その4
「・・・日和?」
どうして見間違うことが出来よう。
二度見、三度見、つがつすがめつしようと360度どこからどう見ても、
どう見たとしても、そこに居たのは日和だった。あの時自らの父親に連れて行かれた、
下手なくせに料理が大好きで、カレーの具をスライスするような事ばかりしている、俺の恋人であるところの日和だ。
神埼日和だ。
「どうかしたんですか?如月先生?」横から高槻がそう言った。
なんでもない。とだけ返答するのがやっとだった。
否、答えたのかも定かではない。
どころか、今現在この空間が俺と日和の二人だけで包み込まれているんじゃないかと錯覚する程に
病室は真っ暗だったからだ。
真っ暗で、真っ黒だった。
例の黒い靄で視界が潰されている気がした。
黒い靄は、眠っている日和の身体を中心に広がっていた。
「いやいや、これはもうダメですね。ゲームオーバーですよ」
どこからかそんな声が聞こえた気がした。
「なんでだよ・・・日和・・・」
「知らなかったのは、きっと貴方だけですね。彼女の病に」
重病に、持病に、
そういう風に耳元でささやかれた。
「持病・・・?」
「彼女はもともと心臓が悪かった。心も悪かった。でも、貴方は知らなかった。貴方だけが知らなかった。知らされなかった。教えてもらえなかった。」
目の前で蠢く『黒』がまるで自分と反対側の存在であるかのように遠くに感じられた。
「神埼日和はずっと我慢していた。」
俺に気付かれないように、我慢していた。
「如月トウヤに気付かれないように、我慢を継続した。文字通り心の中に仕舞いこんでいた」
「俺に気付かれないように・・・?」
「貴方の為に、我慢した。」いつも笑って我慢していた。
痛いのを我慢していた。
「私、行ってみたいところがあるの」
それは大学3年の冬、正月明けの話だった。
正月休みを終えて初めて大学へ行こうという時に彼女が言ったのだ。
「普段さ、あっちの電車乗ったことないよね」
日和が指差しているのは反対車線、大学へ行くのとは逆の電車のホームだ。
そもそも電車なんて大学への行き帰り程度でしか使わないので俺達としては当たり前の事だ。
大学のほうに行くにつれて都会になっていくのに対して、あの反対車線は田舎になる。
終点は確か海だったはずだ。
「私って実は生まれて一度も海に行った事ないんだ。だから、就職が決まったら二人で行こうよ」
そんな事を言っていた。
「見たってあんまり感動しないと思うぞ?確か治安が悪いとか何とかで、砂浜とかゴミだらけだって聞いたしな。」
今を思えば、なんて夢の無い事言うやつだと思うが、
とはいえ、どうせ今だってきっと同じような事を俺は言うのだろうな。
「それでも、いつか、行きたい。」
そんな日和の言葉に対して俺は「はいはい、わかったよ」と言ったのだ。
しかし、結局その約束は果たされなかった。
電車に乗って海に行こうという企画があがる前に、俺は職場をクビになり
それでも日和だけは仕事を続け二人暮らしのボロアパートで忙しい毎日を送ることになった。
「・・・俺のせいじゃん」
「違うよ・・・」
「・・・・・・。」
それは耳元に響く黒い声ではなかった。
真っ黒に渦巻き蠢く靄をかき消そうとするように、その声はまるで木漏れ日のように響いた。
「トウヤの、せいじゃ、ないよ。」
木漏れ日は弱弱しいながらも蠢く『黒』から俺に向かって手を差し出す。
かすかに生きていると言える手はとっても熱を失い始めて温くなっていた。
「まったく、お前は本当になんだってんだよ。何で俺なんだよ。」
なんでそんなに可笑しくも無いのに笑えるんだよ。冗談じゃない。
「・・・トウヤが、好きだから」
どこからか聞こえる心電図の無機質な音が響く。
鼓膜をズタズタに引き裂いてでも拒否したくなるような無機質な音がうるさくて涙が出る。
「なんで・・・」
なんで・・・
「なんで・・・」
なんで・・・
心の中でそう叫んだのだ。
果てしなく黒い炎に焼かれようとする彼女の右手を握り締めながら、
その琥珀色に輝く陽の光を願ったのだ。
日和の名前を叫んだのだ。
こんばんわです。
毎度ながら『反対車線のヤクモ』を閲覧ありがとうございます。
今回は病室のシーンを描いていますが、ものすごく個人的なはなし実はちょっと前に私も入院する機会があったのですが、
果て、いきなり急患で運ばれた人ってどうなるんだっけ?どこに運ばれるんだっけ?という壁に直面してしまいました。
アニメやドラマだといきなり手術室に送られていましたけど、
え、それって間になんらかのディスカッションとか挟むものなんじゃないんですか??
という、知識不足をぶちまけますが、繰り返し閲覧ありがとうございます。
この回を書いているとき、お盆休みだったのですが
それをテンプレのようにして書きますが皆さんはお盆休みどうお過ごしでしょうか?
満喫できていますでしょうか?
冷房の効いた部屋で怠惰い過ごすのもいいですが、何かしないとそのまま乾燥してしまいますよ?
そんな感じで来年もしっかり動いてくださいね未来の私。
重ね重ね閲覧どうも本当にありがとうございます。
物語はクライマックスに近づいています。
次回もよろしくお願いします!!




