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反対車線のヤクモ  作者: 火薬
1/5

その1




「くっそ!!」罵声と共にパチ台に向かって俺は乱暴に拳を叩きつける。

周りからけたたましく鳴り響く騒音に混じって聞こえる店員の文句も

周囲からの冷ややかな目線も無視して、その場を立ち去る。

そして、少し歩き行きつけのコンビニに入るとワンカップを片手にタバコを買う。

げっそりとして貧相な財布の中身を空けて小銭を寄せ集めて店員に突き出した。

「えー・・・っと、1050円、お預かりします。ありがとうございましたぁ」

新人だろうか、初めて見る高校生くらいのアルバイト店員だった。

何も知らない曇りもないヘラヘラした笑顔に「っは。何が『ありがとうございました』だ」と皮肉めいた事を思った。

そのありがとうは何のありがとうなんだよ。お世辞ばっかでムカつくガキだ。なんて思った。

いや、むしろ思ったどころか口にすらそのまま出ていたかもしれない。

そうやって吐き出さなきゃやってられない。

そうやって、煙と一緒に排泄しなくちゃいられない。

そうやって、酒をあびてなくちゃ立っていられないんだ。

ふとそんな帰り道、天気予報に騙されたようで急に雨が降り始めていた。

夕暮れの急な雨で冷たくもなく、かといって暑くもないぬるま湯のような気持ち悪さに

モヤっとした吐き気を感じた。

 



「・・・ただいま。」

「あ、お帰り。」

六畳一間のボロアパートに俺と日和は住んでいる。

最寄り駅から徒歩3分くらい。とはいえ、電車なんか使ったのこの地に来て以来だから実際にはこんなの

書類上での事でしかないんだけど。

二人で住むには狭いし、色々と不便ではあるんだがまぁ何とかなるだろう。と前は思っていた。


俺が会社をクビになるまでは・・・。

 

何でクビになったかは・・・省略する。

ともかく、俺は恋人の日和と二人でこのボロアパートに住んでいる。

「今日ね。隣の田中さんからジャガイモ沢山もらったの!トウヤ、カレー好きだったよね!」

「好きだけど・・・、また一週間カレー祭りか?もっとあるだろジャガイモにも可能性あたえてやれよ。」

日和は俺と違って会社でも、近所でも人付き合いがいい。

天真爛漫で誰にでも懐くし、誰にでも好かれるチワワみたいなやつだ。

「ジャガイモ・・・ペラッペラなんですけど・・・。」

ジャガイモだけじゃなくて人参とか肉とかも全部スライスにされている。

それこそ、鉋で削ったんじゃないかっていう程に・・・。肉に至ってはベーコンとかハムみたいになっている。

「文句ばっかり言ってぇ・・・トウヤのバーカ。」


なんでコイツは俺なんかにこんな笑顔を振りまくんだろう・・・。

俺が振りまけるのは、毒くらいしかないのに・・・。

そうしていると、ドアの方からコンコンとノックする音がした。

ボロアパートでインターホンなんてハイテクなものはない。

俺が薄っぺらなカレーに舌鼓をうっている間に日和はフラフラとカレーを片手に客人を招く。

いや、そのドアの向こう側に居た人を果たして『客人』というのは正しいのだろうか疑問であるところだ。

その人は、いつものように日和に野菜やお菓子をくれる隣人でもなければ、

大学や職場の友人でもないし、郵便配達員でもない。

その人に向かって日和は「・・・お父さん」と呼んだのだから。


その人は、片手にカレーの盛り付けられた皿を持つ日和に

「探したぞ。さぁ、帰るぞ日和。」と言うと強引に腕を掴むと連れ去ろうとした。

「ちょ、なんで!?やめてよお父さん!!!」

カレーの皿が手からずり落ちて床にぶちまけられる。

「待ってください!何なんですかいきなり!!」

慌てて飛び出し空いてる日和の右手を掴みにいく。女の子の取り合いをしているような感じになった。

まぁ、実際にその通りなのだが・・・。

「うるさい!」語彙力もへったくれもないような乱暴な怒声と共に突き飛ばされた。

俺はそのままよろけてテーブルに激突する。

テーブルに置き去りにされた俺の分のカレー皿やコップも衝撃でひっくり返った。


「お前のようなやつの為に日和を不幸にさせるわけにいくか!!この死神め!!」

そんな罵声なのか怒声が聞こえた。



汗なのか若しくは温い雨のせいなのかシャツがベタベタする。

いつの間にか俺は公園のベンチに腰掛けたまま眠っていたらしい。

帰ると部屋は真っ暗で、散らかり放題だ。

それもそのはず、今まで片付けも掃除も全部日和が一人でやっていたのだから

だって、アイツは「ワタシが好きでやってるんだからいいの!」とか言って俺には寧ろ手伝わせてはくれなかったんだ。

敷きっぱなしのカビくさい布団に俺はぶっ倒れる。

「・・・・・死神か」

俺は顔を布団にうずめたまま、あの人の言葉を思い出していた。

日和のお父さんという男性の言葉を思い出していた。

もう数日間も経っているというのに、なんでも都合よく忘れる俺があの人の言葉だけは

脳みそに焼印でもされたみたいに覚えている。

ジワリと痛くて、沁みるくらいに覚えている。

まぁ、現在ニートみたいな有様の俺なんかの為にアイツは過ぎた女だったのかもな、

聞くところによると、あのお父さんは長い間海外に出張に行っていて

日本に帰国した際に母親との雑談の中、日和の今の状況を知ったらしい。

日和が俺と同棲している事を、

俺が仕事をクビになった役立たずである事を、

日和がそれでも俺と同棲している事を・・・。


そう思うとあの人が怒るのは当たり前と思える。

怒って連れ戻しにきたのは当たり前に思える。


「死神か・・・どっちかというより貧乏神だけど・・・、まぁ、あのまま一緒に居たら俺がアイツを駄目にしてただろうし、ある意味あってたかもな・・・よかったよ。」

アイツはお父さんに連れ戻されて、これからきっと幸せな人生が待っているんだ。

フラフラと起き上がり、真っ暗な中俺は台所に立つと

手探りで包丁を取り出した。

(因みに今まで台所に立つことはほとんど無かったので、それを見つけるのに多少時間がかかった。)

そして、ぎゅっと目を瞑り俺はその包丁で思いっきり、力いっぱい喉を突き刺した。







閲覧、どうもありがとうございます。

本作は落語の「死神」を元に考えた二次創作物となっています。

だったら、そのまま現代落語として語ってしまえばいいのにとか思われるかもしれませんが、

出来ればそのまま文字に起こしたいと思ったのです。


頭にイメージした雰囲気や空気感がちゃんと形に出来るかどうか

今回は本当に真面目に書きたいと思っています。


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