表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
反対車線のヤクモ  作者: 火薬
5/5

その5





「トウヤぁ!!すごいよトウヤ!!」

「待てよ!!こっちは荷物持ってるんだから少しは手伝え!!」

寄せては返す海水を日和は靴を履いたままズカズカと、いやビチャビチャと突っ込んでいく

一方、友人に借りたクーラーボックスやパラソル、それに折りたたみ式の椅子を脇や肩に担いで

俺は海に入る前から既に汗でビチャビチャだ。

「お父さん!私オレンジがいい!あ、やっぱりコークがいい!!」

「どっちだ!?というか手伝え!!」クーラーボックスから赤いパッケージの炭酸飲料を取り出し投げつける。

「わわっ!お父さん!炭酸なんだから投げちゃダメでしょ!?」

「はっはっは!お父さんの制裁だ!」

遠くから自分の娘からギャーギャーと小言を叫ばれるが無視して荷物を下ろす。

肩や腰にズッシリくる痛みに年を感じる。いや、まだそんなに年ってわけでもないんだけど・・・。

「トウヤぁ・・・靴流されちゃったぁ・・・」

海水で全身ずぶ濡れの状態で買ったばかりの靴を片っぽだけ無くした日和が泣き顔でヒタヒタと現れた。

真夏のホラーって感じだ。

「また今度買ってやるから泣くな。とりあえず頭拭け」

そう言って持ってきたバスタオルを頭にかけてやる。

「うん・・・でも折角誕生日に買ってくれたのに・・・ごめんね」

「はぁ・・・いいよ。気にすんな。」そんなに高いものでもなかったし。

「えぇ、お母さんばっかりずるい!ねぇ、お父さん私にも靴買ってよ!」相変わらず文句ばかり言うガキだ。

お前にはさっき買ってやったばかりだろう。

こいつは俺の事を財布だとでも思っているのだろうか、父親として将来が不安だ。

「そんな事より腹減ったな!飯にしようぜ!」

「あぁ!お父さんごまかした!」怒鳴られる。

それを横で見ながら日和は笑う。

日和の作った弁当を食べたり、スイカ割りなんかしたり、花火したりしながら

三人ではしゃぎながら笑いながら楽しんだ。満喫した。

 

「また三人で来ようね・・・。」

そう日和は俺に、そして俺の肩にもたれながら寝息をつく娘に向けてそう呟く

まるで寝言のように、か細い声で囁いた。

「あぁ・・・いつかな」そう言いながら俺も揺れる電車の中でウトウトと寝息を立てた。





琥珀色の光が揺らめいているのが見える。

そしてその光がいくつも、いくつも、いくつも前から後ろ、或いは

後ろから前へと流れていくのが見える。

その光のひとつひとつが誰のものなのかは知らないが、それを彼女らはずっと見守り続けていたのだ。


「それは、とても愚かな事でそしてやってはいけない事。イリーガル極まりない事です」

目の前でも背後でも何でもいいけど、その声はどこからか聞こえてくる。

暖かさも冷たさも感じないような真っ暗な電車の中で聞こえてくる。

「危険な事です」

強い声でそう彼女は言う。

「やってはいけない事です。」

少し威圧的にも感じる声で彼女は言う。

禁止事項だから、やってはいけないから、危ないから。

だから「やってはいけない事」と彼女は主張する。


「やってはいけない事?関係ねぇよ。」

俺がそう睨み付けても彼女は何も答えない。

「もともと死んだ身だ。それなのに都合よく人生をやり直した身だ。ココまできてやってはいけない事ってなんだよ」

関係ねぇよ。

こんな事を願う事くらい。それくらいしてくれてもいいだろう?

これくらいの願い、使者に対しての労いだと思ってくれてもいいだろう?

赤縁のオシャレメガネの死神は、ヘラヘラした表情を見せず頑なに無表情だ。

こんなにも愚かしい事を言っているのに、我儘を言っているのに鉄火面でも被っているようだ。

「許しませんよ。そんなの。」

そんな我儘は通りませんよ。とまるで説教を言われる。


頼むから!!

「頼むから聞いてくれよ。」彼女の袖を掴む。まるで駄々を捏ねる子供のように。

「これは俺のエゴだよ。俺はアイツの事を何にもわかってあげられなかった。

自分の事しか見てなかった。」

そして、アイツがそれで良いっていう事に甘えて好き勝手してた。

「嫌な事もアイツの所為にした」

それでも頑張るアイツにイライラした事もあった。

そんな悪い事ばっかりアイツに与えてあげられなくて今更どうしてやれる?

そう思って自殺した俺なんかが今更アイツに何をしてやれる?

「そんな俺が今更、日和の為に出来る事なんてこれしかないだろう!?」


俺の命をあげる事くらいしかないだろう?


「やっぱり、貴方達はそっくりです。お似合いですね」

彼女はそんな風に言う。そんな風に笑う。薄ら笑いではなく。

死神である彼女はそんな風に微笑んだ。

「エゴでよかったんですよ。あの人は・・・。神埼日和はそれでよかったんです。」

そう生きる事がよかったんですよ。

「だって、貴方の為にそうある事が、そう生きている事があの人の生きがいだったんですから。」

それがあの人のエゴだったんですから。

「そんな事・・・」

「そんな事あるんですよ」

だから本当にお似合いですね。と笑った。

両想いでお似合いですね。と微笑んだ。


真っ暗だった車両に琥珀色のランプが照らされる。

車内アナウンスこそ無いものの、それでも電車はゆっくりと走り出す。

死神の彼女の背後に見える窓からは、見知った町並みが見える。

大学に行くのに通っていた、殆ど毎日見ていた風景が前から後ろへスクロールされていく

セピア色に輝く風景だ。

うんざりしてしまう程にゆっくり走る電車の窓から見る風景の中にはお世話になっていたコンビニだったり俺をクビにした会社が写っていた。



そして―――――



「なぁ、外の人たちには、人間には俺の姿どころかこの電車すら見えていないんだよな?」

「ん?それはもう当然ですよ。人間と私達は違うんですもの。触れ合うことも認識することも出来ませんよ。」

「そっか・・・」

そうだよな・・・と俺は残念でも安心でもない複雑な気持ちで窓の外に見える子供連れの彼女に、彼女らに手を振り替えした。

「ところでさ死神さん。アンタ名前くらいあるんだろ?なんていうんだ?」

しかし彼女は困ったように、迷ったように

そして考えに考えたようにした末に


「『如月 ヤクモ』と申します」と答えた。


俺の我儘を聞いてくれたお詫びに、

もしも機会があるのなら炭酸シュワシュワのコークでも奢ってあげようと思った。

この俺とはきっと対照的な

危なっかしい性格をした反対車線上の彼女を俺は乱暴にクシャクシャと頭を撫でた。



『反対車線のヤクモ』を閲覧どうもありがとうございます。

否、ございました。

ちょっと時間が空いてしまいましたが、ようやく投稿できました。


今回、五話で完結です。

女性は男性と違って変わりやすいですよね。

母若しくは父に手を引かれて幼稚園に通うとこから始まり、

中学高校に通うようになり、やんちゃしたり反抗期が来て

大学若しくは社会人になるに頃には、もうあの頃の彼女は居ないのであった。という感じで。

同窓会で久しぶりに会った男っぽい彼女が知らない間に大人の女に化けていたりも・・・。

とは言え、いくら別人のように成長したとしても親にとっては子供は子供なので、

可愛くないわけないのですよ。


と、子供を授かった事などないので実際の親という心境はわからないのですがね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ