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ラブコメのライセンス  作者: 青木りよこ
23/40

ナイショバナシ

「先生、耳、かして」

「は?何で?」


テレビでは未だに家族皆で楽しめるゾンビ映画の鏡のような映画が申し訳程度にかかっている。

だが誰も見ていない。


「ナイショバナシ」

「この部屋には俺とお前の二人しかいないぞ。声を潜める必要がどこにある」

「耳元で囁きたいのー」

「何で?」

「学校でやるわけにいかないでしょ」

「当たり前だ。学校でやられたら俺は首どころか、逮捕だよ」

「生徒とナイショバナシしただけで?」

「そんなに先生と生徒が近づくわけないだろ」

「そうだね。耳」

「勝手にどうぞ」

「いいの?」

「見られる心配ないしな。好きにしていいよ」

「やった。じゃあ、いくよ」

「どうぞー」


蓮が身体を俺の方に向けソファの上で正座する。

何だろう、酷く仰々しい。

たかが耳元で囁くだけだろ。

何かこう、大事な話があるのでそこに座りなさいと親にも言われたことないのに言い出されかねない勢いだ。


三分くらいはたったであろうか。

蓮は未だ何も囁かない。

多分恥ずかしくなってんだろうなと思い、ちらりと蓮を見ると案の定両手を膝の上に置いたまま固まっていた。

さて、どうしてやろうか。


「蓮、喉渇かないか?」

「渇いた」

「何か飲まないか?」

「飲みたい」

「よし、じゃあお茶入れてくるな」

「まだナイショバナシしてない」

「じゃあ、さっさとどうぞ、ん」


俺は蓮の方へ頭を傾ける。

蓮は両手で俺の右耳をまるで空から舞い散る天使の羽根の様に優しく包んだ。


「先生」


何を言うのかと思えば。

本当にこの娘は。


「先生」

「はいはい」

「先生」

「はいよー」


蓮が俺の肩に右の頬を置く。

顔が見れなくて残念だと思う。

俺の見るものすべてに蓮がいてくれるといいと思う。

ああ、やっぱり末期だ。

でも苦しくはない。

寧ろ今までの人生で一番元気だ。

一番今日が人生において年を取っているわけだけど。


「先生、考えたらナイショバナシなかった。先生に内緒にしてることないもん」

「そうか」

「うん。先生は大人だからあるでしょ?」

「特にないけどな」

「言いたくないことあるでしょ?」

「別にない」

「ないの?」

「ないよ」

「そうなんだ」

「がっかり?」

「ううん。今幸せ」

「あっそ」

「先生の耳の形好き」

「耳なんて皆一緒だろ。流石に耳にイケメンも美少女もないだろ」

「それはわかんないけど、先生の耳好き。持って帰りたいくらい」

「お前結構怖いこと言うね」

「そう?」

「うん、怖い」


耳の話で思い出すのは耳なし芳一とゴッホだが、自分で切り落とすのと他人に切り落とされるのはどちらが嫌だろうと考えどちらも爪先から冷えていくのを感じた。


「でも私先生の耳誰にも見せたくないな。耳だけじゃなくて先生の姿誰にも見せたくない」


蓮の呑気な声に安堵を憶える。

作り物のゾンビより昔話の方がよっぽど怖い、蓮に話してやろうかと思ったが、蓮に怖い記憶が増えるのは余りよろしくないのでやめておく。

背筋が凍るのは俺だけで十分だ。


「ちなみに聞くけど何で?」

「だって先生かっこいいもん。皆先生のこと好きになっちゃうよ」

「は?」

「は?じゃないよ。私学校にいる女子皆先生を狙ってるハンターに見えてるよ」

「アサシンじゃないんだな」

「本気で言ってるのにー」

「お前は先生のこと世界一のイケメンだとでも思ってるわけ?」

「え?思ってないよ。私にとっては世界一だけど。世界一はないよ」

「言ってること矛盾してないか?学校中の女子が先生のこと狙ってるハンターなんだろ」

「それはそうなんだけど、世界一のイケメンではないよ。届きそうだもん。世界一のイケメンなんてお傍にも寄れないんじゃないの」

「まあ、そうだろな」

「でも先生はかっこいいよ、安心して。世界一かっこいいから」

「お前がかっこいいって言ってもな」

「私だけに好かれてたらいいじゃない?彼女なんだから」

「まあそうなんだけど、なんていうかお前と横に並んでも恥ずかしくないくらいの顔だったらなって、嫌、いい」

「え?」

「嫌、何でもない」

「え?何?言ってよ」

「言わない」


何口走ってるんだよ。

恥ずかしい。

いい年した大人が、全く血迷ってるな。

迷走している。

恋という名の迷宮、こんな恥ずかしいこと平気で口走るとか、ああ、そうだ、疲れているんだ。

見てくれが気になるなんて十代の子供じゃあるまいし、何やってるんだろう。

でも意識せざるを得ないんだ。

どうしたって自分はこれから年を取るばかりで、あと十年たったって蓮は今の俺の年に追いつかないのだから。


「先生?」


蓮が俺の顔を覗き込む。

何処にも逃げ場はない。

この美から逃れられない。


「徒然草でな」

「うん」

「兼好法師さんも言ってる。人は容貌に優れているのが望ましいと」

「うん」

「な?昔からそうなんだよ。男だってな、顔がいい方がいいと、昔っからそうなの」

「うん」

「うんって、あとな口数は少ない方がいいってさ、男は黙ってっていうのをもうあの時代すでに言ってたんだ。天才だろ。な?」

「うーん、うん?」

「つまりはまあ、あとな、声のいいのがいいって、声優万歳ってことだよ。最先端だな。予言の書だよ」

「うん」

「面白いぞ徒然草。あとな詩を書いて歌を詠んで楽器ひけなくちゃって言ってる」

「そう」

「蓮、もういいだろ。先生つらい」

「何が?」


白状してたまるか。

あー、これ以上年取りたくねえなって思ってるなんて、そんなかっこ悪い。

蓮を若いな、眩しいなって思う。

でもそれは恐らくずっとそうなんじゃないかって思う。

それはとても単純な話で、ただ単に蓮が好きだから。

好きな子とういのは何もなくてもよく見えるものなのだ。


「先生疲れてる?」

「ああ、疲れてるよ」

「じゃあ、寝る?私のお膝空いてるよ」

「先生は普通の枕の方が好きな人だから」

「先生ってことあるごとに楽しくなるフラグをバキバキに折っていく人だよね」

「先生のな、ラブコメセンサーが全力でそれを拒否するんだ」

「そんなの搭載してるんだ。でも私が先生としたいのはラブコメじゃなくって官能ラブファンタジーだから」

「何それ?先生わかんない。えっと流行ってるの?」

「知らない。官能って使いたかっただけ」

「お前官能の意味わかってる?」

「先生私のこと小学生だと思ってるの?」

「そんなわけないだろ。あー、でもいい。意味は言わんでいい」

「性的な」

「言わんでいい。あー、あれだ。蓮。喉渇いただろ。お茶飲もう。冷蔵庫にウーロン茶冷えてるのあるから。黒ウーロンだぞ。トクホの」

「先生のとこ来ると健康になってく気がするよ」

「お前健康だろ。肌めちゃくちゃ綺麗だし、どっこも悪くないだろ」

「うん。じゃあ、お茶飲む」

「よし。取ってきてやる。大人しくしてなさい」

「はーい」


俺は漸く目も眩むほどの檻から解放される。

随分かっこ悪いことを言ったと思う。

兼好法師さんにも申し訳なかった。


「先生」

「ん?」


蓮は結局台所に付いて来て、俺の左腕を取る。


「私内緒にしてること一つだけあるよ」

「何?」

「先生のこと好きだってこと。誰にも話してないもん。私と先生しか知らないよ」

「そうだな」

「私と先生だけのナイショバナシだね」

「ああ、そうだな」


何ていい休日だろう。

外はいいお天気なのに出かけなくても良くて、食べるものはふんだんにあり、好きな女の子はいつだって俺に優しくて。

俺は前世で余程の徳を積んだに違いないし、来世でとんでもない不幸に見舞われようとも耐えなければならないだろう。

それこそ蝉か蜉蝣かもしれない。

兼好法師さんは来世のこと考えろと言ったけど、もういい。

四十歳くらいで死んだほうがいいと言っているけどそれも嫌だ。

蓮がいる限り長生きしたい。

年を取ってからの方が蓮と一緒にいられるのだから。

でも男はやっぱり学問と言っておられたからそこだけは頑張ろうと思う。

まあ何年たっても詩は書けないし、歌も詠めないだろうけど、字だけは俺は自信がある。

これはお習字を習いに行かせてくれた母親に感謝だな。























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