真面目なお付き合い
ラブコメにはライセンスがいると思うんだ。
ラブコメライセンス、それは取りあえず十代であることが第一条件であると思う。
できれば高校生が望ましいが、異世界を舞台にしていたり、戦場などの特殊な環境下である場合も考慮して、十代であるとしておくが、俺は大学生はこの限りではないと思っている。
ラブコメが許されるのは十代と言っても、やはり十八歳までにしてもらいたい。
大学生ともなれば、友達の彼女を寝取ってみたり、友達に彼女を寝取られてみたり、人妻と不倫してみたりりと、笑って済ませられない状況に足を踏み入れてもらいたい。
そう、ラブコメのライセンスはどんなイケメンだろうと大学生になったら、おいおい一度もそんな展開なかったぞと言われようとも高校の卒業式と共に失効する仕組みなのだ。
俺は今年二十八になるわけで、もうとっくにラブコメのライセンスは失効しているわけなのだが、現在の俺は、信じられないくらい可愛い黒髪ロングの美少女(十六歳)に背後から抱きしめられていて、そのとんでもなく可愛らしい美少女は俺の彼女で、俺の生徒だったりする。
「先生、せっかくなんだから、いやらしいことしましょうよ」
「先生は忙しいんだ。しない」
「二人っきりですよ。お外は雨ですよ。彼女がお部屋に来てるんですよ」
「先生は仕事がいっぱいあるの。休みとか関係ないの」
これは本当だ。
教師は忙しい。
家に帰っても仕事はいくらでもある。
だから休みの今日も一人黙々とパソコンに向かっているわけで、まあ正直家に帰れるだけ、夜眠れるだけましだと思う。
有り難い、有り難い。
「先生。今日ね新しい下着なんだよ。見たくない?」
「それ見たら、先生逮捕だろ。お前は先生を犯罪者にしたいの?」
「ばれなきゃ大丈夫でしょ?誰も見てないよ」
「ばれなきゃ何でもしていいわけないだろ。俺はしちゃいけないことはしたくない。間違ったことはしたくないんだよ。正しいことをして生きていたいの」
「正しいことって?」
「人に後ろ指さされるようなことはしないことかなあ」
「先生、私の身体興味ない?」
「あるよ」
「あるんだ?嬉しい」
俺を後ろから抱きしめるレベルの違う美少女は抱きしめる腕の拘束力を一段階上げる。
漫画ならぎゅううううと擬音が発生しているあれだ。
その腕が簡単に解けることを俺は知っているが、特に仕事の邪魔になるわけでもないので好きにさせておく。
かまってやれないのに、家に来ていいと言ってしまったのは俺だし、毎回こんな調子だからもう慣れた。
「じゃあ、いやらしいことしましょうよー」
「しない。捕まりたくない」
「捕まんないよ。大丈夫だよー」
「捕まんなくても、俺は嫌なの。俺の倫理観が許さないの。俺は今後特にいいこともしない人生だろうけど、悪いことだけはしたくないの」
「先生、どうしてそんな理性的なの?」
「大人だから」
「大人皆悪いことしてるよ」
「皆なわけないだろ。国潰れるわ。一部の馬鹿な大人、な」
「しようよー」
「お前、意味わかって言ってるの?」
「当たり前でしょー」
まあ、どうせ知識は漫画だろう。
こうやって二人きりになるとグイグイ迫ってくるけど、今も椅子に座っている俺を椅子越しに抱きしめているので、実際俺達の間には椅子があり俺の背に感じられる体温は椅子から発せられる無機質さがほとんどだ。
正面から抱き着いてこないのだって、本当のところ恥ずかしいからなのだと言うことも知っている。
そうだ、なんだかんだと言ってみても彼女はまだ十六歳で、紛れもなく庇護すべき子供で、俺はもう誰に守ってもらわずともよい紛れもない大人なのだ。
「神谷」
「二人っきりなんだから名前で呼んでよー」
「蓮」
「はい、先生」
お前は先生なのかよ。
まあ、名前を呼ばれるのはあまり好きじゃないからいいけど。
「蓮、大人のお付き合いというものはな」
「うん、大人のお付き合いは?」
柔軟剤の匂いだろうか。
蓮からはいつもいい匂いがする。
「大人はな、四六時中ベタベタしたりしないんだ。彼氏が仕事をしているだろう、そんな時はな、彼女は彼氏のベットに寝ころんでソシャゲに勤しむんだ。ほら、お前は素材集めしろ」
「えー。一人でー」
「強くなったら共闘一緒に行ってやるから。今のままだと連れてっても役に立たないだろ。兎に角素材を集めろ」
「その前に下着見ない?」
「見ない。どうしても見せたいなら、下着を脱いで下着だけ見せてくれ。お前の身体込みなら拙いけど、着ているものなら、有りか、有りか?」
「先生、脱ぎたての下着見るって、そっちの方が変態じゃない?」
「そうだな。すまん。失言だった。なかったことにしてくれ」
「先生、疲れてる?」
「そりゃ疲れてるよ。若くないもん」
「まだ三十にもなってないでしょ。若いよ」
「十六のお前に言われてもなー」
「先生疲れてるの。だから私先生を癒してあげたいの」
「そりゃありがとう。取りあえず、素材集めろ」
「先生、おっぱい触らせてあげる」
「だー、かー、らー」
「人間は丸いものが好きなんだって、先生だっておっぱい好きでしょ?」
「おっぱい丸いか?」
「四角くはないでしょ?尖ってもいないよ」
「先生はそんなに丸いもの好きじゃないよ」
「何で?地球は丸いのに」
「何だそれ、そんな理由?」
「Gカップだよー。柔らかいよー。触りたくない?」
「先生はそんなに大きな胸に興味ありまっせん」
「えー」
「冷蔵庫にハーゲンダッツあるぞ。食っていいぞ」
「おっぱいは?」
「揉みません」
「揉んでよー」
「揉まない。そんなに犯罪者にしたいのか?」
「したくないよー。先生を喜ばせたいのー」
「じゃあ、素材を集めろ。そしてアイスを食え」
「先生、どうしてそんなに我慢強いのー?」
「大人だから」
「私は先生が理性とかをかなぐり捨てて快楽でドロッドロになった姿が見たいんだよー」
「お前とんでもないこと言うね」
これはこの年頃の子が恋愛脳なのか、それともスーパー美少女神谷蓮がおかしいのか、それが問題だ。
自分の高校時代、ラブコメライセンス所持中の頃を思い出そうとするが、そんなに女子のことばかり考えていたという記憶はない。
それだったら今の方がよっぽど考えている。
気が付けば、この年の離れた恋人のことを。
「したいよー。したいよー。先生と恥ずかしいこといっぱいしたいよー。先生の恥ずかしいとこ見たいよー」
「しない。俺はお前と真面目に付き合いたいの」
「真面目って?」
「結婚を前提にした・・・」
言ってからとんでもないことを言ったと気づいたが手遅れだった。
十六歳の教え子に求婚するとか、穴があったら入りたいじゃなく、自ら穴掘って埋まるべきだろ、できるなら五万回くらい。
「先生」
蓮が俺の顔を覗き込む。
睫毛が長い。
目宝石かよ。
肌綺麗すぎだろ。
何食ったらそんななるの?
美少女って言うのはどの角度から見ても完璧に美しいんだな。
こんな子が通りすがりじゃなく俺の人生にこんな形で現れるとか、俺長生きできないんだろうな。
酒も飲まず、タバコも吸わず、健康に人一倍気を付けてるのに、空から謎の落下物落ちてきて死ぬやつかも。
「先生」
「はいはい?」
「嬉しくて、死んじゃいそう」
美少女は涙目になっている。
肌が白さが頬の紅潮を引き立て、ため息が出るほど繊細で美しく、俺が今までの人生で見たものの中で恐らく三本の指に入るくらいに美しいと思われる。
嫌、違う。
恐らくじゃない。
確実に一番。
「先生、嬉しいよう」
「はいはい。よし、素材を集めろ」
「無理無理。嬉しすぎて死んじゃう」
「死なないよ。これくらいじゃ」
美少女が俺の膝の上に座る。
おいおい、仕事させてくれ。
「私、いい奥さんになるね」
「あー、そうだな」
「こう見えてもお料理できるんだよ」
「そうだったな」
「先生」
「んー?」
「大好き」
「はいはい」
「先生は?」
「好きじゃなかったらわざわざ犯罪者になる危険を冒してまでお前と付き合ったりしないよ」
「先生、手も繋いでくれないじゃない」
「蓮、先生は仕事したいんだが」
「私はイチャイチャしたい」
「いい奥さんになるんだろ?いい奥さんは旦那さんの仕事の邪魔はしないもんだ」
「ねえ、先生。この椅子廻るね」
「そうだな」
「ぐるぐるぐるぐるー」
「仕事ができないー」
「たーのしー」
「蓮」
「はーい」
美少女は椅子を回転させるのをやめ、俺を真正面から見据え口角を上げると膝から降りたので俺は再びパソコンに向かう。
蓮はベッドに寝転がる。
すらりと伸びた形のいい脚がスカートから惜しげもなく曝される。
毒も一周廻ればどうやら薬になるらしいと言うことは、この数か月で嫌って言うほど身をもって実感した。
「先生のベッドだー」
「素材集め」
「今からするー」
「昼には終わらせる」
「終わったらイチャイチャだからねー」
「はいはい」
「先生、すきー」
「はいはい」
「先生はー?」
何だこのラブコメ。
俺のラブコメライセンスは十年以上も前に完全に失効しているはずなのに、神様の気まぐれか、降ってわきすぎた有り得ない幸運か、再発行されたらしい。
嫌、人には決して言えないのだから、ラブコメは成立しないのかもしれない。
ラブコメは正々堂々、人前で、公明正大に行われるものなのだから。
人に言えない関係と言うのはそれだけで除外だろう。
「先生はー?」
どうやら素材集めを始めたらしい。
よし、頑張れ。
「俺も好きだよ」
蓮が再び俺を椅子ごと後ろから抱きしめる。
ああ、まったく素材集めは今日も進まないだろう。
仕事も昼で終わる気がしない。
雨はまだ降っている。