表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラブコメのライセンス  作者: 青木りよこ
37/40

セカイ系

「先生」

「ん?」

「美味しい」

「それは良かった。たんと食え」

「先生。美味しいよ。家の餃子よりずっと美味しい」

「そうか」

「うん。家帰ったらお母さんに言わなきゃ。餃子にはお湯いれるんだよって」

「言ってもいいけど、誰に聞いたっていうんだ」

「友達?」

「友達言うか?餃子にはお湯だよって」

「言わないね、そもそも友達と餃子食べたことない」

「まあ誰でもいいんだけど、そんなに美味いか?」

「美味しいよ。こんなに美味しい餃子生まれて初めて食べた」

「そうか」


美味いものを食べさせたいと思っていて、自分でも美味いと思っていて、食べさせたいと思っていた相手がこんな美味しいもの生まれて初めて食べたと言ってくれる。

これ以上のことはないだろう。

俺は珍しく、高揚した。


「まあ他に何もないけど、好きなだけ食ってくれ」

「うん。こんなのさー、部活の後お腹ペコペコの状態でお腹いっぱいになるまで食べれたら最高だよね」


ああ、そうだった。

高校生だったな、忘れてるはずないのに、忘れてた。

本来こんな風に過ごしていいはずのない二人なんだよな。

向かい合って買ってきたもんじゃなくって、手作りっていうか、家庭料理みたいなの食べてると、どうも駄目だな、これが普通のことのように思えてしまう。

もっと他人行儀っていうか、お客さんになってもらっとかないと境界線があやふやになりそうで怖い。

特にもう懐には大分入り込まれている。

浸食されているのがわかる。

別に不愉快なわけじゃない。

蓮が手招きする世界にずるずると引きずり込まれるのは悪い気はしない。

でもちょっとは考えないとなと思う。

だって蓮は生徒で、嫌生徒とか関係なくて、十六歳なんだ。

まだ成長期で、これから身長だって伸びるし、いろんな大人としての通過儀礼を果たしていくんだよな。

一番近いとこで受験か。

しかし、自分でも未だに信じられないな。

何で俺、蓮を好きになっちゃったんだろう。

嫌、好きになるのは当たり前だ。

誰だって好きにならざるを得ない。

そう、俺がどうしようもなく素に戻って恥ずかしいのは、穴があったら入りたいどころかそのまま埋めてしまって欲しいと思うのは、蓮を好きになる前と後で俺の人格が変わってしまったのではないかと思える点だ。

俺は前の冷静というか、比較的表情筋が動かなかった俺を懐かしむ気持ちが最近凄いのだ。

蓮だって本当の所あの頃の俺が好きと言ってくれたわけで、こんな風に十六の少女をもてなすために朝から白菜を茹でる二十八歳の眼鏡国語教師を好きになったわけではないのではとも思うのだ。

まあ蓮からしたら俺は相変わらず表情に出ないし、無敵らしいが、そんなことは全くなく、いつも十六歳の美少女に翻弄されている情けない二十八の男に過ぎず、昔の自分を少しでもいいから取り戻したいと思っている。

これはあれか、老化現象か。

過ぎ去った日が殊更美しく思えるのは年を取った証拠だ。


そうだ、俺は本当に変わったと思う。

表面上は何も変わってないし、学生時代の友達だって恐らく気づかないだろうと思うけど、まあ生徒と付き合ってるんだと言ったら皆引くだろうなとは思うので絶対に言わないけど、俺は変わった。

蓮一人が俺の人生に増えただけなのに。

まあ愛とか恋という見えないものによって人が人生を変えることは間違いない。

あらゆる悲劇を招くのは金とか権力とか目に見えるものを得るため、失わないためもあるだろうが、実際それだって心に生じた迷いや憎しみ、妬みから発生したものだし。

そう心の中は誰にも見えないし、見せる必要などない。

本人すら本当の所わからなかったりするものだ。

そう、心に湧き上がった感情、それは人生をあらゆる局面において変える能力を持つ程強大なものだ。

昔の人はそれにより人さらいにも人殺しにもなったものだ。

恐ろしい、だが読み手としては最高に面白い。

中々人間はどれだけ好きだろうとも自分の人生を亡ぼしてまでは相手を得たいと思えないからだ。

だからどれほどの時が経とうとも、伊勢物語も大和物語も近松もいつまでも新鮮なんだ。

恋のため破滅してもいい、寧ろこの身を滅ぼすしかない、その情熱に人は喝采する、敬意を払い、首を垂れる。

俺にはそこまでのものはないので、蓮を得ていいのかいつも惑う。

蓮は万雷の拍手を全世界から受けてもいいだけの美貌の持ち主である。

よくこんな子が産まれたなとさえ思う。

自然に美しい、川が唯流れている様に。

まるで何千年もそうしてた様に。

綺麗なのが当然なんだ。

俺如き人間がその恩恵に与っていいわけがないと思う。

寧ろ臣下の礼を取らなければならないのでは。

今日朝から白菜茹でたな、じゃあいいか。

そう、この卑屈。

これも蓮から来てるんじゃないだろうか。

いやいや、人のせいにするなよ。

全てのことは全部ひっくるめてお前が悪いよ、責任持てないことはするな。

大人だろ。

全部お前という二十八にもなる眼鏡教師が悪いんだよ。


俺はここまで自分を卑下して生きていただろうか。

そもそもこんなに自分とは?なんて考えてたか?

ずっと狭い世界で生きているからだろうか。

俺と蓮、それだけだもんな。

君と僕、そうか、これがセカイ系か。

嫌、違うな。

セカイ系なら俺と蓮の恋が何らかの事情で世界を滅ぼして最後人類の生き残りとなった俺と蓮が世界にたった一つだけ残った廃墟と化した屋根の飛んだラブホテルの一室で結ばれるみたいな話になるのか。

めでたしめでたし、なわけあるか。

人類最後の生き残りは十代の美少年と美少女じゃなきゃ駄目だろ。

絵面的に。

でも生き残ってその後どうすんだ?

食い物ないの嫌だわ。

風呂入りたい、ゲームしたい、スーパー行きたい、ベッドで寝たい。

たった一つの廃墟ってことは、京都や奈良の仏閣は全て焼けたのか、応仁の乱並みに。

中尊寺金色堂行ってない、善光寺行ってない、あと人形浄瑠璃を生で見ていない、大阪なんだからいつでも行けると思ってて未だに行けてない、行かなきゃ。

拙い、まだやりたいこといっぱいある。


人類が他に誰もいなくなって美少女ヒロインと主人公が二人っきりになる。

勿論スマホもない、本当に何もなかったとしたら、二人が話すのは互いのこれまでの知識だけになる。

そうなった時俺が話してやれるとしたら、国語教師らしく日本文学なんだろうなと思う。

伊勢物語とか徒然草とか方丈記とか曾根崎心中とか暗唱できるし。

星空の下そんな話して美少女が喜ぶかわからんけど、そもそも星が見えるかすらわからないけど、どんな時だって物語は必要なはずだ。

特にもうここに二人しか人間がいないのなら余計に、自分達以外の誰かは必須だろう。

昨今のアニメなら主人公とヒロインが歌うな、そして踊るな。

歌える声優用意しないと。

これ男女の必要あるか?

寧ろ男同士か女同士の方がいい気がする。

俺は美少女二人が人類最後の二人になる方が見たい。

その場合一度も話したことないクラスメイトという設定がいい。

嫌、同じ学校だけど、片方は特進クラスの天才で余り裕福でない育ち、もう一方はお勉強は苦手で体育だけは得意な苦労知らずのお嬢様でこの厄災がなければ親に決められた婚約者と結婚することになっていたとかいう設定がいい。

最初はお嬢様育ちで悪気のない彼女に苛立ちを覚えるも彼女の心根の優しさに惹かれていく。

一方お嬢様の方も愛想のない無口で辛辣だけども何だかんだと自分を見捨てない天才に心を寄せていく。

天才が勉強教えてやったりするんだよ。

青空教室でな、砂浜に数式書いてな。

お嬢様が先生よりずっとわかりやすいですとか言ったりするんだ。

あー、それ見たい。

身分違いの二人、そんな境遇の違う二人の愛のため人類は犠牲になったのだ。

それなら納得する。

そうか、歌か。

まあ伊勢物語も大和物語も歌だもんな。

人類にはいつだって歌が必要なんだ。

あと美味くなくてもいいから食べられるもの。

それが大事。


本当に何でこんなに蓮のことが気になるのか。

彼女が不機嫌だと困るのか。

彼女が喜ぶと自分も嬉しいのか。

据え膳という日本語が大嫌いなのは。

でもこんなこと言ったら蓮は喜ぶだろうし、笑うんだろうなとも思う。

蓮はそんな俺をもいいと言ってくれるんだろうし、好きだと言ってくれるのだろう。

そこのところは信頼している、寧ろし過ぎているくらいだ。

全く俺は恋に落ち過ぎている。

うんと年下のラブコメ主人公に恐らく同情してもらえる位には確実に。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ