青髪
「お前凄いね」
「え?」
「嫌、俺そんなに青い髪似合う日本人お前だけだと思うよ」
「先生、私の髪はいいけど、今起きたの?」
「そんなわけないだろ。八時には起きてた。もう今日一日これで済ますことにしたんだ。もう出かけない、一日家にいる」
「それはいいけど、先生の着替え見たかったのに」
「玄関で言うことか」
「先生がいきなり言ったんでしょ。もう上がるよ」
「ああ、おはよう」
「おはよう、先生」
仕方ないだろ。
俺は正直者なんだ。
玄関開けて、腰まである青い髪をした美しい少女が立っていたら、取りあえず誰だって反応に困るだろ。
おはようもそりゃ忘れるわ。
日常がひっくり返されてるんだから。
「でも先生スウェット似合うね。足が長いからかな」
「こんなの似合うとか似合わないとかないだろ。お前のその髪のがすげえよ。感心するわ」
「先生、青い髪した女の子が好きなの?」
「嫌、別に。そういうのはない。髪は黒い方が好き」
「でも今日ちょっと喜んでない?」
「仕事終わらせたからな。気分がいいんだ」
「そうなんだ。先生凄いね。じゃあ、寝てないの?」
蓮がマスクと眼鏡を取って背伸びをして俺の顔を覗き込む。
美形の迫力って凄い。
三百六十度どこから見ても綺麗っていう化粧品のコピーが頭をよぎる。
圧倒される、これが美の力、美の神髄。
「寝た。かなり寝た。だから大丈夫だ」
予習も完璧だし。
三本借りたゾンビ映画全部見たが、家族で見ても安心なものばっかりだった。
少なくともお父さんとお母さんが凍り付くようなシーンは一個もなかった。
面白くはないけど。
まあ、俺はゾンビはどうでもいい。
蓮がいて、適当に寛いでいてくれたらそれでいい。
俺の視界の中で。
「でも、先生の着替え見たかったよう。ねえ、先生着替えてくれない?」
「は?嫌だよ」
「先生の服脱ぐとこ見たい」
「オッサンの着替え見てどうすんだよ」
「彼氏のだもん。彼氏の身体見たい」
「嫌だよ。普通に嫌だわ」
「私の着替え見てもいいから。見せ合いっこしようよ」
「しねえよ。捕まるわ」
「捕まんないよ」
「お前は捕まんないけど、俺は捕まる。どっちでも捕まる。覗きでも露出狂でも」
「露出狂って、先生」
「嫌、人前で裸になるとか、唯の犯罪者だろ」
「私しか見てないよ」
「お前未成年者だし」
「えー、もう上半身だけでいいよ」
「見てどうするんだよ、服脱ぐの嫌だ。お前服着てない男とか本当にいいの?」
「先生ならいいよ」
「俺が嫌だわ」
「十八になったら見せてくれる?」
「ああ」
「でも先生。私が脱ぐのはあり?」
「は?」
「触んなかったらありじゃない?見るだけならいいんじゃないの?脱ごうか?」
「見るのも犯罪です」
「ヌードモデルだと思えば・・・」
「思えるか。美術の先生じゃないんだぞ。あと未成年者のモデルなんていないだろ」
「西洋美術ってほとんど裸じゃない?」
「そうだな」
「おっぱい丸出しだよ」
「そうだな」
「男の人も丸出しだよ」
「まあな」
この会話どこに行くんだ?
昨日なんか見たのか?
テレビ何やってたっけ?
「私全部見せろって言ってないんだよ。せめてパンツくらい見せても良くない?」
「念のため聞くけど、誰の?」
「先生の」
「俺のパンツ見てどうするんだよ」
「見たい。彼女だから。どんなパンツ履いてるのか気になる」
「普通だよ。見ても何にも面白くないよ」
「私のパンツも見せるから」
「見ない。もう着替えて来いよ。ゾンビ見よう。先生早くゾンビ見たい」
「興味ないんじゃなかったの?」
「興味が出たの。先生はゾンビが見たくって見たくってしょうがないの。見よう。もう見るぞ」
「じゃあ、着替えるね。先生後ろ向いて」
「台所にいるよ」
「えー、じゃあ私洗面所で着替える」
「まあ、何処でもいいけど」
「待っててね。先に見ちゃだめだよ」
「わかってるよ」
もう本当は見なくていいし。
もうゾンビはお腹一杯。
もう三年分は見た気分だし。
嫌、三年分どころか一生分見たかも。
少なくとも今後生きていて蓮に言われない限りゾンビ映画を借りようとは思わない。
「先生。ドア開けちゃだめだからね」
「はいはい」
蓮が洗面所のドアを閉めたので、俺は取りあえず、テーブルにお菓子を用意する。
飲み物は蓮が出てきてからでいいか。
「先生」
「ん?」
振り返ると蓮は着た時のままの黒いワンピース姿だった。
髪もまだ青い。
「どうかしたのか?」
「先生。どうしてドア開けないの?」
「は?」
「ノックしないでドア開けて着替え見ちゃうのは王道展開でしょ。鉄板でしょ」
「ラブコメのな。先生はもう三十だぞ」
「二十八でしょ。正確にはまだ二十七でしょ。水増し請求しない」
「嫌、ノックしないでドア開けて中に入ると美少女が着替えてるってのはよくある展開だけど、それやる時の主人公は高校生だから。先生の年だと犯罪だから。それに先生はいついかなる時でもノックするし、嫌ノックはしないけど、開けていいって聞くから」
実家にいる時はいつもそうだった。
俺には姉が二人いるが、いつも部屋に入る時は開けていいって聞いてから入ったものだ。
「先生、そういう展開したくない?」
「したくないよ。いくつだと思ってるんだ。嫌、俺が高校生でもそんな展開したくない。だって問答無用でこっちが悪いだろ。そんな立場になりたくない」
ラブコメなら簡易フラグが立つだけだが、現実世界でそれをやったら唯の犯罪者だ。
男湯と女湯の看板が入れ替わるとか、そんな展開本当にあったら苦情で済まされんだろ。
この年になると笑えないことばかりだ。
「見てほしいのにー」
「見せたいの?」
「見せたい。だって先生と結婚する頃私のおっぱい萎んじゃってるかもしんないもん」
「Gカップが萎んだってせいぜいEカップだろ。変わんないよ」
「この張りと弾力を感じてほしいんだよ。ぷるんぷるんだよ」
「先生そういうの興味ないから。さっさと着替えといで」
「えー」
「先生はそうだな。お前のGカップには興味ないけど、美味そうに食べるお前には興味ある」
「えー」
「えーじゃない。お菓子いっぱい買っといたからさっさと着替えろ。時間もったいないだろ」
「うん・・・」
「あと、さっさと髪黒くしてくれ。黒い髪の方が好きだから」
蓮は青い髪で隠していた黒髪を俺に見せ、少し笑うと恥ずかしそうに俺に背を向けたまま洗面所のドアをそうっと閉めた。
この年になると笑えないことのほうが多いけど、この年になって芸術で表現できそうもない美を超えるものを知る。
蓮が笑う。
唯笑う。
何でもないことの様に笑う。
生きている、生活してる、唯そんなこと。
ラブコメ展開なんか望まない。
でもラブコメ主人公で一番羨ましいのは何が何でもハッピーエンドに全力で導くその主人公力だ。
それだけは羨ましいけど、人生はそうやってヒロインと結ばれてからの方が長い。
だから俺は、結ばれてからの長い人生が健やかならそれでいい。
できれば腰痛とか肩こりもなく、血圧も高くなく、血糖値も正常で、ピロリ菌もありませんように。
俺は一昨日明日の分のヨーグルトを買わなかったことを思い出す。
ああ、やっぱり今日蓮が帰ったら買い物に行かなくては。
まあいいか。
もずくと納豆も買いたいし。
多分他にも買う物あるだろうし。
外はこれ以上ないくらいの快晴で、雲なんか一つも見つけられないんだし。




