遠くからでも
「昼飯にするか?」
「うー」
まだ目の周りが赤い。
どうやら俺が寝ている間盛大に泣いていたらしい。
「そんなに泣く話だったか?」
「だって、生きたいと思ってたのに死んじゃうなんて可哀想ですよぅ」
一度は止まったはずの涙がまた溢れ出す。
そうか、こういう理由で普段蓮は泣くのか。
「顔でも洗って来たら?」
「うん・・・」
蓮は立ち上がらぐすぐすしている。
俺は蓮の顔を覗き込んだ。
濡れた睫毛が宝箱の中に入っていたとしてもおかしくない程美しい。
「蓮?」
「十五で死んじゃうなんて・・・」
「そうだな。親御さんからしたらたまったもんじゃないよな」
子供に先立たれるとか、考えるだけで恐ろしい。
アニメ版見た時もそう思っていただろうか。
アニメが放送してた頃は大学生だった。
でももう思い出せない。
「顔洗っといで」
「酷い顔してる?」
「してないよ。びびるくらい綺麗」
「ホントに?」
「ああ、お前の顔だけは遠くからでもわかるよ」
「何、それ?」
「あー、だから遠くからでもお前の顔だけははっきりわかるよ。一人だけくっきりしてんの。それくらい整ってるよって話」
「えっと、何、それ?」
「お前の顔が凄いって話」
「先生、それは私の顔が凄いって話じゃなくて、先生が私のこと凄く好きって話じゃない?」
「そうかもな」
「私もだよ」
「ん?」
「私も先生の顔は遠くからでもわかるよ」
「当たり前だろ。制服着てるわけじゃないし、でっかいし」
「先生高校の時目立ったでしょ?」
「嫌、俺バレー部だったから皆デカかったから目立たなかった。俺地味だし」
「地味かなぁ?」
「印象に残らない顔だろ?」
「まあ、淡白なお顔というか、白身魚系だよね」
「魚?」
「鱈とか?」
「鱈?」
「あとポン酢?」
「ポン酢好き?」
「何にでも合うよ」
「まあな」
「私鱈大好き。お鍋も美味しいし、バター焼きにしても美味しいし、フライも美味しいよ」
「白子も美味いしな」
「先生とお鍋したい」
「もう鍋の季節じゃないだろ」
「家は秋になったらお鍋するよ」
「じゃあ秋にな」
「約束だよ」
「ああ」
「お鍋って家族っぽいよね」
「一人でもできるけどな」
「先生一人でお鍋する?」
「するに決まってるだろ。野菜も魚も肉も豆腐も食えるぞ。鍋スープはどれ食っても美味いし」
「豆乳鍋好き」
「あれは美味い。あれほど美味いものはない」
「美味しいよね。お腹空いたね、先生」
「ああ、空いたな」
「お昼にしよう」
「ああ」
蓮がいそいそと立ち上がる。
「ねえ、先生」
「ん?」
「鍵貸して」
「鍵?何の?」
「お家の」
「何で?」
「鍵開けてみたい」
「家の鍵開けたことないの?」
「あるよ」
「じゃあ、何で?」
「同棲ごっこしたい」
「は?」
「同棲。同棲してたら合鍵持ってるでしょ。鍵開けて先生のお家入りたい」
「映画にそんなシーンあったか?」
「ないよ。唐突に思いついたの」
「いいけど、そんなことがしたい、の?」
「何その言い方」
「嫌、何つうか、それはお前だから考えるの?それとも女子高生は皆考えるもんなの?」
「え?」
「嫌、そんなこと言われたことなかったから」
「先生の歴代彼女?」
「その言い方だと俺が異様にモテたみたいな言い方だろ。そんなわけないだろ。言っとくがモテてないぞ」
「でもいたんでしょ?」
「いたけど・・・」
「その人達は高校生じゃなかったんだ?」
「当たり前だろ。捕まるわ」
「鍵」
「はいはい。ちょっと待ってな」
仕事用の鞄から鍵を出し、蓮に手渡す。
「このキーホルダーは?」
「お土産に貰ったんだよ」
「可愛いね」
「そうか?」
「うん」
高野山土産に貰ったデフォルメされたお坊さんのキーホルダーなのだが、わからない。
確かに可愛くないこともないが、わざわざ声に出して言うほど可愛いだろうか。
自分にとっては鍵だけだと失くしてしまうかもしれないので付けただけなので一度も考えたこともなかったが蓮は可愛いらしい。
そうか、自分にとっては何でもないことでも、蓮にとっては違うんだろうな。
俺が年齢のことを気にしている様に蓮だって気にしてる。
ましてや蓮は俺の過去も気に泣て仕方がないのだろう。
自分にはまだ余りない膨大な自分と出逢うまでの時間が。
まあ気にするなって言っても気になるのは仕方のないことなんだろうから、せめて同棲ごっこくらいは付き合うべきだろう。
俺だって本当は蓮といると楽しくて仕方がないのだから。




