前々日
金曜日の夜仕事を終えて自転車に乗り走り出した時の解放感は凄い。
別に仕事が嫌なわけじゃない。
定時には帰れないが、そもそも定時という概念すらないが、家に帰れるだけ有り難いし、俺は家にさえいられたら例え延々と続く仕事の続きだろうとも構わない。
家が好きだから。
俺は勤務先の高校のある市内に住んでいる。
蓮と付き合うようになった今となっては厄介だが、有り難いことにうちの高校は市外からの生徒の方が多いので、今の所俺は校外で生徒と偶然会うという展開に見舞われたことがない。
後二年の辛抱だし、蓮も定期で来れるし。
嫌、電車代くらい出すけど、そういうことしだしたら本当に援助交際めいてくるので、俺としてはよろしくないなと思う。
やめた。
考えるのよそう。
明日は土曜授業もないし、昼まで寝よう。
嫌、十一時まで寝る。
そうしないと間に合わない。
日曜は蓮にゾンビ映画見せといて仕事してもいいだろうけど、毎週毎週それじゃ悪いし、明日、明日中に終わらせる。
まずはスーパーに寄って買い物を済ませ、DVDを借りて、明日はゾンビ映画を作業用BGMにして仕事をする、と。
事前学習は何事においても必要だ。
授業の準備と一緒だ。
十代の子を預かっているのだから、うん。
あー、考えるのよそう。
自宅近くのスーパーの駐輪場に自転車を停め、まだ明るい店内に入る。
今日はもう面倒だから豚の生姜焼にしよう。
困ったときは豚の生姜焼きに限る。
後はブロッコリーの茹でたのと千切りにしてあるキャベツの袋を買って終わりにしよう。
ごぼうが視界に入ったが、ささがきは面倒だから味噌汁はジャガイモと玉ねぎにしよう。
精肉コーナーに行くと牛肉が安い。
これで蓮に肉じゃがをしてやろうと買い物籠に牛肉のこま切れの大きめのパックと豚ロース肉のパックを入れ、我に返る。
また家事スキルが上がると蓮に文句を言われるだろうか。
でも牛肉安い。
玉ねぎとジャガイモと白滝いっぱい入れたの食べさせてやりたい。
多分喜ぶだろ、蓮肉好きだし。
でもあれか、私が先生に作りたかったのにと言ってまた落ち込むのか。
まあ、それならそれでいいか。
どんな展開でも俺に取ったら楽しいだけだ。
明日は雨だから明日一日家に引きこもる。
籠城だ。
別に出不精ってわけじゃないが、家に一日中いられるとかそれだけで嬉しい。
食べる物が豊富にあって、やることはいくらでもある。
こんな楽しいことはない。
そこに蓮がいたらもう完璧だ。
他に望むものは何もない。
わらび餅美味そうだな。
俺は小さな特設コーナーのワゴンに積まれたわらび餅をじっと見る。
きな粉と黒蜜もついている。
これは美味い、美味いに決まっている。
これも蓮と食べよう。
塩鯖の切り身も安い、これも買って、カツオのたたき美味そうだな。
玉ねぎとネギと生姜をすりおろしてポン酢で食べたい。
豚の生姜焼きは明日にしよう。
あー、楽しい。
俺はこの休みの前日のスーパーでの買い物が最高に好きだ。
財布のひもと身体の弛み切ったこの感じ。
この感覚を得るために働いているんだよなと言っても過言ではないと俺は思う。
これで蓮がいたら楽しいだろうなと思う。
そしてそんなことを考えられる浮かれまくっている自分に心底引く。
俺はこんな人間じゃなかったはずなんだけどな。
もっと冷静で他人に影響されない人間だったはずだ。
まあ今となってはそんな自分いたかどうかすら疑わしい。
そういえば蓮も一緒にスーパーで買い物がしたいと言っていたな。
まあこれがしたいんだろうな。
二人でこれ食べよう、あれも美味しそうってあーだーこーだ言い合うのが。
俺も今誰もいない隣に蓮がいたらと思ったりする。
あいつも毎日そんなこと考えてるのかな。
そして俺はまたしても自分に引くのだ。
蓮のことばかり考えている自分に。
豆乳とヨーグルトを買ってワカメと豆腐を買っていないことに気づき鮮魚コーナーに戻り、最後にお菓子のコーナーへと向かう。
まだ蓮に食べさせたことのないお菓子を籠に入れながら明日中にすべきことの順位をつけていくがどうせ全部やらなくてはいけないのだから、考えないことにした。
レジに行く前に買い忘れたものがないか確認するが、思いつかないのでないのだろう。
あったとしても知らない。
もう一刻も早く帰り、飯を食って風呂に入って横になりたい。
ああ、でもゲームしないと、うん。
そう、休みの前日なのにゲームやらないと先生どうかしたのって蓮もメールしてくるし、うん。
風呂上がりにゲームをしながら借りてきたゾンビ映画を一本見た。
取りあえず合格だった。
前評判通り下ネタもラブシーンもなく家族で見るのに相応しい出来だ。
これなら学校でだって流せる。
まあ、面白いかは別にして。




