ゲーム
「よし、じゃあお腹一杯になったし」
「うん、なったし」
「お菓子もいっぱいあるな」
「いっぱいある」
「よし、じゃあゲームしよう」
自分の声とは思えないくらい溌剌と部屋に響いた。
俺もこんな声が出せたりするのだ。
健康な証拠だ。
健康ならばあとは文化的に生きねば、人間として。
「ゲームってテレビゲーム?」
「嫌、先生の家のゲーム機事情はあれだ、プレステ3で止まってるから。これだよ」
俺は仕事用の机の上に放置されているスマホを手にしてまるでCMに出ている女優の様にスマホ画面を蓮に見せる。
「えー。お仕事終わったのにゲーム?」
「お仕事終わったからこそだろ。先生はな、蓮」
「うん」
「昨日の夜からな、ずっとゲームがやりたかったの。心ゆくまで古戦場を走りたかったの。だから昨日ほとんど寝ないで頑張ったんだよ。だからゲームさせてくれ。二時間でいいから」
「二時間たったら私もう帰っちゃうよ」
「だからそれまでな。先生仕事滅茶苦茶頑張ったんだよ。ゲームしたい。ゲームしたい。ゲームしたいって」
「いいけどー。そのかわり私先生にくっついてていい?」
「くっ付くのはよろしくないな」
「どうして?邪魔しないよ。私は先生の身体触るけど、ゲームの邪魔はしない」
「嫌、あのな、あんまりくっつくのは精神衛生上よろしくないんだよ」
「先生私好きでしょ?」
「ああ」
「好きな子とはいつだってくっ付いていたいものでしょ?」
「そうでもないな、あのな、あー、先生握力ゴリラだから、な、危ないから。お前のこと踏みつぶすかも」
「そんなわけないでしょ。先生林檎素手で握りつぶせるの?」
「できるか。勿体ないわ」
「じゃあ、ゴリラじゃないよ。先生背は高いけど細いし、力そんなにないでしょ」
「あのな、お前俺が怖くないの?」
「先生のどこが怖いの?」
「圧迫感ない?俺でっかいし」
「ないよ。先生のこと怖いと思ったことなんかないもん」
何だこの問答。
嫌問答何ていうのもおこがましいか。
まあ、安心してるならそれにこしたことはない。
この家が彼女にとって世界一安全な場所でならなくてはならないと思っている。
それもおこがましいか。
一番は両親と姉達のいる自宅だし、そうであってほしい。
「まあ兎に角、あんまりくっつくとな、先生もその、キツイ」
「先生って無駄な抵抗ばっかりするよね」
「ん?」
「我慢しないで早く楽になったらいいのに」
「そうかもな」
「やせ我慢は体によくないんだよ」
「だろうな」
「じゃあ、せめて隣に座ってゲームして?」
「嫌、寝っ転がってしたいんだよ」
「もうさっきと同じじゃない」
「嫌、だってさ、寝っ転がってさ、テレビつけっぱなしにしてさ、時々お菓子食べてさ、ゲームするとか最高の贅沢だろ。一週間頑張ったご褒美だろ。昨日の分を取り返したい」
「昨日マルチバトルしてなかったもんね」
「ああ」
「先生いないから寂しかった」
俺と蓮はゲーム上ではフレンドだったりするので、夜になると不特定多数の顔も見たことのない恐らく実生活で生涯で会うことのないプレーヤー同士が会える戦場で会い蓮は必ず意味のないおよそ恋人同士で送らない勇ましいスタンプを送ってくる。
「スタンプさー、愛してるとか、大好きとかあったらいいのにね。ボイス付きなら売れると思うけどなー」
「どこで使うんだよ」
「私使うもん。もっと会話できるようになったらいいのにね」
「そういうゲームじゃないから。スタンプはマナーなだけだから。基本一人こそこそやれるゲームなんだからな、人と交流するゲームじゃない。やろうと思えば何でも一人でできるし、まあそれをやるには相当強くなんないとだけど」
「でも私、夜先生と会えるの楽しみなんだよ。先生元気なんだなって、生存確認できるでしょ」
「生存確認って」
「あー、先生頑張ってるなって。強いなって。先生が強いと嬉しいの。この颯爽と去っていく人私の彼氏なんだって。強い人一人来るとすぐ終わっちゃうもんね」
「まあな、まあ兎に角お前はランク120になるように頑張れ」
「うん。頑張るね」
俺はソファに寝っ転がりゲームを始めた。
蓮は先ほどと同じように俺の足元に腰を下ろし、俺と同じゲームを始める。
「寝っ転がらなくていいのか?ベッドなら空いてるぞ」
「先生じゃないんだから。そんなに寝っ転がりたくないよ。でも先生凄いね」
「何が?」
「本当は疲れてるんだもんね。毎週私が来るのしんどい?」
「それはない。楽しみだよ。ただゲームはしたいんだよ。これは別腹だから」
「うん。わかってるよ」
「今すっげー、楽しいよ」
「え?」
「嫌、仕事片付いててさ、腹もいっぱいになってさ、ゲームできて、おまけに部屋にお前いて、ハワイとか行かなくても天国だよ」
「何でハワイ?」
「どっこもいかなくてもってこと」
「今同じとこいる」
「いるな」
今丁度三人しかいないため蓮のユーザーネームが見えた。
「先生のジョブかっこいいね」
「あー」
「女の子なのに先生だと思うとかっこよく見えるよ」
「そうか」
「ね、先生」
「んー?」
「来週はゾンビ映画見よ」
「えー、いいけど、何でゾンビ?」
「うちね、皆怖いのダメだから怖い映画見たことないんだよね。だから見てみたい。先生見たことある?」
「あるけどそんなに面白いものでもないぞ」
「でも見てみたい。見たことないんだもん」
「じゃあ、借りとく。何でもいいか?」
「うん。先生に任せるよ。一緒に見てね」
「先生はゲームしててもいいか?」
「いいよ。その代り怖くなったら抱き着くからね」
「はいはい」
出来るだけ怖くなさそうなのを借りようと思う。
来週末までにすることが一つ増えた。
怖くないゾンビ映画を調べること。
濡れ場や下ネタは勿論NGだ。
抱き着かれて悪い気はしないだろうが悪い気は起こすかもしれない。
俺は自分を信じているけど信じていないんだ。
だって客観的に見たら、こんな美少女と恋人関係にあって、手出していいと言われていて、一緒に長時間密室で二人っきりで何にもしないなんてことがあるはずないし、そんな奴はいないと断言できる。
そんなことができるのは伝説の高僧と呼ばれる人だけだろう。
俺はその高僧を取りあえず目指してみるのだ。
まあ二年辛抱すればいいだけなので、おこがましいので大仰なことを言うのは辞めておく。
ただのしがない教師なので。




