足首
「先生」
「あー」
洗面所のドアを開け蓮が姿を現す。
蓮は紺色と白のボーダーのルームワンピースを着ている。
如何にも柔らかそうな素材で肌に優しそうだ。
「先生」
「ん?」
「何かないの?」
「何か?」
「先生タオル一枚とかの方が良かった?」
「いいわけないだろ。普通で安心したわ」
「普通?」
「それ家で着てんの?」
「うん。先生わざわざ買ったの?」
「そんなわけないだろ」
付き合ってる子がが泊まりにくるからって浮かれてパジャマ買うとか、乙女か、俺は。
嫌、泊まったりはしないんだった。
あくまでお泊り、ごっこ、だ。
「先生、興奮しないの?」
「するか、でも、あれだな」
「ん?」
「お前の足首初めて見た」
「え?」
足首と俺は誰に聞かせるでもなくそう呟く。
ルームワンピースの裾は長く、膝もふくらはぎもすっぽりと隠されているが、控えめに足首だけが見えている。
白い、白い足首が。
「いっつも、お前タイツ履いてるもんな。足首初めて見た」
「先生足首愛好家なの?」
「愛好家って、嫌そういうのはないけど」
「ないけど?」
「足首初めて見たなって」
蓮がワンピースの裾を両手で持ち上げる。
白い太腿が露わになる。
「太腿は?」
「初めて見るな。でもやめなさい」
「やっぱり生で見ると違う?ドキドキする?」
「しない。先生身体のパーツに興味ない。でも足首は、何というか、そういや見たことなかったなって」
「そうだっけ?」
「そりゃそうだろ。お前一年中黒いタイツ履いてない?」
「夏は違うよ」
「去年の夏お前がどんな格好で学校来てたかわかんないし」
「去年の夏は私に興味なかったんだ」
「去年の夏ごろなんてお前まだ生徒だったろ。授業でたまに会うだけなんだからどんな靴下履いてたかなんて知らないよ」
「可愛いとも思ってなかったの?」
蓮は相変わらず太腿を見せたままなので、しまいなさいと両手を下に下すジェスチャーをするが伝わらない。
「可愛いって、生徒だからそんなこと考えたこともなかったな」
「私が告白するまで本当に私に興味なかったんだ」
「なかったな」
「そんなもんなんだ」
「当たり前だろ。生徒に個人的に興味あったらダメだろ」
現に今ダメ教師だ。
教え子の足首を見て、その白さにちょっと心がざわつくのを感じている。
大和物語もこんなだったのだろうか。
大和物語では見る予定のない娘を垣間見てしまい、その美しさに心を奪われ、狂おしさに、遂には盗み出してしまう男の話があるが、女性からしたらたまったもんじゃないだろう。
本当に迷惑な人間だ。
俺は垣間見るというとこの話を思い出す。
「足首かー。盲点だったな」
「何が盲点だ。違うからな。そういうんじゃないから。ただ見たことなかったなって」
「じゃあ、見て見て」
「嫌、だからしまいなさい。ちらっと見えてるのがいいんだよ」
「えー」
蓮はやっと太腿をしまったが、いいことを聞いたとばかりに少し得意げだ。
「腕は?」
「は?」
「腕まくりしようか?」
「嫌、別にいいって」
「腕も白いよ」
「嫌、白いのはわかってるって。そうじゃなくって、足首はさ普段も見てるんだよ。ただいつもタイツ履いてるから、ってもういいよ、この話は」
「えー、この話まだしたい」
「嫌だ。これ以上恥ずかしい展開になんの嫌だ」
「えー。恥ずかしい展開したい」
「したくない。まあ普通のパジャマで良かったよ」
ベビードールとかだったらどうしようかと思っていた。
でも本当はこういう普通の恰好の方がよっぽど好きだけど。
蓮は何も言わず笑みを浮かべると、ワンピースの裾を両手で持ち上げお姫様のような挨拶をする。
「それ、いいな」
「そう」
「もう一回」
蓮がもう一度同じ動作を繰り返す。
永遠に見てられるなと思った。
いと美しくだってこんなに綺麗じゃなかっただろう。
俺はしゃがみこみそうになるのをぐっとこらえる。
俺は今確かに確信している。
今世界一美しい娘と一緒にいると。
「先生、私のこと好きでしょ?」
「ああ、もう間違いなく好きだ」
「間違いなくって、好きでしょ?」
「好きだよ」
「一生好き?」
「ああ、一生好き」
「私も一生好き」
「なあ、もういい加減ゾンビ見よう。三本借りてあるから」
「うん。先生もうお仕事いいんだよね?」
「ああ」
「ゲームは?」
「もう今日はいいよ」
「じゃあ隣に座ってね。並んで見たい」
「ああ」
「楽しみだねー、ゾンビ」
「ああ」
もう昨日見たけどな。
ゾンビに関してはお腹一杯だけどな。
どっちかていうとゾンビよりずっとお前を見ていたいけどな。
「先生、座って」
先にソファに座って俺の手を引く蓮のその小さな手の余りのたおやかさに、もうどうでも良くなってその健気な身体に倒れ込みたくなる。
まあ、絶対にしないけど。




