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ラブコメのライセンス  作者: 青木りよこ
38/40

異世界

餃子、白米、餃子、白米といささか苛烈なローテーションを繰り返し食事を終え、ほうじ茶をいれたのだがどうやら熱かったらしく蓮はすこしだけふーふーとしてから湯飲みを置いた。


「先生、異世界に本一冊だけ持ってけるとしたら何もってく?」

「異世界?無人島じゃなくて?」

「うん。無人島なんて行くの嫌だもん」

「異世界の方が嫌だろ。言葉通じないって結構な恐怖だぞ」

「ファンタジーだから通じるんだよ」

「えーっと、待ってな。先生考えるから」

「そんなに考えること?」

「一冊しか持っていけないんだろ?考えるよ」

「どうぞ。ゆっくり考えて。先生の考え事してる大顔好き」


この目の前にいる美少女さんは知っているのだろうか?

目の前の眼鏡男がさっきまでしょうもない人類滅亡シナリオを考えていたことを。

いい年して何考えてるんだか。

しかし、異世界、異世界か。


正直なところ俺は異世界とか怖いから行きたくない。

俺は現状の生活に満足してるし、さっき気づいたがこの世界にいてやりたいことがまだ沢山ある。

まあ一緒に蓮が行ってくれるなら別だが、一人で行くなら絶対に行きたくないし、すぐに帰ってきたい。

どれくらい長いこと行くか知らないが、できる限り長い小説がいいだろう。


「失われた時を求めて」

「凄いね、先生。読んだことあるんだ」

「嫌、悪い。適当に長いの言っただけ。読んだことはあるよ。二度と読もうとは思わないけど」

「長いの?長いお話持っていくの?」

「何度も読めて、異世界での慰めにするんだろ?じゃあ長くないと」

「そっかー。戦争と平和は?図書室にある武器になりそうな硬いやつ」

「確かに凶器になりそうなほどうちの図書室のは硬そうだな」


トルストイなら人はなぜ生きるのか、クロイツェル・ソナタのほうが俺は好きだが、短いので却下。


「源氏物語は?」

「あー、考えたら一冊だろ?源氏物語一冊になんかできないだろ。広辞苑になるわ」

「文庫本にしたら?」

「それでも分厚いだろ。長編は難しいな」

「そう?」

「異世界にいるってことはどんな精神状態なんだろうな。毎日魔物に喰われる恐怖を感じてるのか、意外と順応してこの世界でやっていこうとしてるのか。そもそもどこに住んでるのか。綿密な設定が知りたいところだな」

「そんな深く考えなくても」

「まずどうやって異世界に行ったんだろう、俺」

「さあ?」

「さあって」


蓮が湯飲みを両手で持ちふーふーとしてから一口飲んだ。

どうやらもう飲めるらしいので俺も飲んだ。


「召喚されたんだよ」

「悪い魔法使いに?」

「悪い魔法使いは男の人ね。女の人はダメ。先生とフラグ立っちゃう」

「立たねえよ。俺だけ召喚されるの?何で?田舎の国語教師だぞ。眼鏡かけた」

「間違って召喚されちゃったんだよ。本当はもっと違う才能あふれる器を召喚しようとしたんだけど、その魔法使いが思わぬポンコツで」

「ポンコツなの?ポンコツに呼び出されたの?」

「うん。あー、まだ魔法使いじゃなくって半人前の魔法使いの卵かなんかにしよう」

「しようじゃねえよ。えー、そんなの怖いんだけど。それじゃ帰れなくない?俺」

「魔法学校の卒業試験で、ポンコツ君、えーっとフランソア君ね」

「フランソア君な」

「金髪碧眼の美形キャラで」

「ほお」

「卒業ギリギリの劣等生で」

「ますます怖い。帰れないよ、それ」

「卒業試験で異世界から人間を呼び寄せて二人一組で試練を乗り越えるの」

「俺とフランソア君が?」

「うん。で、友情を育むと」

「俺二十八なんだけど、フランソア君いくつ?」

「十七歳で」

「友情?それは無理なんじゃ」

「二人で色んなとこ行くの。世界中を旅するのね、いろんな景色見て美味しいもの食べて」

「フランソア君と」

「フランソア君と」

「どれくらい続くの?」

「一年かけて」

「一年かけて卒業試験やんの?」

「うん」

「巻物でも探すの?刺客を撃退してくの?」

「フランソア君がね」

「俺はそこで何するの?」

「何も、ただ足手まといになるだけ」

「邪魔じゃない?俺いらなくない?フランソア君一人で良くない?」

「試験にならないでしょ。卒業試験は異世界から足手まといな人間を呼び寄せてその足手まといを守りながら生き残ることだから」

「質問」

「はい」

「本はどこで使いますか?」

「旅先の宿で、フランソア君に読んであげます」

「どんなイベントだよ。俺とフランソア君の親密度上がりまくるだろ。いいの?」

「フランソア君が先生に求めてるのは母性なので」

「父性じゃなくて?」

「フランソア君は伝説の賢者の息子ですが、婚外子で」

「フランソア君のこと掘り下げるのな。もうよくない?」


蓮はだいぶ温くなったほうじ茶をまだふーふーして飲んだ。


「うん、もういいですね。何と言うか途中から先生じゃないなって思いました」

「は?」

「先生が異世界行くなら私も一緒だろうから、そうしたらフラソア君は異世界のカップルという足手まといを助けながらの卒業試験になりますので流石に気の毒かなって」

「お前も行くの?」

「行くに決まってるじゃないですか。先生の行くところなら私は何処へでも行きます」

「あっそ」

「でも楽しそう。異世界行ったらもう法律どうでもいいから先生も手出しやすいでしょ?」

「異世界行ってもあるんじゃないの?フランソア君の国は魔法学校有るのに無法地帯なの?」

「旅先ではお財布のひもが緩むものでしょ?」

「あー、まあ」

「先生の貞操観念も緩むかなって」

「貞操観念じゃないだろ、まあいいや」

「異世界行きたいなー」

「俺は行きたくない」

「一週間くらいならよくない?」

「嫌だ」

「フランソア君に会いたくない?」

「金髪碧眼の美少年くらいじゃちょっと弱い」

「美少女はダメだもん。フラグ立っちゃうもん」

「立たないよ。お前も行くんだろ?寧ろお前と美少女のフラグが立つんじゃ」

「三角関係勃発?」

「そうなると邪魔なの俺じゃない?どう考えても美少女と美少女の方がいいだろ。男なんざいらん。俺途中で強制送還じゃない?」

「うーん。じゃなくて私達で美少女のお父さんとお母さんごっこしましょうよ」

「異世界に行って?」

「異世界に行って父親になりました(養女)」

「えーっとそれならもう俺達帰らないの?」

「そうなりますね。フランソア君も養子にしましょう」

「いきなり十七歳の父親かー」

「楽しそうでしょ?私そんなに年の離れていない美少女と美少年にお父さんって呼ばれる先生見たい」

「はいはい。よくそんなの思いつくね」


まあ人のこと言えないけど。


「で、最後異世界から持ってきた先生の本が映ってエンディングと」

「完結しちゃうのかよ」

「うん、何持ってく?」

「えーっと」

「そんなに悩むとこ?一番好きなのもってけばいいんじゃないの?」

「一番好きっていうと困るんだよ。皆好きだから一番なんて決められないし」

「ふーん」

「そういうお前は?」

「え?」

「本何持ってくの?異世界に」

「私?私は持っていかない」

「何で?」

「必要なもん」

「そうか」


必要ないか。

まあ好きじゃないならそうだよな。


「だって先生がいるでしょ?」

「は?」

「先生が話してくれるじゃない。だから一冊なんて必要ないの」


蓮がにこりと笑いお茶を飲み干す。

やられたと思った。

さっきまで考えていた人類滅亡シナリオを俺は気づかないうちに声に出していたのだろうか。

異世界の満天の星空の下で余り年の離れていない美少女と美少年にお父さんと呼ばれて、語る物語は。

まあ悪くない。

でも望まない。

目の前にいるこの子だけで俺には十分すぎるし、まだ片田舎の高校で古典の授業がしたい。

二学期からは平家物語と蜉蝣日記だし。

楽しみだな、敦盛最後。











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