓮が俺から離れていく。
膝が一気に軽くなる。
自己嫌悪を呼び起こす暖かな微かな体温を残しながら。