安心
「先生」
「ん?」
「これ面白くなるの?」
「さあ」
本当は知っている。
昨日予習済みだ。
「今の所全然面白くないし、怖くもないんだけど」
「良かったじゃないか。安心して見れるな」
「安心してって、これじゃあ先生とちっともくっつけないじゃない」
「くっつく予定はないぞ」
「ゾンビに怖がって震えている女の子を先生は放置するの?」
「怖くないだろ?」
「怖くないよ。怖くないのが問題じゃない。先生に抱き着きたいよー」
「先生はそういうの趣味じゃない。先生は映画は静かに見たい」
「えー、つまんない」
「先生は楽しい」
「どこが?」
「前にも言ったけど大人になるとな、休みってだけで楽しいんだよ」
「怖くないけど、抱き着いていい?」
「いいわけないだろ、ダメだ」
「よしよしして欲しいなー」
「先生はしたくない」
「泣いてもダメ?」
「泣いてもダメ。ほら見てたらそのうち面白くなるって」
「もう飽きたよー。せめてお膝に乗ってもいい?」
「いいわけあるか。一番ないわ」
「じゃあ、せめて手繋いで」
「駄目だ。過度な接触禁止」
「つまんないー」
「お菓子食べ放題で映画見てるなんて最高に楽しいだろ」
「確かにお菓子は食べ放題だけどー」
「ほらほら、お菓子食べろ」
「あんまり食べるとお昼ご飯食べられなくなっちゃうよ。先生が作ってくれた肉じゃが楽しみにしてるんだから」
「それは楽しみにしとけ。肉いっぱい入ってるぞ。あと白滝も」
「嬉しい、白滝大好き」
俺は隣に座る蓮を見る。
蓮が俺の視線に気づき、どうかした?と首をかしげる。
おいおい、本当に可愛いな。
もう俺は完全にどうかしてる。
彼女が可愛くって仕方がないとか、本当に大人としてどうなのか。
嫌、その彼女が十六歳って時点でもう終わってるけど。
でも言い訳をさせてもらうが、俺は垣間見るどころか、この至近距離を耐えているんだぞ。
盗み出すとか大それたこともせず。
こんな可愛い顔に耐えているんだ、それだけで結構偉いと思う。
この清らなり、な生き物を。
きらきらし、な生物を。
「先生、楽しい?」
「楽しいよ」
「先生、私がゾンビになって帰ってきたら嬉しい?」
「嬉しいだろうな」
「本当?」
蓮が少しだけ驚きを隠せないという顔をして俺を見る。
もう俺達は完全に映画を見ていない。
まあ、俺は昨日見たんだけど。
「お前ゾンビになっても可愛いだろうしな」
「先生ホントに私の顔好きだよね。おっぱい興味ないのに」
「ないな、先生あんまり身体のパーツにこだわりないから」
「Gカップだよ。凄くない?」
「凄いけど、顔のインパクトが凄すぎてあんまり」
「顔、顔って言うけど、それなら私に一目惚れしててもいいくらいなのに、何で興味なかったの?」
「好きになったからその顔が世界一可愛いと思うようになったんじゃないのか、多分」
「顔ありきじゃないんだ?」
「ないな、多分違う顔でも好きだったんじゃないか」
「なんか矛盾してない?」
「してないぞ。筋は通っている。何にも破綻してないぞ、理路整然だ」
「先生、そんなに私のこと好きなのに、何にもしないの?」
「しない。先生はちゃんと玄関からお前の家行きたいからな」
「何、それ?」
「ちゃんとした方法でご挨拶したいってこと」
「真面目」
「そうだな」
真面目にさせるのはお前だよ、蓮。
お前はパンツ見せたげるとか言うくせに、清純というか、纏っている空気が澄んでいるんだよ。
それは風だったり、水だったり、空だったりするんだ。
俺は詩人じゃないからこんなことしか言えないけど、最初からある、あるのが当たり前みたいな感じなんだ。
普遍って言ったらいいのか。
まあ、お前はそういうとこがあるよ。
「先生、何か面白いね」
「映画?」
「違うよ。私達。なんかおかしいよね」
「可笑しいか?」
「おかしいよ。こんなにいいお天気なのにお家に引きこもって、わざわざパジャマに着替えて映画見てるの。それも面白くもなんともない映画」
「確かに可笑しいな」
「大人になったら何でもしてあげるからね。だからちょっとだけ待っててね」
「ああ」
「本当に何でもしてあげる。そうだ、私のこと艦長って呼んでもいいよ」
「呼ぶか、あー、言うんじゃなかったー」
「へへへー」
「何だそれ」
「先生、私も先生がゾンビになって帰ってきたら嬉しいよ。お部屋に匿ってあげるから一緒に暮らそうね」
「ありがと」
「私も匿ってよ。それこそもう人間じゃないからやらしいことなんでもできるね」
「そうか、人間じゃないのか」
「そうだよ。死んじゃったんだから、もう縛られることないでしょ。もう年も取らないし、あー、でももうご飯食べられないね」
「食べる必要ないんだろうな」
「ゾンビより幽霊のがいいなー。そうしたらお母さんに見つかる心配ないでしょ?」
「お前にしか見えないって設定なの?」
「そりゃそうでしょ。恋人に会いたい一心で幽霊になって帰ってくるんじゃないの。帰って来てね」
「その前に死なないようにする」
「長生きしてね」
「お前もな」
「先生は私が看取ってあげるからね」
「はいはい」
「でもその前に結婚して子供十人くらい欲しい」
「先生はそんなには欲しくないな、三人くらいでいい」
「先生、赤ちゃんの名前でも考えようか」
「先生は花の名前がいい」
「何で?」
「お前の名前綺麗だなって思うから」
「そうなんだ。ねえ、じゃあ最初名前綺麗だなって思ったの?ねえ、初めて出逢った時どう思った?」
「どうも。だって生徒の一人だし」
「運命を感じなかった?」
「感じなかった」
「少しも?」
「少しも」
「そんなもん?」
「そんなもんだよ」
「そっかー」
蓮は少しも残念そうじゃない。
そういえば運命的に出逢った主人公とヒロインは結ばれないことが多い気もする。
人生は生活だ。
日常に運命など必要ない。
だから劇的な展開などいらない。
ただこんな風に何にもないけど何にも起きないけど一緒にいる。
つまらない映画を見て、スーパーで売っているお菓子を食べ、何にもオチもない答えが出るでもない話をする。
それが結局一番楽しい。
違うな、何も起きてないはずがない。
蓮がいる。
もうその時点で俺にはこれ以上ないくらい劇的だ。
でも俺は平坦な日常を愛する人間なので、蓮にはもうちょっと日常ヒロインっぽく所帯じみてほしいものだけど、まあ贅沢な悩みだろう。
まあ青い髪があんなにしっくりくる美少女には無理だし、蓮がいるだけで俺は愉快でたまらないから、何もない日常なんてもう来ないかもしれない。
そう考えると俺はもう数か月非日常を生きているわけだ。
も日常愛好家とは言えないな。
蓮のいない日常なんかいらないし、蓮がいるなら確かにゾンビが出たって、幽霊が出たって楽しいだろう。
「先生、どうかした?」
「何でもないよ」
「そう?」
「ああ」
お前のことばかり考えているよ。
本当に何をしてても、何を見ても、何を聞いても。
いい年した男が、毎日毎日、夜も昼も、朝までも。




