揚げ物
「お前昨日の夜何食べた?」」
「鰯のフライとー、ポテトサラダとー、プチトマトとー、刻み昆布の煮物とー、マーボー春雨」
まるであらかじめ聞かれることを想定していたかの如くよどみなく出てきた。
「お前の家いいもん食ってんね」
「そう?」
「そうだよ。全部美味いやつ」
というより俺の好きなやつ。
「お前のお母さん偉いね。揚げ物とかめんどくさいのに」
「そう?うちのお母さん、よく揚げ物するよ。お父さん揚げ物大好きだから」
「片付けが面倒なんだよ。でも俺も時々無性に食べたくなってやるな、休みの前の日は。スーパーのデリカのだと揚げたて食べれないし、大体お店のコロッケって甘いし」
「先生甘いコロッケ嫌い?」
「嫌、好きだけど。おやつならそれでいんだけど、飯のおかずにするなら甘いのはナシかなー」
「先生コロッケ自分で作るの?」
「ああ」
「偉いね」
「別に普通だろ。やったら誰にでもできる」
今度作っとくよと言いそうになるが、ぐっとこらえる。
毎回毎回俺の作ったものを食うことになったら、それこそ蓮が私は何をしたらいいのとごねるだろうし。
でもいつも大体二人分くらい揚げて次の日も食うんだよな。
コロッケとか次の日千切りキャベツと一緒に食パンに挟むだけで美味いし。
そういうときのキャベツは絶対にマヨネーズなんだ。
カボチャの素揚げ、蓮根のはさみ揚げもいい。
鶏のから揚げなんか冷たくってもいけるし、天ぷらなんか煮込んじゃってご飯の上にかけたら簡単な天丼の出来上がりだし。
あー、何か揚げ物食いたくなってきた。
蓮が帰ったらすぐ買い物行って、揚げ物しよう。
コロッケは面倒だから、天ぷらか、鶏のから揚げかな、鯖の竜田揚げでもいい、これも冷めても美味い。
揚げたてはもっと美味い。
蓮にも食べさせたい。
嫌、春巻きも捨てがたいな。
久しぶりにくるくるしたい。
巻きたい。
なんなら中身だけ食べたい。
「先生タルタルソース好き?」
「好き。でもソースも好きだから両方かける」
「私も。お醤油かけたりしない?」
「しないな。醤油かけて食べるものってなんだろう」
「お刺身?」
「お刺身はお刺身醤油だろ。たまり。普通の醤油かけて食べるものって何だ?」
そういえば徳兵衛は醤油屋の手代だったな。
「わりと思いつかないね」
「そうだな。コロッケもメンチカツもソースだし、俺天ぷらもソースで食べることあんだよな。ソースはなんにでも合うんだよ。あとポン酢も」
「ポン酢はそうだね」
「もずくにも合うし、刺身だってわさびポン酢にしたら美味いよ。豚しゃぶにも合うし、バター焼きにも合う。ポン酢が最強かな」
蓮がふふっと笑う。
「何?」
「ううん。私達やっぱりおかしいよね?」
「そうか?」
「うん。だってこれ恋人同士の会話?」
「皆そんなもんじゃないのか?」
「何ていうか、疚しい二人の会話にしては家庭的だよね。秘めたるものを感じないでしょ?」
「疚しい二人は何話すんだ?」
「うーん、何だろう?」
「貴方の奥さんに申し訳ないとか?」
「先生奥さんいないじゃない」
「ぱっと思いつくのがそれだったんだよ」
「世の恋人たちは何を話してるんだろうね」
「さあ」
「漫画とかで彼氏と彼女が昨日何食べたなんて会話してるの見たことないなって」
「ないか?」
「うん。ないよ。毎日皆生きているわけだから三食ご飯食べてるわけじゃない?でもそんなシーンあんまりないよね」
「まあグルメ漫画じゃない限り描写する必要はないだろうな。それに気になるか?主人公とヒロインが朝飯何食ったかなんて」
「気にならないね」
「だろ?」
「でも先生私が昨日何食べたか気になるんだ?」
「気になるっていうか、気になるのか?」
「先生私のこと相当好きなんだね」
「そうなるのか」
「うん。好きじゃなかったら何食べてても気にならないよ」
「うーん」
「付き合うまでは丹念に描いても、付き合った後って中々描かれなくない?」
「漫画の話か?」
「うん」
「さあ、どうなんだろ」
「何ていうか、日常会話っていうのかな?恋愛漫画でそういうのあんまりない気がする」
「そうなのか?」
「うん。大概第三者みたいな二人の恋路を邪魔するキャラが出てきたり、家庭の事情が描かれたり、悲しい過去のとかが出てきて、食事に割くページがないのかも」
「まあ食うとか寝るのはごく当たり前のことだからな。カップルでしたとしても、そうページは割けないだろ。手作りの弁当とかイベント性のあるものじゃない限り」
「手作りのお弁当はイベントなの?」
「多分」
「先生彼女の作った手作りのお弁当持って行ってたの?」
「なわけないだろ。高校三年間お母さんの作った弁当を持って行ってたよ」
「そう。何かでも、本当に私達おかしいよね。パジャマのままお昼ご飯食べてるし」
「まあな」
「でも本当にこの肉じゃが美味しいよ。あおさも、この匂い大好き」
「俺も、あおさ好きすぎて、一時期味噌汁の具がカボチャの時も入れてたわ」
「カボチャにあおさって合うの?」
「あおさはなんにでも合う」
「変な会話」
「こんなもんだろ」
「今警察踏み込んでこられても私達絶対大丈夫だね。一緒にご飯食べてるだけだもん。パジャマで」
「それが拙いだろ。普通学校休みの日に先生の家に行ってパジャマになって飯食ったりしないよ」
「しないね。学校の先生のお家って行ったことない」
「な?捕まる」
「何にも起きないといいね。卒業まで」
「うん」
俺達は最後に味噌汁を飲み干し、ごちそうさまでしたと手を合わせた。
蓮は俺を見てにこりと笑った。
その笑顔に俺は何が起きたら破局を迎えるのだろうと思った。
結局は第三者ということになるのだが、これといった人間は思いつかなくて、世間という巨大な二文字ばかりが浮かび、その文字の重みに押しつぶされそうになり、冷蔵庫を開けた。
わらび餅が入っていた。
それによってもたらされる効果に一気に目の前が開けた気分になる。
やはり食べ物は偉大だ。
百の言葉より光速に人類に幸福を授ける。
「わー、わらび餅あるー」
蓮が俺の背中にひっつき声を上げる。
「蓮、わらび餅好きか?」
「大好き」
「そうか、俺もだ」
「お茶入れるね」
「ああ」
「先生、わらび餅ってもう字面からして美味しそうだよね」
「だな」
やはり言葉はいい。
特に蓮から発せられたものは。
どんな言葉であっても簡単に俺の心を溶かしてくれる。
例えばそれが二人きりの死へと誘う恐ろしい言葉であったとしても、俺はきっとそんな蓮を可愛いと思うし、そんな言葉があるということにそれこそ感謝してしまうかもしれない。
まあ結局俺が蓮を凄く好きってこと。
単純にただそれだけなんだけど。




