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ラブコメのライセンス  作者: 青木りよこ
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料理

そろそろ蓮のお茶碗を買わなければいけないと思う。

箸とお椀は予備があるがお茶碗というものがないため、白いサラダボウルに蓮のご飯をよそった。


「いっぱい食べるか?」

「うん」

「そうか、成長期だもんな」

「先生、お母さんみたいだね」

「そうか?」

「うん。少なくともお父さんではないよ」

「よくわからんが、ご飯がよそいたかったのか?」

「ううん。いいよ。お母さんみたいな先生が、大好きだよ」

「そうか」

「先生、もてたでしょ?」

「何度でも言うがもてないぞ」

「先生のもてるのハードルが高すぎるんじゃないの?」

「は?」


俺は自分の茶碗にご飯をよそい、後ろに控える蓮が持つお盆に乗せ、自分は肉じゃがの皿を運ぶ。

秋には炬燵として俺の生活を支えるテーブルには透明なサラダボウルにたんまりと盛られたブロッコリーが真ん中に二人を取り持つように置かれている。

蓮が腰を下ろした向かいに俺も腰を下ろす。


「先生。美味しそう」

「あおさ、もっと入れるか?」

「こんなもんでいい。肉じゃがお肉いっぱいだね」

「ああ」


お前に食べさせたくて作ったというと重すぎるので言わない。

言えるわけない。

二十八にもなる男が、重すぎるし、怖いだろ。

普通に引く、俺なら引く。


「先生、いただきます」


蓮は目を閉じ手を合わせた。

まるで何かのまじないのようで、そのほんの数秒の仕草が俺を固まらせるには十分で、俺はまたしても世界一ラブコメにむいていない自分の職業を思い出し自己嫌悪に陥る。

見なきゃ良かった。

嫌、見ないなんて選択肢はない。

俺はどんな蓮も見ていたい。

思えばこの数か月ずっと何らかの呪いをかけられたようなものなんだ。

まあ、一生解けなくってもいいし、年々悪化の一途を辿っても構わない。

これは俺にだけ正当な手続きを踏んで許されたものだから。


「先生。肉じゃが美味しいよ」


蓮はまず白滝を食べてそう言った。

肉を食えと思ったが、自分も肉より野菜とか海藻から食べるので言えないと気づく。


「それは良かった」

「こんな美味しい肉じゃが作れるんだから、先生もてたでしょ?」

「もてないよ」

「先生、学園のアイドル、みたいなのにならないともてるって言わないと思ってたりする?」

「思わないよ。そんな存在実際はいないし」

「いないよね。高校入ったらいるのかと思ってた」

「なー」

「なーじゃないよ。こう美少女生徒会長とか」

「漫画の読み過ぎ、アニメの見過ぎ」

「運動部の応援してる女子も見たことないよね」

「皆自分の部活に出なきゃならないしな」

「漫画とかアニメじゃいるじゃない?」

「いるな」

「私達は見たことないけど、実際はいるってこと?」

「まあ漫画やラノベはこう、読者が喜ぶ展開にしなきゃならないだろ?驚くほど何も起きない高校生活じゃあ、羨ましくもなんともないだろ?美少女に囲まれるとか、イケメンにちやほやされるとか、人知を超えた力を手に入れるとかしないと」

「先生そういうの羨ましいの?」

「そんなわけないだろ。いくつだと思ってんだ。そういうのは元々若い頃からない」

「どっかに置いてきちゃったの?」

「どこにだよ。俺は静寂な日常が好きだから何にも起きなくてもいい」

「読むのも?」

「読むのは起きてほしいだろ。幸せな結末も嫌いじゃないけど、破滅へと全力で駆け抜けるのも嫌いじゃない」

「何でこう囲まれたがるんだろうね?一人いればよくない?」

「いいよ」

「学園の美男美女カップルっていうのも聞かないよね?」

「ないな」

「ファンクラブとか親衛隊とか」

「実際お目にかかったことないよな」

「ない。こう、お姉様っていう人が一人くらいはいるのかと思ってた」

「成績優秀、眉目秀麗、スポーツ万能、おまけに資産家令嬢、みたいな?」

「うん。そういう先輩を女の子皆で取りあうのかと」

「そんな展開も見たことないな」

「あと王子様みたいな子がいるのかと」

「王子様?」

「成績は学年トップでスポーツは万能、おまけに人当たりも良くて、イケメンというより、美少年でー、実家は大金持ちで」

「いるかそんなの」

「漫画じゃ必ず一人いるんだけど」

「まあいるな」

「でも実際は見たことも聞いたこともないという」

「文武両道キャラはいても、容貌まで完璧ってのは中々難しいだろ」

「うん。先生、ブロッコリーも美味しいよ」

「お前ブロッコリー、ドレッシングとかマヨネーズいらない人?」

「いらない人」

「俺もいらない。キャベツの千切りは胡麻ドレッシングで食べたいけど」

「先生、胡麻ドレッシング好きなんだね。私も好き」

「蓮、肉は?」

「待って、今食べるから」


蓮はブロッコリーを飲み込むと器に盛られた肉じゃがの山から一番大きな肉を口に運んだ。

美味いかと聞くところをぐっとこらえる。

確かにそうだ。

自分の作ったものを美味しいと言ってくれたら喜んでくれたら嬉しい。

食い物と言うものは実に偉大だ。

美味いものを食って無表情でいられる人間の方が恐らく珍しい。

俺は面白い話なんぞできないし、特にする気もないわけだが、食べ物か。

これはいいことを教えてもらった。

美味いものを蓮と食べ、蓮を喜ばす、そして俺もそれを見ると嬉しい。

一石二鳥ではないか。

この年になって料理ができることがこれほど有り難いとは。

何でもしておくもんだなと思う。

やはりこの世に無駄なものなど何もない。


「先生」

「ん?」

「このお肉、すっごく美味しいよ」

「そうか」

「うん。柔らかい。食べちゃうの勿体ないくらい」

「そっか」


違うか。

別に俺の作ったものじゃなくてもいい。

宅配ピザだって、マクドナルドのハンバーガーだって、吉野家の牛丼だってかまわない。

蓮が俺の目の前にいて、美味そうに食べている、それが俺には嬉しいだけだ。

別に何を食ってたっていいんだ。


「先生」

「ん?」

「私先生の肉じゃが好き」

「そうか」

「食べ物の趣味が合うといいって言うもんね?」

「そうか?」

「うん。そうだよ。私達今死んじゃって解剖されたら最後に同じ物食べたってわかるんだよね?」

「そうだな」

「凄いね、まったく一緒だもんね」

「まあな」

「私楽しい」


蓮が笑った。

タンポポの綿毛を飛ばした後みたいな顔で。

ふと羨ましい主人公について考えるが、特に思いつかない。

どうせそいつの傍に蓮はいない。

本当に俺達二人の間には、いっそ清々しいくらい何も起きなくて、毎度毎度飯食ってるだけだけど。


























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