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ラブコメのライセンス  作者: 青木りよこ
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俺達

白いエプロンをして長い髪を一つに結った蓮と二人台所に並んで立つと、蓮がぽつりとごめんねと言った。


「何が?」

「夫婦喧嘩ごっこがねしたかったんだけど、上手くできなくて」

「同棲ごっこじゃなかったのか?」

「先生と喧嘩してみたかったの。言い合いしてその後仲直りするの」

「俺達で喧嘩することなんかあるか?」

「ないけどー、喧嘩して、仲直りってのがやりたかったの。彼女の機嫌取るとか可愛いじゃないですか?」

「可愛いか?」


二十八になる男が十六の女の機嫌取るとか。

嫌、痴人の愛のナオミは十五歳だったし、ロリータのドロレス・ヘイズは十二歳だった。

だから何だって話だけど。


「仲直りして、らぶらぶになって、二人で恥ずかしいことするの」

「しねえよ。何読んだんだよ?」


蓮が小さな頭を俺に擦り付ける。

それがでっかい犬を目の前にした小さな子供が涙目で大人の脚に縋り付いてるみたいで、こんな生き物に何をしろと言うのかと思う。


「先生のせいだからね」

「あー」

「私がこんなおかしなこと言うようになったの先生のせいだから。先生に会うまで私やらしいことしたいなんて思ったことなかったんだからね。先生が私をこうしたんだよ。先生で私性に目覚めたんだもん」

「俺で目覚めるとかお前変わってるね」

「先生は私に責任があるの。道義的な」

「あー、あるかもな」

「あるよ」

「ああ、あるよ。俺はお前に責任がある」

「うん。責任取って結婚してね」

「ああ」

「先生。好き」

「飯食おうよ」

「先生とこうしてたい」

「先生お腹空いた」

「私も空いた」

「空いてんのかよ。じゃあ作ろうよー」

「うん。もうちょっとだけ」


蓮は小さな頭を俺の身体から話すとそのまま美しい顔を俺に見せることなく冷蔵庫を開けた。

どうやら恥ずかしいらしいことは理解できた。


「先生、この丼に入ってるの何?」

「粕汁だよ。昨日作りすぎたから夜また食べようと思って」

「粕汁?先生が作ったの?」

「先生以外に誰が作るんだよ」

「先生が作ったなら食べたい」

「いいけど、粕汁好きなわけ?」

「好き」


蓮が冷蔵庫からラップのかけられた黒い丼鉢を出す。

両手で持っているのが可愛らしい。

もののあはれってこれじゃないかと思う。


「子芋面倒だからサツマイモと大根と人参とネギしか入ってないけど、そんなんでいいなら」

「十分だよー。サツマイモ大好き」

「じゃあ、もうそれ暖めてあとご飯だけでいいだろ」

「オムライスしようと思ってたのにー」

「また今度でいいよ」

「ケチャップで兎さん書いてあげようと思ってたのにー。メイド喫茶みたいに」

「メイドさんとかあんまり興味ないからいいよ」

「何なら興味あるの?」

「強いて言うなら司令官」

「えっと、何、それ?」

「艦長」

「館長?博物館の?」

「嫌、あの空母の、ってもういいよ。な、食おう。ああ、じゃああれだ。おにぎり食べたい。おにぎり作ってくれ」

「おにぎり?」

「ああ。自分じゃ作んないから。ご飯いっぱい炊いてあるからおにぎりにしてくれ」

「うん。ねえ具はあるの?」

「梅干しならある」


腕まくりをして手を洗い手に塩を馴染ませた蓮がご飯を握っていくのを突っ立ったまま眺める。


「先生。海苔あるの?」

「味のりしかない」

「味のり大好きだよ。何個くらい食べる?」

「三つは食べる。蓮上手だな」

「そう?」

「ああ、綺麗に握れてる」

「ホント?」

「ああ」


白い皿に白い三角形が並べられていく。

流れるような動きにもうこのまま百個くらい作ってくれないかなと思う。

ずっと見てられるし、おかしな話だが米も喜んでいる様に見える。

万物の全てに命が宿ると言うのは恐らく本当だ。

それか蓮が魔法使い、もしくは巫女。

そうに違いない。


「こんなもん?」

「ああ、美味そうだな。粕汁暖めたし食おう」

「うん。粕汁美味しそう。いい匂いするー」


テーブルの真ん中におにぎりの乗った白い皿と味のりを置く。

白い皿だけこのままどこかにお供えしたい気分だ。

ただの炊飯器で炊いただけの米なのに光り輝いている。

食ってしまうのが勿体ないが、俺はいただきますと手を合わせおにぎりに齧り付いた。


「美味い」

「良かった。粕汁も美味しいよ。酒粕いっぱい入れたんだね」

「ほとんど酒粕だな。甘くない甘酒だろ?」

「甘酒好きだもん。本当に美味しいよ。先生偉いね」

「何が?」

「だってお仕事で疲れているのに大根切って人参切ってサツマイモ切って」

「食いたかったら切るだろ。それに汁物は一度にたくさん作れるから楽だよ。シチューとか後でウィンナー入れたりグリンピース入れたりブロッコリー入れたりできるし」

「ブロッコリー美味しいよね。私の言えほぼ毎日食べてるよ」

「体にいいしな」

「先生。人が作ってくれたものって美味しいね」

「ああ。そうだな」

「人じゃないか。先生が作ってくれたから美味しいんだね」

「一緒に食べるから、じゃないのか?」

「そっかー。そうだね」


粕汁は昨日も食べて何度も食べた自分の味で別に美味いわけないのに、向かいで嬉しそうに頬の温かみを増していく蓮を見ていると美味く感じる。

おにぎりは抜群に美味い。

恐らく今までの人生でこんなに美味いおにぎりは食べたことがないと言うほど。

俺だっておかしい。

俺だって蓮に出逢っておかしくなった。

責任取れとは絶対に口が裂けても言わないけど。

昨日の残り物と梅干しか入っていないおにぎりを食べる日曜日がこれほど穏やかで安心するとは。

お前のせいだよと言うか、お前がそうさせたんだと言うか、まあ全部お前だよ、蓮。

向かい合い食事をする。

それが毎日になる。

そしてその日はそう遠くない未来なはずで。

おにぎりを頬張る蓮を見て、これが日常になるんだと思うといい年してそわそわする思いがし、立ち上がり冷蔵庫を開け冷たい豆乳を取り出しコップに入れ一気に飲んだ。















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